kazz のコメント

医師の近藤誠先生の著「新型コロナとワクチンのひみつ」ビジネス社によると、インフルエンザは「検査病」だそうです。1957年にはインフルエンザの患者数は100万人いたそうですが、その後減少に転じて1997年には8800人と1万人を割り込んでいたと。しかし、1999年に臨床現場に綿棒検査が導入されると患者数が6万5000人に激増し、その翌年(2000年)には77万人まで増えたそうです。綿棒検査以前は医師が「発症した季節とインフルエンザ様症状の有無」で判定していたのが、綿棒検査によって「ウィルスの有無」で判定されることとなったようです。また、本書の記述ではありませんが、1999年は4月に感染症法が施行された年であり、1999年3月以前には感染症発生動向調査の観測定点が約2500であったのが1999年4月以降は約5000に増えています。(病原微生物検出情報 (IASR) The Topic of This Month Vol.21No.12(No.250) インフルエンザ1999/2000シーズン 図1記述より)

また、インフルエンザワクチンについても、1962年に学童への集団予防接種が始まり、1976年に義務化されましたが、ショック死や重大な脳障害が発生したために副作用被害の救済を求める訴訟が起こりはじめ(最初の訴訟は1964年)、加えて他の種痘、三種混合ワクチンでも生じた副作用救済訴訟と合わせて「ワクチン禍」と呼ばれる社会問題となったそうです。国は自らに落ち度や責任はなかったとして争いましたが最終的に敗訴し、その結果を受けて1994年に予防接種法を改正して「集団接種」「義務接種」を廃止しました。ただし当時のワクチンは「全粒子性ワクチン」で現在のものに比べて効き目が強かったようです(その分、副作用も強い)。こうした背景があり、1986年には年間1700万本作られていたインフルエンザワクチンの製造は1994年には30万本まで一旦は落ち込んだのですが、国がワクチンを「任意接種」として賠償責任を気にせずにワクチン事業を進めやすくし、インフルエンザワクチンのターゲットを子供から成人(特に高齢者)に変更して「インフルエンザ怖いぞキャンペーン」を張り(具体的には高齢者施設でのクラスター発生をニュースで報じるようになった)、インフルエンザ脳炎・脳症の恐怖を煽ることにより、インフルエンザワクチン製造数は現在では年間5000万本を超えるまでに復活したそうです。特に、インフルエンザ脳炎・脳症については、インフルエンザウィルスそのものによって引き起こされた症状ではなく、解熱剤(NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬))による薬害ではないかと指摘されています。

長文失礼いたしました。

No.224 4ヶ月前

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