叢叡世 のコメント

刑事罰と道義的と言うフレーズで思い出したんですけど、懐かしいですね。

以前中島岳志がパール判事の事で「道義的責任」に拘っていたことが。

少しずれるかもしれませんが、彼等はあの時論破されたら「道義的責任はある」と言う詭弁を弄して逃げまくってましたよね。

慰安婦問題だったら「広義の強制性」等と言う詭弁を用いて頑固な油汚れの如くへばり付いてしがみついて何とか喧嘩に勝とうとする魂胆が見え見えでしたね。
領分が侵されるのが嫌だったのでしょう。
あの往生際の悪さこそ論争に関わった者からすれば「みっともない」と言う一言で片付くんですが、「道義的」やら「広義の」とかで第三者の歓心を買わせようとしました。

戦争を起こした日本が悪い。
慰安婦を管理した日本が悪い。

少し前までの社会科(地歴公民)って教条的な文言とかが入っていた筈でしょう。
副読本もそういう風に書かれていたと思います。

歴史を鑑とするような言い方がされて来たのか、これまでの日本が一方的に悪だったかのような印象を与えて来たのが「社会科」の教育だった筈。ある種の道徳的なものと不可分になっていましたね。
でもそれが学校では「悪いことと教わって来た」筈なのに先生の著作「戦争論」では全く違うことが書かれていた。
オードリー春日も自分の祖父が悪い事した悪人とは思えないと言ってましたね。

左翼の教育でただ単に過去の日本や祖父母を悪し様に罵るだけのような教育にするのか、今の自称保守が好む「プロ奴隷」を作り上げる教育にしたいだけなのか、結局自身の内面を問うような教育はなされないのかしら。

No.36 120ヶ月前

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