希蝶 のコメント

希蝶
No.120 (2019/11/30 18:18)
 ライジング感想のつづきです。
 泉美木蘭の「トンデモ見聞録」・第147回「ディズニーの描いた王女像、女王像の変貌」

 ごめんなさい。正直言って、あまり「アナ雪」にはあまり興味はないのですが、グリム童話とか、その元になったペロー童話には関心があります。
 今回の木蘭さんのコラムで、「赤頭巾ちゃん」の話の変遷を思い出しました。元のペロー童話の物語では、赤頭巾は狼に食われておしまい、ベッドの中の狼には気をつけろ、なのですが、グリム童話で赤頭巾やおばあさんを救出する狩人が登場し、めでたしめでたしになるわけで、後世になるに連れて御都合主義的な展開になっており、ディズニーの王子様登場も、そのような流れの中で理解されてゆくものなのかな、と思いました。

 私はそれでも、ディズニーがかつて描いた王子や英雄が姫を助けるという物語には、ある種の夢があって、素晴らしいと思っています。童話の残酷さは古今東西を問わず、共通したものですが、それを絵でストレートに表現してしまっては問題がある、ということも分かるからです。毒はいきなり飲み干すものではなく、体に害のないように、徐々に受け入れていけば良いのではないか、子供のうちは夢を見ても良いのではないか、と思うのです。夢は夢として、楽しめば良いのです。

 しかし、時代は王子や狼から救う狩人なんてものが登場しない、自身で自身を守る物語が主流になりつつあるのかな、姉妹愛が優先される話も可能なのかな、とそんなことを、今回の木蘭さんのコラムで考えさせられました。それは昨今の将来への希望が少なく、薄れつつある世相とも関連があるわけなのでしょう。
 確かにレイプ事件などでは一般的に男性と女性の体力の差はあり、ターミネーターをサラ・コナーが最終的に倒すなんてことは偶然の結果なのかもしれないですが、それでも、庇護される立場から、運命を切り開くために戦う存在へと女性像は変貌しつつあるようです。
 古い時代にも、「エロスとプシュケー」というギリシャ神話があり、夫であるエロス(キューピッド)の真の姿を見たプシュケーは、夫を取りもどすための試練を与えられ、最後の最後でエロスに助けられるのですが、王子を夢見る時期が過ぎたら、自分で自分の幸福を取り返さないといけない、青い鳥は子供のうちは身近なところにいるけれども、大人になったら、自分で再度捜しにいかなければならない、ということなのでしょう。
 
 「白雪姫」の話は、大国主神の話にも似ているようにも感じました(倒される度にパワーアップしてゆくところなど)。「シンデレラ」もわざと靴を落とし、自分の運命をかけたのだとも言えるかもしれないです。
 生きること、愛すること自体が戦いなのだ、と言えるのではないのでしょうか。ひょっとしたら、女性は本質的にたくましい存在なのかもしれないです。

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