マル激!メールマガジン 2023年4月19日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1149回)
「防衛政策の大転換」で日本はハイブリッド戦争に太刀打ちできるか
ゲスト:松村五郎氏(元陸将・陸上自衛隊東北方面総監)
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 今回のマル激は、元自衛隊幹部でハイブリッド戦争に詳しい松村五郎元陸将をゲストに、これまでの日本の防衛政策と岸田政権が打ち出している「戦後の防衛政策の大転換」などについて議論した。
 岸田政権は昨年末、日本の防衛政策の大方針を定めた3つの安保関連文書を改定し、「戦後の防衛政策の大転換」に着手した。その一環として、まずは防衛費が大幅に増額されることになった。しかし、敵基地攻撃能力だのトマホークだのといった断片的な話は出てくるが、具体的に何のためにどのような防衛力を強化しようとしているのかなどのビッグピクチャーは依然として不透明なままだ。今回の大転換で本当に日本の安全保障は向上するのか。そもそも日本の防衛政策はもう少し基本的な部分で矛盾を解消する必要があるのではないか。
 第3次イラク復興支援群長として海外派遣の経験を持つ元陸上自衛隊陸将の松村氏は、自衛隊員の法的な地位が不安定であることが、現場で実際に軍事力を行使するかもしれない場面で重大な矛盾を生んでいると指摘する。例えば、憲法9条で軍の保持を放棄した日本は、自衛隊を軍隊とは捉えていないため、軍法というものが存在しない。そのため自衛隊員が派遣先で人を殺傷した場合、民間人として裁かれることになる。軍隊を持つ国には必ず存在するはずのROE(Rules of Engagement=交戦規定)もない。
 ハイブリッド戦争が専門の松村氏は、ウクライナ戦争が現在のような全面的軍事衝突になってしまった背景に、ロシアが昨年2月24日以前に仕掛けていたハイブリッド戦争の敗北があったと指摘する。ハイブリッド戦争とは正規戦、非正規戦、サイバー戦、情報戦などを組み合わせた戦争戦略で、1999年に中国の軍人の喬良と王湘穂が発表した「超限戦」で政治や経済から宗教、世論、文化まで社会を構成する全ての要素を兵器化することで、最終的に戦争の目的である相手国の行動を支配するという考えに端を発する。
 松村氏はロシアが昨年の軍事侵攻のはるか以前から、工作員による相手政府への浸透や世論工作、サイバー工作など幅広いハイブリッド戦争を仕掛けていたことを指摘した上で、昨年の2月24日にあえて大規模な軍事侵攻をすることで、ウクライナ軍と国民の戦意を挫き、3日で戦争に決着をつけられると考えていた可能性があると語る。
 しかし、ウクライナはハイブリッド戦の研究が進んでいるアメリカやイギリスの支援を受け、十分なハイブリッド戦対策を取っていた。そのためロシアのハイブリッド戦略は不発に終わり、2月24日に圧倒的な軍事力を見せることで3日で戦争を決着させるというロシアの当初の目論みは完全に失敗に終わったと松村氏は指摘する。つまり、ハイブリッド戦争に負けたロシアが、真正面から軍事力に訴える古典的な戦争に訴えるしかなくなってしまった結果が現在の軍事衝突だというのだ。
 本来であれば、このような正面からの軍事衝突を避けるためにハイブリッド戦略があるはずだが、相手側にもハイブリッド戦へのカウンター戦略があった場合、ハイブリッド戦が全面的な軍事衝突につながってしまう場合があることが証明された形だ。
 では日本はハイブリッド戦への備えはできているのだろうか。また、今回の戦後の防衛政策の大転換でハイブリッド戦への対応は進むのか。松村氏は台湾有事などを例に挙げ、実際に危機が起きてから議論するのでは遅いと語る。台湾有事への日本の対応をめぐり日本国内の世論が分断されれば、相手国のハイブリッド戦の格好の標的となる。今や世界は軍事と非軍事の多様な手段を用いて相手国の行動を巧みにコントロールする「ハイブリッド戦争」全盛の時代だ。日本もそれに対応した戦略が必要だ。
 米軍の大佐クラス以上の幹部が通う陸軍戦略大学に1年間留学した経験を持つ松村氏は、指導教官から「あなた方はこれまではいかに戦うかを考えてきたが、これからはいかに戦わずにすませるかを考えなさい」と言われ、目から鱗が落ちる思いを持ったという。
 世界が単なる軍事力の優位性をめぐる争いから、非軍事的なものも含め社会のあらゆる要素が兵器化されるハイブリッド戦争の時代に、日本の防衛力は対応できているか。自衛隊員の法的な地位さえ不安定なまま防衛費だけ倍増して、本当に日本の安全保障は向上するのか。陸上自衛隊OBの松村氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・行政組織として作られた自衛隊は致命的な矛盾を孕んでいる
・心理的恐怖を与えるためのハイブリッド戦
・日本にとってのウクライナ戦争の教訓とは
・台湾への武力侵攻があった場合に国論が分裂する可能性がある現状
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■ 行政組織として作られた自衛隊は致命的な矛盾を孕んでいる
神保: 今日は2023年4月14日の金曜日、1149回目のマル激です。今日は主に日本の防衛政策について論じていきたいと思います。ゲストは元陸将・陸上自衛隊東北方面総監の松村五郎さんです。

 番組制作にあたり松村さんの著書『新しい軍隊―「多様化戦」が軍隊を変える、その時自衛隊は…』と共著『ウクライナ戦争の教訓と日本の安全保障』を参考にさせていただきました。「多様化戦」とはハイブリッド戦のことでしょうか。

松村: ハイブリッド戦とは国家がやるものですが、ISのような非国家が起こす安全保障問題まで含めると多様化戦となります。

神保: 「ハイブリッド戦」は今日のキーワードの一つになると思うのでしっかりお伺いしたいと思います。松村さんは東大工学部原子力工学科の出身ですが、自衛隊に入る前から日本の防衛政策がどうなっているかなどについて考えられていましたか。

松村: 55年体制の下で右と左の神学論争が続いていく中、アメリカとの関係や憲法9条との関係といったことだけが議論されていて、軍事的に日本をどう守るべきかという安全保障に関する議論がすぽっと抜けている感じがしていました。そこを埋めようとした時に自分で勉強をしても何も取っ掛かりがなかったので、実際に自衛隊に入り、自分で吸収し作り上げていくことが必要なのではないかと考えました。