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山田玲司のヤングサンデー 第200号 2018/8/20

「いらない国」が生む「いらない文化」

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テレビを着けたら「スクールオブロック」のドラマ版がやっていた。


ジャック・ブラック演じる「ロックバカ」が、バンドをクビになり、間違いで「名門小学校の教師」になって小学生にロックの授業をする、という僕の大好きな映画「スクールオブロック」をシチュエーションコメディにしたものだ。


ジャック・ブラックのやっていた、ロックバカの主人公「フィン」は、少しばかりイケメンの俳優がやっている。


悪くないけど、やっぱり「イケメン」にはこの役は向かない。


ジャック・ブラックの魅力は「イケメン要素」より「いけてない要素」(背が低い、小太り、暑苦しいなど)の方がはるかに上回っているのに「堂々としている」部分なのだ。


世間で言われる「マイナス要素」を堂々とさらけ出してカッコつけると、つまらないイケメンなんかよりはるかに「かっこ良く」見えるのだ。


色々考えながら観ていたら、フィンがこんなセリフを言った。


「子供は大人に頼っていいんだ!」


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なんだか、その瞬間に胸の奥を突かれた気がして参った。

そもそも「そういうテーマの映画」だったんで、当たり前なんだけど、やっぱりやられる。

子供が大人に頼れない世界に生きているからだと思う。

子供は大人に指示と説教ばかりされて生きている。



僕が「ピクサー、ディズニー」のコンテンツを観ていて悔しくなる時は、作り手の精神に「大人」を感じる時だ。


もちろん海外の大手のコンテンツも玉石混交で、ひどい作品も多いのだけれど、時々「長い試行錯誤と眠れない夜と愛と喪失、その克服」なんかをしっかりと経験してきた「大人」が作っている作品がある。


凝りまくったCGのハッタリの効いた画面の奥に「まともな大人」がいる。

「インサイドヘッド」や「リメンバーミー」や「ニモ」や「トイストーリー」なんかもそうだし、リンクレーターの1連の作品もそうだ。



何度も思い出すのは、数年前の「マッドマックス 怒りのデス・ロード」が色んな賞を総ナメにした時の事。


彼らは「これは本当に起こりうる未来の話です」と言ったのだ。


受賞が嬉しいとか、みんなありがとう、とかで終わらず「子どもたちにまともな世界を残そう!」と本気で言ったのだ。


こんなもの日本で言おうものなら「出たよ意識高い系」と、ニヒリスト達にネタにされて終わるだろう。


「信用できない大人」が親や教師や政治家なんかに多すぎて、この国では「大人な行動」を始めから拒否する空気が支配している。



1部のアニメや漫画には「正しい大人」が出てきたりもするのだけれど、今の作品の多くは「大人」を拒否し「閉じた心」が生んでいるものが多い。




この状況にずっとうんざりしてきたのだけれど、最近は更に悲しい情報が入ってくる。


国際会議に出ている環境チームの人たちの話を聞くと、世界の主要国はとっくに「環境保護のための具体的なイノベーション」にシフトしていて、「化石燃料、原発の是非」「地球温暖化懐疑論」なんかの議論はとっくに終わっていると言う。


その中で日本はとっくの昔に相手にされなくなっているらしい。


おそらくは「アメリカの犬」か「いらない国」にされているのだと思う。


そんな国で生まれる文化ってのに意味があるのだろうか?


そんな事をずっと考えている。



とはいえ。

「まともな大人が消え、考える事を放棄した大人の支配する世界」みたいな状況は、今後の世界中に蔓延していくのではないだろうか、とも思う。