ゴー宣道に関しましては、興味深く視聴させていただきました。先日は、わざわざ質問を取り上げていただき、感謝致します。まず、今回の議論で感じたことは、「中間層」にもある程度仕訳けが必要であるということであります。すなわち、中間層にも、”しなやかな感性を持った層”と浮動層が存在する、という感じでございます(例えばゴー宣道場への参加者、およびブログ、あるいは「ライジング」の記事を読めている層は前者である、という感じかと)。 次に、この質問に対して師範方がどう答えたかを、私が理解した範囲でまとめます。 倉持師範「(中間層を取り込むためには)、政治家が争点を整理して国民(一般生活者)に提供する。そしてさらに重要なことは、国民に関心を持ってもらうように、争点を形成することである」。 高森先生「数ではなく、おそらく質が大事。ネットは網膜を刺激するだけの過激なものも多いが、片隅にまともな言論もあるので、そういうものに注視してほしい」。 そして、よしりん先生「密になることが公論の形成の基本であり、集まって議論することにより、予想もしない作用が生じ、物事が創造される」(これは”準備された心を持つ人々”が相互作用すると、セレンディピティ(思わぬ発見)が起こると言い換えることができるのではないかと)。 私見では、これらの回答は中間層を取り込むための様々な角度からの見方を提供していると理解でき、議論が深まったと思います。そして、前半の「皇室問題」の議論も絡めますと、このようになるのではないかと思われました。すなわち、 大衆の”熱量”を政治家に伝達する→政治家は、中間層に”自分ごと”の問題として考えられるように政治の争点を語りかける→中間層は投票という行為を通じて、自分達の代表を自覚的に選ぶ。 「中間層」を取り込む。特に浮動層を取り込むことは様々な困難があると思いますが、”公論を形成する”という少し覚悟を持った人々が1000人くらいいれば、このような閉鎖系で、大衆の熱量はあたかも熱力学の第一法則のように伝達・拡散され、ループを形成していけるのかもしれない、と思わせるような可能性を感じました。 以上です。
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小林よしのりチャンネル
(ID:18275636)
ゴー宣道に関しましては、興味深く視聴させていただきました。先日は、わざわざ質問を取り上げていただき、感謝致します。まず、今回の議論で感じたことは、「中間層」にもある程度仕訳けが必要であるということであります。すなわち、中間層にも、”しなやかな感性を持った層”と浮動層が存在する、という感じでございます(例えばゴー宣道場への参加者、およびブログ、あるいは「ライジング」の記事を読めている層は前者である、という感じかと)。
次に、この質問に対して師範方がどう答えたかを、私が理解した範囲でまとめます。
倉持師範「(中間層を取り込むためには)、政治家が争点を整理して国民(一般生活者)に提供する。そしてさらに重要なことは、国民に関心を持ってもらうように、争点を形成することである」。
高森先生「数ではなく、おそらく質が大事。ネットは網膜を刺激するだけの過激なものも多いが、片隅にまともな言論もあるので、そういうものに注視してほしい」。
そして、よしりん先生「密になることが公論の形成の基本であり、集まって議論することにより、予想もしない作用が生じ、物事が創造される」(これは”準備された心を持つ人々”が相互作用すると、セレンディピティ(思わぬ発見)が起こると言い換えることができるのではないかと)。
私見では、これらの回答は中間層を取り込むための様々な角度からの見方を提供していると理解でき、議論が深まったと思います。そして、前半の「皇室問題」の議論も絡めますと、このようになるのではないかと思われました。すなわち、
大衆の”熱量”を政治家に伝達する→政治家は、中間層に”自分ごと”の問題として考えられるように政治の争点を語りかける→中間層は投票という行為を通じて、自分達の代表を自覚的に選ぶ。
「中間層」を取り込む。特に浮動層を取り込むことは様々な困難があると思いますが、”公論を形成する”という少し覚悟を持った人々が1000人くらいいれば、このような閉鎖系で、大衆の熱量はあたかも熱力学の第一法則のように伝達・拡散され、ループを形成していけるのかもしれない、と思わせるような可能性を感じました。
以上です。