『大東亜論』が好きで続きを読みたいと切望する意見も散見されますが、そもそも頭山満の歴史的評価が世間でもうひとつなのは何故でしょうか。 人間の評価というものは、その人が存命中にはなかなか定まらず、往々にして亡くなった後に「何を遺したか」で評価される傾向があります。 頭山満は『国士舘大学』の設立に深く関わっていたことが、世間では比較的知られております。 その国士舘大学ですが、私の世代(50代)ですとあまり印象が良くありません。偏差値が低かったから、ではありません。どうしても「暴力主義的な極右」の印象が付いて回ってしまいます。もちろん、今現在の国士舘大学の姿とは異なるのかもしれませんが。 しかし、国士舘大学がこのように評価されてしまうのは「身から出た錆」で(詳しくは書きませんが)、これを覆すべく関係者各位には襟を正し奮起して頂きたいものです。そうでなければ頭山満の歴史的評価は今のまま変わりません。頭山満も草葉の陰で涙を堪えているかもしれません。 個人的には、国士舘大学の関係者に「頭山満の遺志はこんなものだったのか?」と問い詰めてみたいです。面倒だからやりませんが。 『ゴー宣』の評価も、小林先生ご自身だけでなく「読者・支持者」の振る舞いによっても左右されてしまうのかもしれません。その辺りは一読者として心に留めておきたいものです。
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『大東亜論』が好きで続きを読みたいと切望する意見も散見されますが、そもそも頭山満の歴史的評価が世間でもうひとつなのは何故でしょうか。
人間の評価というものは、その人が存命中にはなかなか定まらず、往々にして亡くなった後に「何を遺したか」で評価される傾向があります。
頭山満は『国士舘大学』の設立に深く関わっていたことが、世間では比較的知られております。
その国士舘大学ですが、私の世代(50代)ですとあまり印象が良くありません。偏差値が低かったから、ではありません。どうしても「暴力主義的な極右」の印象が付いて回ってしまいます。もちろん、今現在の国士舘大学の姿とは異なるのかもしれませんが。
しかし、国士舘大学がこのように評価されてしまうのは「身から出た錆」で(詳しくは書きませんが)、これを覆すべく関係者各位には襟を正し奮起して頂きたいものです。そうでなければ頭山満の歴史的評価は今のまま変わりません。頭山満も草葉の陰で涙を堪えているかもしれません。
個人的には、国士舘大学の関係者に「頭山満の遺志はこんなものだったのか?」と問い詰めてみたいです。面倒だからやりませんが。
『ゴー宣』の評価も、小林先生ご自身だけでなく「読者・支持者」の振る舞いによっても左右されてしまうのかもしれません。その辺りは一読者として心に留めておきたいものです。