「キミが久瀬くんね?」
と声が聞こえた。大きな声だ。
見ると深緑色の軽自動車から、眼鏡をかけたショートカットの女性が首を突き出している。二〇歳ほどだろうか。だいたい、オレとそうかわらない歳にみえた。夏だというのに黒い長そでのシャツを着ている。
彼女はオレから10メートルほど離れた位置にいる、ひょろりとした男性を注視していた。スマートフォンをいじっていたその男性は、ちらりと彼女を見て、再び小さな画面に視線を落とした。
オレは深緑色の軽に近づいて声をかける。
「宮野さん?」
彼女は首をくるりと回し、先ほどとまったく同じ口調で言った。
「キミが久瀬くんね?」
「そうですよ。なにも、手当たり次第に声をかけなくても」
「取り返しのつくミスはミスじゃないの。手っ取り早くていいじゃない。ほら、早く乗りなさい」
「いや、まだアルバイトを受けるとは――」
「ごちゃごちゃ言わないで。私が一時間でいくら稼ぐが知ってる?」
「知りませんよ、もちろん」
「びっくりするほど安いわよ。資本主義社会の暗黒面よ。だからちゃっちゃと仕事を終わらせたいの。これ以上時給換算して悲しくなりたくないの。いいから早く乗りなさい」
どんな理論だ。
彼女の給料がいくらだろうと知ったことではなかったが、大声で薄給だとわめく彼女に周囲の視線が集まりつつあって気恥ずかしい。
仕方なく助手席に回り込む。席について、ドアを閉めると同時に車が走り出す。
シートベルトをひっぱりだしながら尋ねた。
「どこに行くんですか?」
「取材よ。もちろん」
「なんの?」
「水曜日の噂」
すぐ目の前の信号が赤に変わり、宮野さんが舌打ちする。動き回っていなければ呼吸が止まる種類の生き物なのかもしれない。いかにも苛立たしげに震えて軽が停まった。
「読みなさい」
宮野さんは少し不器用にみえる手つきでズボンのポケットからメモ用紙をひっぱりだし、こちらに押しつける。
荒い字で5行、走り書きがあった。
※
水曜日の歌声には暗号が隠れている。
水曜日の地下室には魔物が棲んでいる。
水曜日のディナーには睡魔しかいない。
水曜日のバスは終点に辿り着かない。
水曜日の夢には少年が現れる。
※
「なんですか、これ?」
「それが水曜日の噂よ。今日中に全部回るわ」
「どうしてこんなの取材するんですか」
「急に広告主からの依頼があったのよ。記事を差し替えろって。普段はそんなことまずしないんだけど、大口だから断われなくって」
「いや、でも、クラシック関係ないですよね?」
「え? ……ああ。そっちじゃないの」
「そっち?」
「よく間違われるんだけど、私たちが作ってるのはオカルト雑誌だから」
苛立たしげに赤信号を睨んだまま、宮野さんは言った。
「うちのベートーヴェンは、夜中に眼球が動く方よ」
世界中のクラシックファンに謝れ、と言いたかった。
達句英知 @tac9999
久瀬君のポリシーがどこから来たのか。幼少期に何かあってとかなら話に関わってきそう。とくに女の子は待たせないとか。
闇の隠居 @yamino_inkyo
水曜日の取材って今日は木曜……(はっ)あちらはまさか1年前か?
冬_寂 @mkmfgmbh
百の謎の一つだったりして。→なぜ水曜日の謎を木曜日に取材するのか?
みどばち @midobachi3
誰かしらが体験してないと噂にならないと思うから、実体験者に取材しに行ってるんだろうなぁ多分
よもぎ @hana87kko
水曜日の謎を全部水曜日中に調べるのは多分無理ですよねー。
コウリョウ @kouryou0320
「水曜日の夢に出てくる少年」、今夜ベルくんと久瀬くんが夢の中で接触するのかもなぁとか思いました
くろーば @clover_152
久瀬視点があるってことは、別の人の視点もあるってことですかね
リョウゼン シュウ @shuu_ryouzen
小説中の「時刻」って、ここまでは「公開(掲載)時刻」と同じですよね?
リョウゼン シュウ @shuu_ryouzen
今日公開された小説が「今現在起こっていること」だとしたら、こんなに更新が空くのが不思議。久瀬は軽自動車でお姉さんとどこまで行ったんだ?!(笑)
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