カレー千衛兵 のコメント

ネットでヘビーシッターを雇って、子供が殺された事件。
妻は「一時保育」の仕事をしておりますし、
自分たち自身も子育てをする中で、精神的に行き詰まってしまい、
ベビーシッターに子供を預けたことで、助けられた経験もあります。
だから、この事件の関心は高かったです。
(小林よしのりライジングVOL12 おぼっちゃまくん人生相談にて
「緊急的な保育」と「ネット不信」について相談したこともあります)

そんな私らの結論とて、
「ネットで顔と名前も分からない人間に、子供(の命)を預けるような母親も悪い」です。

小林先生がおっしゃった言葉で
一万人の母親が傷つけられたと思ってしまおうとも、
一人の子供の命を守ることの方が価値が上です。

ネット上のマッチングという信頼関係が成立しないやりとりで、
子供の命を預けるベビーシッターの顔と名前も分からない状態で、
さらには数日間に渡って子供を預けた、というのだから
「親が愚かだった」と述べるのが「公論」だと存じます。

それはそれとして、
私心としては、「母親が気の毒」という気持ちももちろんあります。
かなり若い母親ですし、色んな意味で世間知らずだったことは
想像がつきます。
だから「対案を出せ!」と言われるのであれば
それは、個別の状況に応じて、いくらでも出せると思います。

例えば私らの場合は、初めは民間のベビーシッターに依頼していましたが、値段が高く、経済的な理由で続きませんでした。
なので区役所の相談窓口に行き、行政が仲介する形で、地域の人に自宅まで来てもらってベビーシッターをして頂きました。
子供を預ける前には、お互い顔合わせをしました。
こちらの事情や、子供の特性を伝えましたし、
私らもベビーシッターさんの人柄や素性も確認させて頂きました。
子供を預けるには、それだけの「信頼」が必要でしたし、
子供を預かるにも、それだけの「責任」が発生します。

当時の私らは、お金が無かったし、共同体も無かったですけど、
「助けて欲しい」と叫べば、手を差し伸べてくれる人がいるのだと
経験した次第です。

あの若い母親は、救いの叫びをネットに求めたのでしょうか?
ネットは「信頼関係」も「責任の所在」も担保されない世界です。
ネットの可能性を追求することは、同時に「限界を知ること」だと思います。ネットに甘い幻想や過信は禁物ですね。

今回の事件に対する「対案」についてですが、
今ある地域組織や行政機関の支援を、もっと広報する必要があると、私は考えます。

No.117 130ヶ月前

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