「大統領選」と「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」
【綾波ランボーを回復せよ】
今週のヤンサンは、噂の「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」でした。
すごい人気なのは知っていたものの、観たのはこれが初めてだったのだけど、あの「繊細な少女漫画的世界」でどんな物語が語られるのかと思っていたら、まさかの「傷痍軍人モノ」でした。
激しい戦争で両手を失った主人公はロングヘアの美少女で、戦場では「有能な人間兵器」として恐れられていたというのだ。
美少女が「兵器」
少女は重症を負ったまま「次の任務に向かわせて下さい」と言っている。
しかし戦争は終わっていて「任務」も「戦場」もない。
戦争は終わったけれど、自分の心は軍の仲間と共にあり、「軍人」であることが止められない。
ようするに「ランボー」だ。
目的を失って中空を彷徨うような主人公「ヴァイオレット」は、エヴァンゲリオンの「綾波レイ」にも見える。
そんな、心に空洞を抱えた「人間兵器」であるヴァイオレットの「心の再生」を丁寧に描いたのが「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」だった。
「綾波ランボーの心を回復せよ」という話なのだ。
詳しいことはヤンサン本編で観てもらいたいのだけど、この「軍人が止められない」という主人公にはちょっと思う事があるので、今回はその話をします。
【次の任務は?】
バイオレットは、戦争が終わった後も「私の任務は?」「戦地は?」「命令を下さい」と言い続ける。
よくある「指示待ち人間」の悲しい風刺にも見える。
日本では子供の頃からひたすら「こうしなさい」と言われ続ける。
それに逆らうと処罰されたり、排除されたり、色々面倒なことになる。
なので、とりあえずは「言われた通りやる」しかない。
命令に従っていれば、嫌な思いは少なく、欲しい物は手に入る可能性が高まる。
「そんな犬みたいな人生はごめんだぜ!」なんて、かつての若者は逆らったけど、結局は「言われた通りに生きる大人」になっていった。
「僕は違う!」と言いたい所だけど、気がつくと「次の任務」を探している自分がいる。
漫画の連載中は「次の任務」が次から次へとやってくる。
「ネームは?」「予告カットは?」「単行本のコラムは?」「カラーページの色調整は?」とか言っているうちにアシスタントに仕事を配分して、税理士に経費の相談とかもしないといけない。
本来、好きなことを気ままにやって生きたい人間だからこそ「フリーの仕事」をしているはずなのに、自由な時間がほとんどない。
そして気がつくと「さあ次は何をすればいいのだ俺は!」とか言っている。
こんな状況で仕事相手に迷惑がかかるようになると、もうこれはマネージャーを雇うしかなくなる。
「次はこれをして下さい」と言ってくれないとどうにもならないのだ。
そしてある時連載が終わる。
戦争が終わるのだ。
そうなると今度は「私は何をすればいいのだ?」となる。
自由業が聞いて呆れる。
でもこれは僕だけではなく、世界中多くの人が体験している事だと思う。
【バランス】
昔の自分なら、こういう「誰かの指示を待っている人生」を簡単に批判したと思う。
「人間はロボットではない」とかいう、定番の批判だ。
でも今はこの問題は「バランスの問題」だと思っている。
「自分が機械として任務をこなす時間」と「自分が自分の意思で生きる時間」の2つの時間を生きればいい。
あとはその2つのバランスだけだ。
「自分ですべてを決める生き方」もいいけど、その場合「収入」の面で問題を抱えるとか、人間関係で孤立してしまうケースも起こる。
逆に「命令に従うだけの時間」が全てになってしまうと、今度は時代の変化に対応できなくなる。
社会が変わったら何をしたらいいのかわからなくなるのだ。
軍人タイプの人生には「このリスク」がセットになっているわけだ。
【任務の中の幸せ】
もう1つ思うのが「命令されてやる仕事」の中にも「楽しさ」はあったという事だ。
例えば「枯葉を集めて燃やしておいてね」みたいな任務があるとする。
そんな時、一緒にやる人が気の合う人だったら最高だ。
バカ話をしたり歌ったりしながら、頼まれたことをやればいいだけだ。
昔から「仕事」には「自由を奪われた辛い労働」もあるけど「そこそこ楽しくやれる任務」みたいなものもあったのだと思う。
新自由主義、イノベーション至上主義、クリエイティブ至上主義を語る時には、このあたりの話を抜きにしては進めないとも思うのだ。
【トランプ支持者の雰囲気】
今回のアメリカの大統領選を観ていて思うのが、トランプを支持している人達に共通する「独特の雰囲気」だ。
あの人達はずっと昔からいる「懐かしい感じ」がする。
日本にもああいう人達はいるし、僕の古い友人にもああいう人達がいる。
どういう人達かと言えば「友達になるとすごくいいヤツになる感じ」だ。
「いつ会っても同じ話をする連中」で「学生時代はそれなりに楽しんでいたヤツら」だろう。
そして彼らは共通して「昔ながらの仕事」をしている。
さっきの例で言えば「枯葉を集めて燃やす」みたいな仕事を仲間とワイワイやりながら、仕事終わりにいつものバーでビールを飲みながらスポーツ観戦する、みたいな生き方をしている人達だ。
「任務」と「自分」のバランスを取りながら、それなりにご機嫌に生きてきた人達だと思う。
問題はグローバリズムによって世界中が変わった事だろう。
「枯葉集めの仕事」は環境問題とやらで禁止されそうだし、外国がその仕事を持っていってしまったので、もはや仕事がない。
そんな時に現れた「トランプ」という金持ちが「枯葉は集める!」「環境問題なんか嘘!」「仕事は外国にはあげない!」と、言ったわけだ。
「彼はヒーローだ!」・・・みたいな感じなのかとも思う。
もちろん僕は(現実の)環境問題がいかに深刻なのかを、ずっと取材してきたし、自国第1主義の犠牲になってきた多くの国の現状も笑えないし、そもそも彼の「分断助長作戦」にも乗れないのでトランプ政権を応援する気にはなれない。
でも「ある時代」に存在した「枯葉集めの幸せな時間」は否定できない。
【バイデンの古さ】
それと同時に「バイデンの古さ」も感じた選挙だった。
そのあたりはディスカバリーレイジチャンネルで詳しく語ろうと思います。
【ヴァイオレットの救済】
放送でも話していたけど、この国の若者の多くが「ヴァイオレット」と同じような心を抱えているのだと思う。
僕の知る限り「人としていい先生」は沢山いるし、今でも生徒と「信頼関係」を維持している学校もあるだろう。
でも、この戦中から続く「兵士養成型」の教育システムは、何十年も前に老朽化していて、子どもたちの心を壊していく。
システムが悪いのだ。
それを理解している大人に出会えたらいいけれど、そうではない人達も多い。
そんな人達を救ってきたのが「アニメ」で、その中に「京都アニメーションスタジオ」がある。
あの酷いテロが起きたのは「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」を制作していたスタジオだった。
すぐに多くの人達が「京アニ」を支援する動きになったけれど、
関係者は計り知れない傷を負ったと思う。
そして「京アニ」は再び「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」を作リ始めた。
派手な大統領選の影で、静かで丁寧な「救済」は続く。
そんな「クリエーター仲間」を僕は誇りに思うし、陰ながら応援している。
公式サイト:漫画家 山田玲司 公式サイト
Twitter:@yamadareiji
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ファンサロン:GOLD PANTHERS
Facebookページ:@YamadaReijiOfficial
平野建太
発 行:合同会社Tetragon
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