学歴秀才=勉強バカって応用と直感が働かないんですよね 漫画とゲーム雑誌しか読まなかった自分の如き無学な者にもわかるような「言葉を意味合いで受け取る」とか「図にして想像する、図から読み解く」という行為ができない そもそも最初の一文のところで「漫画とゲーム雑誌しか読まなかったんだw」と信じられない誤読をしてつっかえてしまうという、そういう人と何度かお話しちゃったことがあります 最近では倉山満なんかもそのレベルでしたね 「倉山満のおかしい部分を自分たちで考えて指摘(論破)している」という言い回しに「指摘と論破は別だい!」と噛みつく様が印象深い 国語辞典片手にせせら笑う輩には「この流れで行う所の「指摘」には同時に「論破」の意味が宿る」という「感覚」がどうやっても理解できない かつてのオウムの青山も「裁判は多数決で決まるものじゃない!」とギャグに真面目にツッコんでたから同類かな? 人権思想はそもそも人によって突き詰めれば人生観、宗教観、宇宙観、神羅万象自然の摂理にまで行きつくから話してて誤解が生まれやすいのが難点です 「そもそも人権とは何ぞや」「文化が貧困脱出を助けるなら文化は人権を守っているとも言える」 「「(人権は)生まれながらにある(けどそのままでは守られない)」と「(人権は)生まれながらにあるものではない」という言葉の使い方=0座標設定の違いからくる誤解」 「食用牛の牛権は人に食われるのと殺処分又は野生に帰され絶滅して終わるのとでどちらが守られたことになるのか」 語れる視点はたくさんあるわけですが 西部邁はニヒリストではなかったのでしょう 本来の村の運営は知恵と良識のある者たちの手で回していくべきで、自分のような狂人はいざという時のための最後の手段でなければならない、という節度があった しかし残念ながら知恵と良識のある者自体が絶滅してしまった。西部の思想を維持すること自体が困難な時代になってしまった、というだけで
常識を見失い、堕落し劣化した日本の言論状況に闘いを挑む!『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりのブログマガジン。小林よしのりが注目する時事問題を通じて、誰も考えつかない視点から物事の本質に斬り込む「ゴーマニズム宣言」と作家・泉美木蘭さんが圧倒的な分析力と調査能力を駆使する「泉美木蘭のトンデモ見聞録」で、マスメディアが決して報じない真実が見えてくる! さらには『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成させる大喜利企画「しゃべらせてクリ!」、硬軟問わず疑問・質問に答える「Q&Aコーナー」と読者参加企画も充実。毎週読み応え十分でお届けします!
昭和28年福岡生まれ。昭和51年ギャグ漫画家としてデビュー。代表作に『東大一直線』『おぼっちゃまくん』など多数。『ゴーマニズム宣言』では『戦争論』『天皇論』『コロナ論』等で話題を巻き起こし、日本人の常識を問い続ける。言論イベント「ゴー宣道場」主宰。現在は「週刊SPA!」で『ゴーマニズム宣言』連載、「FLASH」で『よしりん辻説法』を月1連載。他に「週刊エコノミスト」で巻頭言【闘論席】を月1担当。
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学歴秀才=勉強バカって応用と直感が働かないんですよね
漫画とゲーム雑誌しか読まなかった自分の如き無学な者にもわかるような「言葉を意味合いで受け取る」とか「図にして想像する、図から読み解く」という行為ができない
そもそも最初の一文のところで「漫画とゲーム雑誌しか読まなかったんだw」と信じられない誤読をしてつっかえてしまうという、そういう人と何度かお話しちゃったことがあります
最近では倉山満なんかもそのレベルでしたね
「倉山満のおかしい部分を自分たちで考えて指摘(論破)している」という言い回しに「指摘と論破は別だい!」と噛みつく様が印象深い
国語辞典片手にせせら笑う輩には「この流れで行う所の「指摘」には同時に「論破」の意味が宿る」という「感覚」がどうやっても理解できない
かつてのオウムの青山も「裁判は多数決で決まるものじゃない!」とギャグに真面目にツッコんでたから同類かな?
人権思想はそもそも人によって突き詰めれば人生観、宗教観、宇宙観、神羅万象自然の摂理にまで行きつくから話してて誤解が生まれやすいのが難点です
「そもそも人権とは何ぞや」「文化が貧困脱出を助けるなら文化は人権を守っているとも言える」
「「(人権は)生まれながらにある(けどそのままでは守られない)」と「(人権は)生まれながらにあるものではない」という言葉の使い方=0座標設定の違いからくる誤解」
「食用牛の牛権は人に食われるのと殺処分又は野生に帰され絶滅して終わるのとでどちらが守られたことになるのか」
語れる視点はたくさんあるわけですが
西部邁はニヒリストではなかったのでしょう
本来の村の運営は知恵と良識のある者たちの手で回していくべきで、自分のような狂人はいざという時のための最後の手段でなければならない、という節度があった
しかし残念ながら知恵と良識のある者自体が絶滅してしまった。西部の思想を維持すること自体が困難な時代になってしまった、というだけで