マル激!メールマガジン 2024年8月7日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1217回)
ハリス対トランプはアメリカに何を問うているのか
ゲスト:西山隆行氏(成蹊大学法学部教授)
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 日本にも世界にも多大な影響を与えるアメリカ大統領選挙の行方が混沌としてきた。
 一時は「もしトラ」から「ほぼトラ」、そして暗殺未遂事件の後、一時は「確トラ」とまで言われていたトランプ前大統領の勢いが、バイデン大統領の不出馬宣言で新たな民主党の筆頭候補に躍り出たカマラ・ハリス副大統領の登場で、ほぼ振り出しに戻ってしまったようなのだ。
 共和党を完全に掌握したかに見えるトランプ対アメリカ初の女性大統領に挑戦するハリスの選挙戦は、いろいろな意味で今後のアメリカの、そして世界の針路の分岐点となる可能性がある。
 アメリカの大統領選挙は一般投票ではなく、州ごとに割り当てられた選挙人の過半数を取った候補が当選する仕組みになっている。そのため全米レベルの支持率は勝敗には直接関係がなく、結局のところ6つか7つのスイングステート(接戦州)を取った候補が勝利する。接戦州を除いた40余りの州は、投票する以前からほぼ民主、共和どちらの候補が勝つかが決まっているからだ。
 ここに来て、79歳の白人男性のトランプと59歳の黒人女性のハリスの一騎打ちとなったことは、今のアメリカの分断をそのまま反映する構図となった。ハリスはまだ副大統領候補を指名していないが、トランプ陣営が副大統領候補に同じく白人のJ・D・バンスを指名したことで、そのコントラストは更に際立っている。トランプ陣営のスローガン「MAGA(メイク・アメリカ・グレート・アゲイン)」が復古主義的な色彩を持つとしても、そこで取り戻したいアメリカが「誰にとってのどんなアメリカ」を意味しているかは、人それぞれ受け止め方は異なるからだ。
 少なくとも銃撃事件は、トランプにとって大きな追い風となった。成蹊大学法学部教授でアメリカの政治や文化が専門の西山隆行氏は、前々回2016年の大統領選でトランプを勝たせた福音派と呼ばれる宗教右派は、妊娠中絶の禁止などを容認した最高裁判決が2022年に下されたことで、トランプを支援すべき理由を失っていたが、この銃撃事件の後にトランプが神に感謝する発言を繰り返したことで、再び宗教右派の支持を得られる可能性が出てきたと言う。
 しかしバイデンが撤退し、ハリスが登場したことで、トランプ陣営は戦略の根本的な見直しを求められる事態となった。全国レベルの支持率ではまだトランプがハリスを上回っているが、接戦州7州(ウィスコンシン、ミシガン、ネバダ、アリゾナ、ジョージア、ペンシルベニア、ノースカロライナ)では、ブルームバーグなどの世論調査によると4州でハリスの支持率がトランプを上回っている。
 カマラ・ハリス副大統領はジャマイカ出身の父親とインド出身の母親の間に生まれ、幼いころから黒人向けのキリスト教の教会とヒンドゥー教の寺院に通い、両方のアイデンティティーがあるという。大統領に当選すれば、アメリカで初の女性大統領となる。
 今のところトランプ陣営はハリスの出自を攻撃したり、ハリスをカリフォルニア極左政治家呼ばわりするといったレッテル貼りに注力しているようだが、ハリスが必ずしもヒラリー・クリントンやバイデンのような民主党エリートではなく、人種的にも少数派の黒人であることから、トランプがもっとも得意とするエリートを揶揄しこき下ろす口撃が使いにくい。
 しかし、ハリスにも死角がないわけではない。カリフォルニア大学の法科大学院を卒業後、2018年に上院議員になるまで一貫して司法、とりわけ検察畑を歩んできたハリスは、警察の暴力に抵抗するアメリカの黒人を中心とする運動のブラック・ライブズ・マター(BLM)などからは未だ警戒される存在であることも間違いない。
 また、不法移民問題もハリスのアキレス腱となり得る。ハリスはバイデン政権で不法移民問題を担当してきたが、必ずしも目立った成果を上げられずにいる。バイデン政権になって以降、メキシコ国境を越えてくる不法移民の数は確かに激増している。国境に壁を建設し、不法移民は無条件で送り返すとしているトランプに対し、人道的観点から難民としての受け入れを許容するハリスの移民政策が、どの程度アメリカの有権者、とりわけ接戦州の有権者から評価されるかは、依然として未知数だ。
 しかし、もう一方のトランプも、4つの刑事事件で起訴されていることに加え、もしハリスと直接討論会に臨むようなことになった場合、トランプの十八番と言ってもいい黒人や女性を蔑視した差別発言が止まらなくなる可能性がある。3カ月後に大統領選挙を控え、まったく予断を許さない状況となっていることだけは間違いない。
 トランプが再選されれば日本も世界も多大な影響を受けることになる。トランプは指名受諾演説で、不法移民を入れないための国境線の強化とインフレ解消のための石油の増産を強調した。西山氏は、トランプが再選されたときに予想される政策のうち、EV普及策の撤回やパリ協定の離脱などは、たとえトランプが実行に移したとしてもカリフォルニア州などは州ごとに個別にEV化や気候変動対策を進めることが予想されるため意外と影響は小さいと語る。しかし、ウクライナ支援の停止などは特に影響が大きいと考えられる。
 相変わらずの暴論や刑事事件にもかかわらずなぜトランプはこうも支持されるのか、「ハリスではトランプに勝てない」は本当か、トランプ現象の深層とハリス大統領候補が持つ歴史的な意味などについて、成蹊大学法学部教授の西山隆行氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・共和党はトランプ党と化してしまったのか
・カマラ・ハリスの登場は大統領選の構図をどう変えるのか
・わずかな票を取り合うアメリカ大統領選
・民主主義のコンセンサスがないアメリカ大統領選挙はどうなってしまうのか
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■ 共和党はトランプ党と化してしまったのか
神保: トランプが正式な民主党の大統領候補となり、バイデンが撤退しカマラ・ハリスが民主党の有力候補になったという状況からアメリカのことを取り上げていなかったので、今日のテーマはアメリカ政治です。

宮台: 民主党大会のぎりぎりになってカマラ・ハリスが後継者の有力候補になったのは遅すぎたかというと、そうではなく、溜めを作って後継者を決めたことで、普段まとまらない民主党がまとまったとも言えます。

神保: 予備選挙や討論会を通じて世の中の関心を集め、その中の誰かが有力候補として出てくるというのが1つのパターンですし、そのメリットはあるのですが、そもそもカマラは副大統領なので知名度については問題なく、その意味ではメリットの方が大きかったのかもしれません。しかしこれまでには、色々なことがありました。まず、AR-15から発された弾丸がトランプの耳をかすめる暗殺未遂がありました。

宮台: 傷を負った英雄という神話的な価値を獲得した可能性もあります。

神保: 今日はアメリカで何が起きているのかということや、バイデンの撤退で一躍有力候補に躍り出たカマラ・ハリスという人物について話していきたいと思います。最初はハリスで勝てるのかという声が大きかったのですが、ここにきて支持率が拮抗しています。本日のゲストは成蹊大学法学部教授で、アメリカ政治がご専門の西山隆行さんです。西山さんは特に移民問題やアメリカ文化に詳しく、過去に2回トランプ政治について伺いました。

 この1カ月は、アメリカ専門のアカデミズムではどういうふうに位置づけてられているのでしょうか。共和党大会の直前にトランプが狙撃され弾が耳をかすめるという大事件がありました。その背景も非常にお粗末で、狙撃犯がいることが分かっていたのに死角になっていて撃てなかったとか、見に行ったけれど銃を向けられて慌てて屋根から落ちてしまったとか。しかしそれによってトランプの支持率は大きく上がりました。
RealClearPoliticsによると、トランプは7月頃から支持率がどんどん上がってきていて、バイデンは45%を割り込むところまで下がっていましたが、7月21日に民主党候補がハリスになってからは支持率が上がり続けています。大統領選はあまり全国の支持率には意味がない部分もあるのでこれだけで決まるわけではありませんが、今は両者が拮抗し始めています。