皇統を学ぼう のコメント

いつも楽しく拝見しております。
時間が過ぎてしまい、申し訳ございませんが
質問を5点、投稿致します。

1.
今までのゴー宣道場は三大目標を掲げて
庶民の無関心に対して働きかける活動をしてきたと思います。

ところがコロナ禍においては家族や同僚のコロナ脳に対して議論し、
コロナが幻想であることを主張し、外出時にはマスクを装着するかどうかの
判断を迫られる状況となり、大衆の暴走に如何に抗うかが争点となりました。

コロナが幻想だと主張することで得することは一つもありません。
変人と思われ、空気を読まない身勝手な人と思われ、
マスクをしなければ非常識と言われます。

コロナが幻想だと主張して私に同調した人は一人もいません。

私が何を言っても世界は1mmも変わりません。

それでも「嫌なものは嫌!」と思います。
マスクは嫌!コロナごときで大騒ぎするのは嫌!
村八分を恐れてコロナ脳に迎合するのは嫌!と思います。

このような「嫌なものは嫌!」という感覚は何なのでしょうか?

道徳や倫理といった理屈ではなく、拒否反応や生理的に受け付けないという
言葉の方がしっくりきます。

コロナ禍でよく考えたことは、「シンドラーのリスト」のシンドラーは
なぜユダヤ人を助けたのか?ということです。

シンドラーがユダヤ人を1200人助けたところでナチスは何ら
ダメージが受けません。
むしろナチスに目を付けられるリスクの方が大きいはずです。
ユダヤ人を助けなくてもだれにも責められることはありません。
ヒューマニズムなどという感傷的なものでは説明できません。
スピルバーグに映画化されるかも?などという下心は尚更ないはず。

シンドラーはとにかく理屈抜きに嫌だったんだろうと思います。

繰り返しになりますが、この「理屈抜きに嫌!」という感覚について
ご検討頂ければ幸いです。

No.72 50ヶ月前

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