ジャニーズ問題の過熱を受けて、宇佐美りん『推し、燃ゆ』(河出文庫)という小説を読んでみました。 主人公の女子高生は、推しのアイドルを応援することに全てを賭けているが、その推しが不祥事で炎上してしまい……という内容の文芸作品です。 主人公の人物像はやや変わったものとして造形されているのではありますが、それでも「推しを応援するファン心理」の片鱗のようなものが伝わってきます。 炎上が起きてからのネット界の描写――アンチ、擁護派、高見猿、「そもそも論」論者などのやりとり、それからしばらく経ってからの特定班の動きなどもリアル。 また、「最近のヒット映画で入ってきたファンほど、アンチになりやすい」というような、説得力を感じる記述も。 もちろん、フィクションと現実は違いますし、騒動の規模や根本的な発端などもまるきり異なりますが(そもそも本作のテーマは、全く別のところにあります)、考えさせられるところがありました。 マスコミと大衆の暴走はフォローのしようがありませんが、ジャニーズ事務所の対応の仕方によっては、2~3か月程度で賞味期限が切れて終息していたかもしれないな、と。 前社長の中途半端な謝罪動画と、東山紀之の『サンデーLIVE!』での「後輩たちにはコメントを控えてもらっていた」という発言が、恰好の燃料になってしまったのではないでしょうか。 特に後者は、報道のキャスターを務める当事者同士が、局を越えて口裏合わせをしていたのではないか、だとすれば報道にあるまじき姿勢ではないか、と批判されてもおかしくない発言でした。 これまでジャニーズ事務所は、テレビ局に対して絶大な発言力を発揮していたということなので、鬱憤晴らしよろしく、ここぞとばかりにジャニーズ事務所の「殿様商売ぶり」を叩いてやろうと意気込んだ輩が増殖しても不思議ではありません。 さらに先日の記者会見で、東山紀之は「鬼畜の所業」という表現まで用い、アイドルビジネスを興した故人を断罪してしまいます。 この時点で、東山紀之には経営者としての才覚は無いということ、そういう人間をトップにかつぐジャニーズ事務所の将来は暗いということ、アイドルビジネスが持つファンタジー性を自らの手で握りつぶしてしまったということが見て取れました。 この会見の後、城嶋茂は「ジャニーさんは負の遺産を残した」と発言し、中丸雄一は「被害者優先」をベースにむちゃくちゃビジネスライクなコメントを出しています。 もはや「アイドルではなくなった人たち」が続出しちゃってるんですね。 上述した小説の本文の表現を借りると、「これでは、推せない」ということになってしまう。 裏を返せば、ゴー宣ブログで一部の「自称被害者」の正体が明らかにされたように、もう少しこらえていれば、「特定班」が動いて潮目が変わっていたかもしれない。 「自称被害者」はこれまでは全く注目されていない存在でしたから、SNS投稿は脇が甘くなっているでしょう。 過去のものはもちろん、現在の投稿も、「特定班」から見ればネタの宝庫になっているかもしれません。 大衆は「持ち上げられたものが堕ちる」のを見るのが最高の楽しみなので、タイミング良くネタが拡散されれば形勢逆転の目はあったかもなあ、と。 でもその可能性を、ジャニーズ事務所自身が摘んでしまった。 特定する労力を払うのが無駄だと感じられてしまうぐらいに。 ファンとしては、「推し」のおかげで明日から仕事を頑張れる、というような心持で応援を続けてきたことでしょう。 あの会見は、ファンに対する裏切り行為に相当するのではないか、と思います。 ファンタジーの作り手を鬼畜扱いしてしまったわけですから。 ジャニーズ事務所は、ファンではなく「自称被害者」の方を向いてしまった。 ビッグモーターズとは全く別の意味合いで、危機管理に失敗してしまった。 個人的には、長年にわたってメディア界に権勢を振るい続けてきたことで、組織運営や事務所の将来について深く考えてこなかったツケが出てきたのかなと思っております。 また、同様に「自称被害者」の会見が世間の同情を誘って会社が悪者扱いされた、という事例として「吉本闇営業問題」を思い出すのですが(問題の構造は異なりますが)、吉本興業はうまくかわし、結果的に宮迫がぶっちぎりで好感度を悪化させて終了、という顛末と対照的だなとも思います。
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ジャニーズ問題の過熱を受けて、宇佐美りん『推し、燃ゆ』(河出文庫)という小説を読んでみました。
主人公の女子高生は、推しのアイドルを応援することに全てを賭けているが、その推しが不祥事で炎上してしまい……という内容の文芸作品です。
主人公の人物像はやや変わったものとして造形されているのではありますが、それでも「推しを応援するファン心理」の片鱗のようなものが伝わってきます。
炎上が起きてからのネット界の描写――アンチ、擁護派、高見猿、「そもそも論」論者などのやりとり、それからしばらく経ってからの特定班の動きなどもリアル。
また、「最近のヒット映画で入ってきたファンほど、アンチになりやすい」というような、説得力を感じる記述も。
もちろん、フィクションと現実は違いますし、騒動の規模や根本的な発端などもまるきり異なりますが(そもそも本作のテーマは、全く別のところにあります)、考えさせられるところがありました。
マスコミと大衆の暴走はフォローのしようがありませんが、ジャニーズ事務所の対応の仕方によっては、2~3か月程度で賞味期限が切れて終息していたかもしれないな、と。
前社長の中途半端な謝罪動画と、東山紀之の『サンデーLIVE!』での「後輩たちにはコメントを控えてもらっていた」という発言が、恰好の燃料になってしまったのではないでしょうか。
特に後者は、報道のキャスターを務める当事者同士が、局を越えて口裏合わせをしていたのではないか、だとすれば報道にあるまじき姿勢ではないか、と批判されてもおかしくない発言でした。
これまでジャニーズ事務所は、テレビ局に対して絶大な発言力を発揮していたということなので、鬱憤晴らしよろしく、ここぞとばかりにジャニーズ事務所の「殿様商売ぶり」を叩いてやろうと意気込んだ輩が増殖しても不思議ではありません。
さらに先日の記者会見で、東山紀之は「鬼畜の所業」という表現まで用い、アイドルビジネスを興した故人を断罪してしまいます。
この時点で、東山紀之には経営者としての才覚は無いということ、そういう人間をトップにかつぐジャニーズ事務所の将来は暗いということ、アイドルビジネスが持つファンタジー性を自らの手で握りつぶしてしまったということが見て取れました。
この会見の後、城嶋茂は「ジャニーさんは負の遺産を残した」と発言し、中丸雄一は「被害者優先」をベースにむちゃくちゃビジネスライクなコメントを出しています。
もはや「アイドルではなくなった人たち」が続出しちゃってるんですね。
上述した小説の本文の表現を借りると、「これでは、推せない」ということになってしまう。
裏を返せば、ゴー宣ブログで一部の「自称被害者」の正体が明らかにされたように、もう少しこらえていれば、「特定班」が動いて潮目が変わっていたかもしれない。
「自称被害者」はこれまでは全く注目されていない存在でしたから、SNS投稿は脇が甘くなっているでしょう。
過去のものはもちろん、現在の投稿も、「特定班」から見ればネタの宝庫になっているかもしれません。
大衆は「持ち上げられたものが堕ちる」のを見るのが最高の楽しみなので、タイミング良くネタが拡散されれば形勢逆転の目はあったかもなあ、と。
でもその可能性を、ジャニーズ事務所自身が摘んでしまった。
特定する労力を払うのが無駄だと感じられてしまうぐらいに。
ファンとしては、「推し」のおかげで明日から仕事を頑張れる、というような心持で応援を続けてきたことでしょう。
あの会見は、ファンに対する裏切り行為に相当するのではないか、と思います。
ファンタジーの作り手を鬼畜扱いしてしまったわけですから。
ジャニーズ事務所は、ファンではなく「自称被害者」の方を向いてしまった。
ビッグモーターズとは全く別の意味合いで、危機管理に失敗してしまった。
個人的には、長年にわたってメディア界に権勢を振るい続けてきたことで、組織運営や事務所の将来について深く考えてこなかったツケが出てきたのかなと思っております。
また、同様に「自称被害者」の会見が世間の同情を誘って会社が悪者扱いされた、という事例として「吉本闇営業問題」を思い出すのですが(問題の構造は異なりますが)、吉本興業はうまくかわし、結果的に宮迫がぶっちぎりで好感度を悪化させて終了、という顛末と対照的だなとも思います。