八千代は当然のように、ホテルのオレの部屋までやってきて、フィッシュバーガーにかみついていた。
「さっさと食えよ。アイス溶けるぜ?」
と彼は言った。
「ああ。そりゃ大変だ」
オレはいまいち食欲がないまま、フライドポテトを口に運ぶ。
フィッシュバーカーの包装紙を丁寧に折り畳んでゴミ箱に捨てて、八千代はサーティワンアイスクリームのロッキーロードを手に取る。
「で? 手紙の内容は?」
「ファーブルって奴が、オレに会いたいってさ」
「どんな条件で?」
オレは手紙の内容を要約して告げる。
「食事をごちそうしてくれるらしい。時間も場所もこっちが指定していい。向こうから来るのはファーブルひとり。こっちから行くのはオレひとり。それから、直接顔を合わせられたなら、ドイルの秘密を教えてやる、ってさ」
「オレの秘密ねぇ」
八千代は紙コップについていた白い半透明のフタを外し、ストローを使わずにコーラを飲んだ。
「そのことは、オレには話すなって書いてなかったか?」
「書いていたさ、もちろん」
「どうして話す?」
「ファーブルって奴よりは、まだあんたの方が信用できる。そう決めた」
オレは食欲もないままハンバーガーにかみつく。が、意外と腹が減っていたのか、ケチャップの味が妙に美味く感じた。
八千代は笑う。
「ありがたい話だねえ。で、どうするつもりだい?」
「しばらくはあんたの指示に従う。そういう約束だ」
「君は危ういくらいに律儀だな」
「結局、そうした方が上手くいくんだ。少なくとも、オレの21年間の経験じゃね」
利益を追求すれば正直に、まっとうに商売するしかない。世の中を上手く渡りたければ素直に、律儀に生きた方が効率的だ。オレはそう思っている。
「賢明だ。それを知らない奴らばかりが、世の中を生きづらくする」
「で、オレはどうすればいい? この手紙は無視か?」
「いや。会った方がいい」
意外な答えだ。
「どうして?」
「奴らが知っている、オレの秘密ってのが、ちょっと気になる。それからオレと君とがあんまり仲が良すぎると不自然だ」
オレはハンバーガーにかみついて、とくに意味もなく首を振る。
「わかった。会ってくるよ」
とはいえ、気になっていることもある。
「今回だけは、教えてくれ。どうしてファーブルはオレに会いたがる?」
「どうしてだと思う?」
「普通に考えれば罠だ。捕らえて、強引に悪魔の居場所を聞き出したがっている」
そうでなければ、直接会う理由がない。ただ話したいだけなら電話で充分だ。
でも八千代は首を振った。
「いや。穏健派は嘘をつかない」
「どうして?」
「それがあいつらの、良い子の定義のひとつだからだ」
「いい子?」
「あいつらは良い子でいたいんだよ。特別なプレゼントが貰えるようにな。だから嘘はつかないし、暴力も避ける」
わけがわからなかった。
「誘拐は、良い子のすることか?」
「あいつらの定義じゃ、誘拐じゃないんだろ。保護とか擁護とか、一見正しげな言い回しなんだよ」
「殺人は?」
「もちろん、いけないことだ」
「でもあいつらはみさきを殺そうとした」
少なくとも先月、みさきが捕えられた廃ホテルには時限爆弾があった。
「穏健派と強硬派は思想が違う。それに、強硬派でも殺人はやっぱり禁止されている。君の彼女を殺そうとしたなら、なんらかの言い訳を用意していたはずだ」
「言い訳?」
「たとえば、彼女自身が死を選ぶように仕向ける」
――ああ。
それっぽいことを、あの誘拐犯が言っていた気がする。悪魔は自ら死を選ぶ、とかなんとか。
「馬鹿げた話だ」
「ああ。馬鹿げた連中なんだ。実際のところ」
理解することを諦めて、オレはようやくサーティワンのカップに手を伸ばす。ジャモカアーモンドファッジを選んでいたが、表面がすでに溶けつつある。
それをスプーンですくいながら、オレは尋ねた。
「じゃあファーブルって奴は、どうしてオレに会いたがっているんだ?」
こちらに危害を加えないなら、直接顔を合わせる理由なんてないように思う。
「たぶん、オレには聞かれたくない話をするんだろう。あるいは君を仲間に引き込みたいのかもしれない。オレを裏切らせてね」
その程度のことなのか。
なら、確かに会った方がよさそうだ。
八千代は空になったサーティワンのカップをゴミ箱に放り込んで、言った。
「魔法の言葉を教えてやるよ」
「魔法の言葉?」
「もし奴らを黙らせたいような事態になれば、こう言ってやればいい。――ドイルはメリーに褒められる方法を知っている」
メリー。――確か、今の聖夜協会でもっとも力を持つ人物だ。
「メリーに褒められるって、なんだよ?」
「あいつらはメリーに褒められたいから良い子でいるのさ」
「どうして?」
「特別なプレゼントが欲しいからだよ」
だがプレゼントを与えるのは、センセイという人物だったはずだ。
メリーじゃない。
「わけがわからないな」
「今はそれでいい」
オレはため息をつく。
八千代がなんと言おうが、ファーブルに会うのは気が進まない。
とはいえ、今は嫌なことを避けて通れる場合でもなかった。
「高いランチでもごちそうになってくればいい」
と八千代は笑う。
ああそうするよ、とオレは答えて、とりあえずジャモカアーモンドファッジを食った。
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