ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。第8回では、『ナイン』『みゆき』のヒットで時代の寵児となりゆく時代のあだち充を論じます。少女漫画誌で培った「力を抜いた」作風が、80年代目前の時代の空気と同調し、売れっ子作家になりつつあったあだち。その頃、少年サンデーでは、もうひとりの天才漫画家がデビューしていました。
『ナイン』を担当することになった編集者たちが繋いだもの
佐藤から藤本にバトンタッチされた一回読切の野球漫画だった『ナイン』は、少年サンデー増刊1978年10月号に掲載された。しかし、せっかくの復帰となった作品だったにも関わらず、肩肘の力が抜けていない作品となってしまった。佐藤が期待していた日常的であり、等身大の恋愛を描くという野球漫画にはならなかった。このことについてあだちは「少女誌でやっていたような気分では描けずに、少年誌にいた頃のような絵柄に戻ってしまった」「少年誌はこうあるべきという叩き込まれていたものが漫画に出てしまった」と回想している。
ここでも運命のいたずらが起こる。校了紙を読んだ編集長の反応はまずまずで、読者アンケートの結果は真ん中程度のものだった。その結果を見た編集長は、「あと一回な」と藤本に告げる。にもかかわらず、掲載号にはすでに次号予告に『ナイン』が載っているという事態が起きていた。なにが起きていたのかは佐藤が証言している。
「ミスです(笑)。ただ、表紙の校了のほうが、次号予告の入稿より先でした。だから、編集長が表紙の入稿から校了の間に、原稿を読んで気が変わったんです。『これなら続けてもいいな』って。思えば不思議と編集長に、何度も『ちゃんと野球やらせてるよな』って言われてました」
正直、やっちまったという気持ちがあったあだちに、二回目の掲載の話が藤本から告げられる。同時に「あと一回しかないかもしれない」という雰囲気を悟ったのか、あだちはこう証言している。
「最初、2話目を描くつもりは全然なかったんです。だから2話目の話があった時、ここからはオマケだから好きにやろうと思いました。1話目から出てくるのちにエースになる倉橋永二なんて、まったくの別のキャラになりました。
1話目は、かなり気負ってた雰囲気が絵に現れてますね。2話目にあれだけ力を抜いて描けたのは、我ながらさすがだと思う。あの開き直りがあだち充です。」
担当だった藤本も、第一話と第二話はキャラクターもタイトルも同じなのに全く違う、ある意味では別に作品になったと語っている。あだち節とも言える、肩の力を抜いて本領を発揮した第二話では、なんとアンケートの一位になる。ここであだち充の不遇の時代は終わったと言っていい。
「そして第2話が掲載されると、ウケたんですよ。あんな適当なものが。自分でもビックリしちゃった。
第2話のネームは『少コミ』でやっていたやり方です。少年誌をまったく意識していなかった。その時代、少年誌でこんなことを描いている漫画家はいなかったから、新鮮に映ったんじゃないかな。実際のところは僕にはわからないけど、異常なウケ方をしてしまったんで、そこからは調子に乗りました。
少年誌の読者も少女誌を読んでたから、読者はもう育っていたんだろうね。でもまだ少年誌が、そういう読者に必要な漫画を用意できてなかった。
そこからはもう、連載終了まで好き勝手にやらせてもらいました。
「ナイン」が、それまで漫画を描いてきた中で、いちばん楽しかった。読者の反応や手応えがダイレクトに伝わってきたから。少年誌読者も、ちゃんとこういう漫画を読んでくれるんだという事実が衝撃でした。上のオジさんたちは、当時の若者たちが何を求めていたのか、その変化について、まだ気づいていなかった。そんな「しめ、しめ」のタイミングだったことに感謝です。
今描いてるような、物事を省略した不親切な描き方をしても、読者のほうが行間の読み方をちゃんとマスターしていました。昔は編集者から散々、「ちゃんと説明しなきゃダメだ」と言われていたけど、それをやるといろんなことが面白くないと思ってたから。
今回は読者を信用して、きっとわかってくれるはずと開き直って描いたら、伝わった。僕自身は全然変わらなかったのに、時代が変わってたんです。」
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