スマートフォンをみるオレの手つきをみて、思い当る。
オレが確認しているのは、メールではないようだ。
――向こうのオレにも、電波は届いていない?
なら、あの制作者から届いたアドレスか。
これでカンペキ、とアドレスに入っていたページ。
本当に時がくれば、あのページを読めるようになるみたいだ。
とりあえずあのページを読めばいいのか、と考えて、窓の向こうの自分とオレが入れ替わった場面を想像して、背筋が震えた。
※
次の部屋は、あいかわらず薄暗いけれど、緑があった。
萎れて元気のない草。花はない。
ぐるりと囲まれた緑の中心に、少女が横たわっていた。
その風景は、古い童話の挿絵のようだった。――昔々、悪い魔女に呪いをかけられたお姫様がいました。彼女は長い眠りにつき、それまで元気だった草花もすっかり萎れてしまいました。そんな場面を想像した。
――少女。
オレはその子に見覚えがあった。
でも、なぜだろう? オレには彼女が「どちら」なのか、判断できなかった。
佐倉みさき。あるいは佐倉ちえり。
そのどちらかが、目の前に横たわっていた。
――不思議だ。
幼いころ、オレはいつだって、ひと目で彼女たちを見分けられたのに。
あの廃ホテルで扉越しに言葉を交わしたのは佐倉みさきで、このあいだ喫茶店で会ったのは佐倉ちえりだと、すぐにわかったのに。
――どうしてだろう?
オレには目の前に倒れている少女が「どちら」なのか、判断ができなかった。
バスの窓からみえるオレは、草を踏まないように迂回して、ゆっくりとその少女に近づく。
傍らに膝をついて、握りしめていた透明なボトルの栓を抜き、そっと少女の唇にそえる。
中の液体を、少女の唇の隙間に流し込むと、やがて彼女は苦しげに眉間に皴を寄せた。
それから。けほ、っと小さく咳き込んで、少女はまぶたを持ち上げる。
やっぱりだ。瞳をみても、彼女がみさきなのか、ちえりなのか、オレには区別がつかない。
「あなたは……」
囁くような、綺麗な声で、彼女は言った。
「クゼさん」
その声は微妙に、みさきとは違っているように思った。あの廃ホテルで、彼女はオレを「久瀬くん」と呼んだはずだ。
ならちえりだろうか? でも、ちえりのようにもみえなかった。
「貴方が助けてくださったのですね。ありがとうございます」
少女は微笑む。
まるで作り物みたいに、綺麗に。
「君は?」
みさきなのか、ちえりなのか。
きっとオレは、それを尋ねたかったのだと思う。
でも彼女は言った。
「私は、サクラといいます」
それはわかっている。
「どっちのサクラだ?」
とオレは尋ねる。
少女――サクラはまた笑う。
「妹の方です」
妹? ……やっぱり、みさき、なのだろうか。
不思議な世界に現れた、おそらくは本物ではないみさきだから、微妙に雰囲気が違う? それだけのことだろうか。
サクラは言った。
「悪魔に襲われて……でも、もういなくなったみたいですね」
「悪魔?」
「黒いローブを着た、怖い人です」
さっきの、ドラゴンを焼き払った男だろうか。
「今のうちに、魔法陣を描きうつさないと。では、本当にありがとうございました!」
サクラは立ち上がる。彼女の視線の先には、確かに魔法陣があった。でもそれは掠れて、消えかけていて、ほとんど読み解けない。
サクラは一心不乱に、ノートにそれを描き写している。
みさきやちえりによく似た少女を放っておく気にはなれない。窓の向こうのオレも同じだったのだろう、彼女に近づく。
彼女はちらりとノートから顔を上げて、微笑んだ。
「クゼさんは、どうしてここに来たんですか?」
「いや。……気がついたら、ここにいて」
え、と少女は小さな声を上げる。
「記憶がないんですか?」
きっとそういうわけでもないだろう。
ただ自分の身になにが起きたのか、理解できていないだけだと思う。
でもサクラは、オレが記憶喪失ということで、納得したようだった。
「それは、大変ですね。こんなところで」
オレは軽く、辺りを見回して尋ねる。
「どこなんだ、ここ?」
「お城の地下です。でもお城は悪魔の襲撃をうけて、滅んでしまいました」
サクラは地面の魔法陣に視線を落とす。
「この魔法陣は、悪魔が魔法を使った痕跡です。悪魔は魔法を使うとき、魔界から魔力を引き出すといわれています」
「魔界?」
「はい。この魔法陣は、魔界とこの世界が繋がった痕跡です。だから魔法陣を読解すれば、魔界の場所がわかるはずなんです」
「そんなもの、知りたくはないな」
サクラはくすりと笑う。
「でも私は、この魔法陣を捜すために、お城に忍び込んだんですよ」
「どうして?」
そんなことを、する必要があるんだろう?
サクラはわずかに視線を落とす。
「姉さんが、悪魔に連れ去られて。……きっと姉さんは、魔界にいるはずなんです。だから私は、その場所を捜しています」
サクラはまた、魔法陣に視線を向けた。
「でも時間が経ちすぎたせいか、部分的にしか読み解けません。別の魔法陣も、捜す必要があるようです」
――なるほど。
とオレは思う。
よくあるRPGのイベントだ。キーアイテムを、いくつかみつけなければ先に進めない。そのキーアイテムというのが、この世界では悪魔の魔法陣なのだろう。
「なら一緒にいかないか?」
と、窓の向こうのオレはサクラに声をかける。
「急にこんなところで目を覚まして、困ってたんだ。この城を出るまで、一緒にいてくれると助かる」
「でも、私は魔法陣を捜さないと……」
「城から出るついでに、それもやっちまおう」
さすがに、佐倉姉妹にそっくりな人間を放っておく気にはなれなかったのか、窓の向こうのオレはそういう。
サクラはぱっと表情を輝かせた。
「手伝ってくれるんですか! ありがとうございます!」
なぜだろう?
やっぱり、彼女の表情は作り物みたいにみえる。
「そういえば、さっき悪魔が魔法を使うのをみたぜ」
とオレは言う。
確かに悪魔は、魔法でドラゴンを焼き払っていた。
サクラは首を傾げる。
「そこに、魔法陣はありましたか?」
どうだろう?
みた記憶はない。
「いや。たぶんなかったと思う」
とオレは答える。
「魔法陣が刻まれるほど、強力な魔法ではなかったのかもしれませんね」
とサクラは言った。
ほのかな違和感を、オレは感じる。
――それでも、確認しに行こうとするのが、普通じゃないか?
でも彼女は、先に進みましょう、と言って扉に近づいた。
「この扉を開けるにはコツがあるんですよ」
とそう言って、助走をつけて、元気よく扉の片隅を蹴っ飛ばしていた。
光輝@oculus泥酔 @koukiwf 2014-08-09 01:03:27
これ、朝までかかるなぁw
aranagi@静岡ソル @arng_sol 2014-08-09 01:03:49
扉の片隅をww蹴っ飛ばすwww
えのきはソルになりたい @enoki82 2014-08-09 01:05:20
サクラつよい
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