希蝶 のコメント

 遅ればせながら、昨日の「道場」、井上正康さんのユーモアあふれる話と、多彩なスライドが分かりやすく、面白かったです。
 ワクチン接種の件、いろいろなかたが悩まれているのが痛ましかったです。家族と同居しているかたはチケットを隠してしまえばいいのに、と。自分もそうしました。今の親に自分で判断する力はないようにも感じられますし。
 そうでないかたは、険悪な関係になっても良いので、肉親なら最後まで説得すべきだろうと思います。獅子の親は我が子を千尋の谷に突き落とすともいいますし…というような自分の「無責任な言説」も薄っぺらいのかも知れないですが。兎に角、後悔のないように行動するのが一番良い、と言っておきます。

 ゴーマニズム宣言・第422回「意固地な爺さん・尾身茂」
 タイトルを、最初、「意地悪爺さん、尾見茂」と読んでしまったのですが、阿呆でしょうか(笑)。そんなことはさておき、先の398号のコメントでも記しましたが、尾身茂という人も一人の「中村新兵衛」なのだろうと思います。政府のお墨付きの「分科会」という「猩々緋(しょうじょうひ)と、唐冠纓金(とうかんえいきん)の兜」がなければ何の能力も持ち合わせていないはずなのに、いつの間にか自分が内閣総理大臣同等の感覚になってしまった。このコロナ禍でいろいろな反応をする有名人や専門家と称するかたがたが現れていますが、どうしてこんな人達ばかり目立ってしまい、しかも愚かしいことに、彼らの「無責任な言説」を大衆が信じ込んでしまうのか、どこまで自己を人間は持っていないのか、不思議です。
 自分も薄っぺらいことしか記せていませんが、我も我もとワクチン接種に焦る姿はみにくく、見苦しいと感じます。しかし、そういう尾身の暴走を制止できなかった政府の姿も、卑小であることには変わりはなく、そんな政府を形成してしまった国民も、脆弱で惰弱であることに変わりはないとも思います。そして、その国民のあわせ鏡なのが、マスコミの暴走でもあり、根は深いのかな、と思いました。
 親のコロナ脳を嘆いたり、ばかにしたりしている自分ですが、戦時中に「七分搗きの米」を食べていたという話を聞いたりすると、やはり自分も何も知り得ていないのかとか、耳知識でしかないのかな、とも感じるのです。そういう「智慧」を消し去らないようにするためにも、尾身とか玉川とかいう得体の知れない専門家気取り、救世者ぶっているやからに、(ギリシャ神話の)アラクネの絵のように、上のものを批判をする自分とは何なのか、と我に返らせる瞬間を持たせないといけないのでは、というふうにも思います。

 泉美木蘭のトンデモ見聞録・第216回「日本・アメリカ・スウェーデン・イギリス・インド:ワクチン各国の報じ方」
 ほかの人も述べていますが、インドのコメディアンの件、ひどいと思いました。しかし、インド政府にしてみれば無知蒙昧な人民を教化するために、ワクチン接種をすすめ、ライオンの親が我が子を谷底から突き落とすような悲愴な感情で、電気をとめたりしているのでしょう、好意的に解釈すれば。恐らく、ワクチン接種をすすめる人間は、「ほかの人」を理由にして、自己犠牲の餘韻を楽しんでいるような気がします。
 以前はやったCMで、「後から来た人のために」インスタントコーヒーを置いていったり、胃薬を置いていったりする、なんてのがありましたが、日本人のマスクやワクチン信仰はそういう風土が築き上げていったものなのでしょう。一回、そういうのを突き放してみるのも良いのかも知れない。しかし、寝覚めが悪くなるのも事実で、そういう場合は、「自分はワクチンを絶対に打たない」と主張し、相手の反応を見てみるのも良いのかも知れない、どうしても大切な人には衝突したり、詐術を使うのもやむを得ないのかも知れない。うまくまとまらなくなりましたが、ケースバイケースなのかも知れない、人はそれぞれ違った個性を有しているのだから、全く同じ手法が通じるわけがないのだから、というようなことを考えました。
 それにつけてもスウェーデン人は賢かった、と思います。でも、彼らもワクチン接種はしているのでしょうか。それと、以前のライジングで木蘭さんが、オリンピックの民泊体験をされていたことを思い出し、今では中止せよだの、観客を入れるなだの、ワクチンだ、ソーシャルディスタンスだなのだから、隔世の感を覚えます。人間はどうしてこうまで狂えるのでしょうか?

No.169 42ヶ月前

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