■久瀬太一/7月31日/19時
今日は一日、宮野さんのところでアルバイトをして過ごした。
こんなことをしている場合か、という思いもあったけれど、あのミュージックプレイヤーとスマートフォンを手に入れたい。とりあえず真面目に働いて、「スイマを調査する仲間」だと認めてもらうしかなさそうだ。
とはいえベートーヴェンには、スイマの記事しか載らないわけではない。今日、オレに割り当てられた仕事は、インタビューのテープ起こしだった。宮野さんがどこかの大学教授から、陰陽術について訊いてきたもののようだ。内容はあまりオカルト的ではなかった。どちらかといえば民俗学としての学術的な側面の方を強く感じた。意外なことに、そのテープ起こしは楽しい作業だったけれど、やはり気持ちは焦る。
宮野さんとスイマについての話ができたのは、夕食の時間になったときだった。
「おごってあげるわ」
といわれて、宮野さんと共につけ麺がうりのラーメン屋に入る。カウンターだけの狭い店内に並んで席をとり、セルフサービスの水をプラスチックのカップに入れてくる。
オレも宮野さんも大盛りを注文し、ふたり並んでずるずると麺をすする。宮野さんおすすめの店らしく、たしかに美味い。それに濃厚な魚介の味がなんとなく宮野さんっぽい。
「このね、なんかぱさっとしたチャーシューが、妙にスープに合って絶品なのよ」
と宮野さんもご機嫌だ。
オレも本心から美味い美味いと褒め称え、山盛りの麺が半分になった辺りでようやく尋ねた。
「スイマの方の調査はどうなってますか?」
宮野さんは眉間に皴を寄せる。
「なかなか難しいわね。ほぼノーヒント」
「どうするんです?」
「考え中よ」
「考えてどうにかなるものなんですか?」
「当然でしょ。手がかりなんてものは、想像力で創りだすのよ」
「それはただの捏造です」
「だいたいの記者だって科学者だって同じよ。まず想像するの。次にひたすら走り回るの。真実はそうやってみつけるのよ」
まあ、そうかもしれない。
幼いころに聞いた偉人達のエピソードもそうだった。
ふとひらめき、粘り強く、執拗に、それを追い求めた。夢を現実にしていった。
「オレもそっちを手伝わせてくださいよ」
「バイトが仕事をえり好みしてるんじゃないわよ」
「いわれた仕事はしますよ。情報をくれたらオレも、想像力で手がかりを創りだしてみます」
宮野さんはずるりと麺をすすり、ふむ、と唸った。
「ま、確かに頭は多い方がいいわね」
宮野さんは箸を置き、鞄に右手をつっこんだ。それから一冊の、薄っぺらな小冊子を取り出す。
「じゃ、これ読み込んでおいて」
オレはその、ちゃちな小冊子を知っていた。うちにもある。あの、アタッシェケースからみつかったものだ。表紙には味気ないフォントで、『聖夜教典』と書かれている。
「これ、どうしたんですか?」
「件の広告主から届いたのよ」
「いつ?」
「このあいだ、大阪にいく直前に。新幹線のチケットと一緒に」
とくにメモもなかったけど、たぶんスイマの手がかりなんでしょ、と宮野さんは言った。
――目的はあくまで、ボイスレコーダーとスマートフォンだ。
この小冊子の中身は、すでに知っている。いまさら、目新しい手がかりはないと思うけれど。
オレはその小冊子を受け取って、尋ねた。
「これ、読んだんですか?」
「ここ数日、読み続けてるわよ。夢にもみたわ」
オレはページを開く。それは、やはり、スイマのアタッシェケースからみつかった小冊子と同じものだ。そこにはなぜだか、オレの過去が気持ち悪く美化して書かれている。
「内容は、ある男の子の話ね。書き方が箇条書きっぽいからなかなか感情移入はできないけど、けっこう悲しい話よ。私、こういうのに弱いのよ」
「弱い、ですか」
「そ。古典的な話ではあるんだけどね。お母さんが死んじゃうんだけど、男の子は言いつけを守って正しく生きようとするの。正義感が強すぎるから、なかなか周りに受け入れられない。それでも頑張る話」
抱きしめたくなっちゃうわ、と宮野さんは言った。
よもぎ@3D小説参加中 @hana87kko 2014-07-31 19:04:59
久瀬母(´ ; ω ;`)
しゅんまお@ sol軍事班 @konkon4696 2014-07-31 19:05:38
久瀬母は亡くなっているのか…
いいお母さんだったんだろうね
とうしん @toshin000 2014-07-31 19:05:08
やっぱり宮野さんのセリフはこっちへのメッセージっぽいなぁ
本人にそんなつもりはないだろうけど。
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