Dr.U のコメント


 ウサギです。今週号の『ゴー宣』を読みました。今週号の中心的テーマの一つは、新型コロナの感染経路は基本的に接触感染である、というものでした。この説については、以前から井上先生が対談や著書などで主張なさっていたことなので注目していました。今回の小林先生の解説は非常に分かりやすく、井上先生の著書を読んだことのない方にもその主張がよく伝わるのではないかと思いました。

 さて、今日より数日前のこと、『週刊現代』の最新号(7月10日刊)に「社会を破壊した『コロナの1年』」というタイトルの座談会記事が掲載されており、ちょっと面白そうなので読んでみました。宮台真司・井出英策・上昌弘の三氏によるこの座談会は、全体的には、内容はまずまず興味深いものでしたが、その中の上昌弘氏の発言で、ひとつ気になるものがありました。それは次のようなものです。

「この春、医学誌『ランセット』にも記されたように、感染のメインは空気感染だというのが現在の定説です。すると外部から遮断した空間を作る『バブル方式』の対策をとっても、感染の恐れがある。ここからもわかるように、コロナ対策で日本は、最初から今に至るまで科学の常識を逸脱して間違えてきました。」

 このように述べた後、上氏はさらに次のように続けています。

「…実は最新のデータを見ると、飲食店の自粛は非科学的なんです。電車やオフィスなどで、無症状の人が空気感染させる方が多い。クラスターがあまり出ていない飲食店を、さしたる根拠がないのに袋叩きにしても、とんでもないコストがかかる割には、効果がないんですよね。」

 ここから分かるように、上氏の主張の要点は、新型コロナの主要な感染経路は空気感染であり、従来の飛沫感染を重視する日本の感染対策は不適切であった、ということです。
 これを読んだとき、この考えは接触感染を重視する井上先生や小林先生の考えとは異なっており、これはどういうことなのだろうと気になりました。上氏は「感染のメインは空気感染だというのが現在の定説」と言い切っているけれど、本当なのだろうか? 「電車やオフィスなどで、無症状の人が空気感染させる方が多い」というのは、正しいのだろうか? 
 この記事を読んだときは、忙しくて、ひとまず放っておいたのですが、今週号の『ゴー宣』のテーマが接触感染の重要性についてでしたので、ちょっとだけ、上氏の主張が正鵠を得たものなのかどうか調べてみました。ちょっとだけ。

 まず、上氏が挙げている医学誌『ランセット』の記事を探してみました。すると、第397巻10285号(2021年5月1日刊)に、それらしい記事が掲載されていました。そのタイトルは "Ten scientific reasons in support of airborne transmission of
SARS-CoV-2(SARS-CoV-2の空気感染を支持する10の科学的理由)"、著者は医学者のトリシャ・グリーンハルほか数名です。 この記事については、原文が公開されているほかに(URL: https://www.thelancet.com/action/showPdf?pii=S0140-6736%2821%2900869-2 )、ネットでも内容を紹介する記事が出ています(https://news.yahoo.co.jp/articles/d8bb931dfb2c1ba36871afc0c4dfd9994325ebd2)。
 さて、それでその中身についてなのですが、内容について云々する以前に言わなければならないことがあります。それは、そもそもこの記事は正式な論文ではなく、「コメント」コーナーに書かれた僅か2ページ弱の短文に過ぎない、ということです。そしてさらに重要なことは、その中に書かれている「空気感染を支持する10の理由」なるものの大半が、「空気感染を支持する」理由というよりも、「(従来主張されてきた)飛沫感染が支持されない」理由である、ということです。
 「10の理由」のうち、少しだけ中身を見てみると、例えば第二番目の理由には、同じホテルに滞在していて直接に会っていない人の間で感染が起きたことが挙げられています。(…でもそれはモノを介した接触感染のせいかもしれないのでは?) 第四番目の理由には、コロナの感染は屋外よりも屋内で頻繁に起こっていることが挙げられています。(…でも、それは感染原因が接触感染だからじゃないの?) 第七番目の理由には、病院の通風ダクトのエアフィルターでウイルスが発見されたことが挙げられています。(まぁ、少しくらいは見つかるかもしれないけど、それってそんなに決定的?) 
 他にも、この記事で根拠として挙げられている諸研究をしっかりと調べれば、いくらでもツッコミどころが出てきそうな感じです。しかし、この記事の根本的な問題点は、新型コロナウイルスの感染経路として空気感染ばかりに注目し、接触感染の可能性についてほとんど触れていないという点です。新型コロナの感染が飛沫感染によって起こる可能性が低いのであれば、空気感染と接触感染の両方の可能性をしっかりと検討するのが筋のはすです。

 上昌弘氏はこのような、非常に偏ったというか、バランスの悪い「コメント欄」の記事を根拠に「感染のメインは空気感染だというのが現在の定説」などと断定気味に主張するわけです。さらにもう一つの「電車やオフィスなどで、無症状の人が空気感染させる方が多い」という主張も、ちょっと待って、と言いたくなります。「電車での感染が多い」? …どこにそんなことを示すエビデンスがあるのでしょう。「無症状の人が感染させることが多い」?  …新型コロナは確かに、無症状であっても感染する――インフルエンザと同様に!――ことがあります。しかし、いくつかの重要な研究によると、無症状者が人にうつすリスクは、有症状者のそれよりも、はるかに低いことが分かっています。それを知らないわけでもあるまいに。
 
 上昌弘という人は、コロナについては著書もあり、いろいろと発言なされているようです。しかし、上のような発言を見る限り、どうも、信頼性において怪しいところがあります。実際のところ、どうなのでしょう。

 以上、ウサギでした。

No.624 41ヶ月前

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