Niels@CPH のコメント

>「理性には限界があるということを知っているのが真の『理性的な人間』だという人間観」

プラトンが好きなので、ソクラテスの「無知の知」をつい連想してしまいます。

ソクラテスは、訴えられた罪状とは真逆に、まったく敬虔な人でした。
彼曰く「本当の知者は神だけだ」と。

と同時に彼は、理性の権化みたいな人でもありました。
何しろ、正しく考えたり対話したりした結果、自分が死刑になるくらい、屁でもなかったわけで。

「考える」というのは、内なる自己との「対話」のことでしょうし、
「対話」というのは、複数人で「考える」ことでしょうから、
どちらも、理性に身を委ねるという点では同類なのでしょう。

つまり彼は、理性によって、人間の無知を知るだけでなく、人間ならぬ、無知ならぬ神の声を少しでも感じようとしたと思われます。


この対極が、真に非理性的で真に不敬虔な、コスプレ的な右や左なのだと思われます。

No.202 71ヶ月前

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