些々暮 のコメント


先日、都内某所のナイトプールへ馳せ参じた。
コロナウイルスの影響か、想像していたよりも人は疎らで、私の他には数組の男女がダウナー系の音楽に身を任せており、ははあ、これが噂の…と深い青色の照明が灯されたエリアを遠くの方からぼうと眺めた。
私の目的はプールであって、出会いを求めに来たわけではないので勿論夜の街に消えることもないし、ピザの配達員にお世話になる気もさらさらない。
早速、軽やかな足取りでナタデココのプールへと向かった私は中を覗き込みギョッとした。
そこにナタデココの姿はなく、代わりにびっしりとタピオカが浮かんでいた。
確かにナタデココのプールがあると聞いていたのに何事かと近くの立て看板をよく見ると

「只今、ナタデココは品切れ中の為、今夜は特別にタピオカを御用意致しました」

と大きな赤い文字で書かれていた。

何ということだと私は落胆したが、後から来た女子大生らしき四人組がタピオカプールの中へこぞって飛び込んで行き大変楽しそうにしていたのでえもいわれぬ気持ちになった。これがジェネレーションギャップか。
もはや女子大生たちはプールに入っているのかタピオカを食べているのか、目視だけでは分からなくなるほど全身にタピオカを浴び、忙しなく口を動かしていた。
プールの水はやはりミルクティーなのだろうか、少し茶けていた気がする。
確認する気などなかったのだが、ふと飛んできた水飛沫が偶然口内へと侵入し、その味は確かにミルクティーだった。

此処へやってきて一時間ほど経つと笛の音と共に全員がプールから上がるよう命じられ、屈強な男性数人がそれぞれのプールへ飛び込み、中に人がいないかを泳いで回っていた。
タピオカのプールは水深が深いようで180センチは優に超えているであろう男性でも胸のあたりまで浸かっていた。
だから女子たちは皆、大きな浮き輪を持参していたのかとその時初めて気が付いた。
ナイトプールで専らよく見られる浮き輪は映えだの何だのの為だけかと思っていたが、彼女たちの命を危険から守るための浮き輪そのものの役割も担っていたのかと唸った。
これからインスタ映え〜!などの情報を目にした際はまた違う視点から写真を見てみようと新しい観点が生まれた。

時折、遠くからダウナー系の音楽が心地よいリズムで聴こえてきて、頭がぼんやりしかけたが首を横に振り誘惑に打ち勝とうと二、三度試した。
しかし気が付けば青いライトの下でトロピカルなジュースを手に持ち、ソファの上で寝そべりながらふと我に帰った。
此処へは近寄らない、と固い気持ちを抱いていた私は何処へ消えてしまったのだろう。
深い青色は心の中へ染み込み、何もかもの不安を打ち消してくれるような気がした。
そのまま身を委ねるのも一興か、と脳味噌を空っぽにしていたところ、視界にフラミンゴがチラつき、先程の女子大生たちがやってきて、それを見た若い男性三人組がすかさず彼女たちへ近寄って行くのが見えた。

「何処から来たの?」
「東京」
「俺たちも東京」

またもや噂に聞いた通りの展開が目の前で繰り広げられており、何でもないような顔をして耳を欹てた。
アンニュイな表情をした男女は、次第に腰に手など回し始めたりして大変破廉恥だった。
目のやり場に困ったがそれでも真顔を保ち、その辺にあった盛り塩をペロリと舐めた。
盛り塩だけでは飽き足らず、監視員の男性にタピオカをつまみたいと声をかけると数分で沢山のタピオカが詰め込まれた容器を渡され、塩、タピオカ、塩を交互に口の中へと運び込んだ。もうタピオカにミルクティーという水分は必要ない。
タピオカそのものを口の中で懸命に咀嚼した。

そろそろ朝日の昇る時間だ。
男女たちは丑満時に散り散りバラバラになり夜の街へ消えたのだろう。
この時間からでは、ピザは朝食になるのかもしれない。
私は眩しいばかりの太陽に目を細めながら、水着の上にラッシュガードを羽織り足に日焼け止めを塗りつつ、やっと夜が明けたのかと胸を撫で下ろした。

No.28 53ヶ月前

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