遠い夜明け
現役ヤクザたちは叫ぶ、「俺たちに未来はあるのか?」
ヤクザ社会を取り巻く環境も、さらに悪化していくと予測される。そうした暗い現実を目の前に現役ヤクザたちは何を考え、また何を支えに生きていくのだろうか。
ヤクザの未来について考えたとき、最終結論は決まっている。ヤクザ組織の非合法化……社会に拡散する暴力団排除の流れは、もはや止められないはずだ。
ある刑事はオフレコで本音を吐露する。
「福岡県のように企業に対する襲撃事件が頻発するなんてことは、東京では絶対にありえない。いまさら暴排条例を制定しなくても、十分、都内の暴力団は自重している。慣れないと言ったら語弊があるが、それが長年培ってきた東京のルールだ。それを破るような団体が現れるとしたら、それは山口組だけだ。
でも、その山口組だって馬鹿じゃない。ヤツらも東京で派手な動きをすることは控えるだろう。暴排条例が出来ても、本音でいえばそれを使って取り締まろうとは考えてない。厳しい条例を制定するが、厳しく適用するわけじゃない」
実際、暴排条例は各地で無力化している。
たとえば、多くの都道府県には、暴力団員が複数で歩くことを禁じ、それのみで条例違反として取り締まれるようになっている。しかし、実際、こうした条例違反によって逮捕された例を我々はしらない。もしかすると逮捕者はまったく0かもしれないし、統計上、そうなっている都道府県もある。
それは条例が憲法に抵触する可能性があるからだ。
とある新聞記者がいう。
「市民に対するアピールとして、どの自治体も厳しい条例案を出している。しかし、厳密にいえばおかしい部分はたくさんあって、実際に公判が維持できるか、専門家すらわからない。そのため、とりあえず条例は作ったが、それを使うのを避けるようになる。こうなるとせっかくの暴排条例も事実上、無力化する」
たとえば、暴力団に対する利益供与にしても不明な点が多い。
すべての取引を禁止するというなら、携帯電話はどうなのか?
「弁護士会がまとめた草案などには、携帯電話会社が暴力団に利益供与をしているという意見が実際に出た。警察も自治体もそれははっきり認識している。が、いまや携帯は魔法のツールだ。携帯電話が出す電波だけで、当人の居場所がわかる。
他人名義の携帯を持てないよう、警察はそうした事案を徹底的に事件化し、多くの暴力団を有罪にした。規約違反――厳密にいえば、一瞬だけ他人の携帯を使うだけで、有罪にできるわけだ。そこまで徹底したのは、暴力団個人に発信器を仕掛けるためだ。携帯を追うことで、警察は暴力団の動きを捕捉できるわけだ」
しかし、暴排条例によって暴力団と携帯会社の契約を違法とすれば、苦労してヤクザに取り付けた発信器が失われる。もちろん建前上携帯は持てなくなっても、今度は内密に他人の名義で契約し、それを極秘運用するようになるだろう。
いままではそれぞれのヤクザが使っている携帯電話の番号が分かっていたから盗聴だってできた。どの番号か分からなくなってしまえば、もうお手上げになってしまうだろう。たとえばイタリアでは、マフィア捜査の盗聴の費用が莫大なものとなり、運用コストが財政を圧迫するほどになっている。誰がどの番号を使っているか分からなくなってしまうと、少なく見積もって、いまの数百倍のコストを覚悟しなければならない。
こうした現実的な理由から、携帯電話会社が暴力団に利益供与している事実は、あえて見逃されている。五年後、十年後、その状況が変わったとき、ヤクザは本格的に地下潜行をするだろう。
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長い目でみれば、その他、多くの分野に利益供与という武器を使うことができる。たとえば事務所の水道代や電気代……これだって大幅に条例を拡大解釈していけば、利益供与に分類し、それをストップすることができるはずだ。
「警察庁は将来を見据え、そうした事態になった際の法的なシミュレーションを繰り返している。憲法にある生存権にひっかかるか、憲法違反だとヤクザが主張し、裁判闘争になったとき、どうやって自分たちのロジックを正当化するか、専門家を集めて対策を練っているらしい」(警察庁にパイプを持つマスコミ関係者)
ヤクザは携帯電話すら持てず、あげくに水道、電気、ガスが止められる。こうなればたとえ偽装であっても、組織を解散するしか道はない。
ここまで暴排運動が進むのには相応の時間がかかるだろうが、存外、早い時期に実施される可能性もある。五年後、十年後、そうした状況が生まれても、まったくおかしくないのだ。
ただ、いまのところ、警察にとってもそうした締め付けが逆効果と分かっているため、一気に暴力団排除運動が進む可能性は低い。警察だって本音を言えば、「ヤクザを行かさず殺さず」掌の上で完全制御したいはずだ。暴力団が壊滅して一番困るのは、暴力団を取り締まっている警察である。なにしろ仕事がなくなり、自分たちの存在意義が消滅するのだ。いまのように暴力団排除を理由に予算や人員を獲得するわけにはいかない。警察職員の天下り先である暴追センターも閉鎖しなくてはならない。
そのため、近未来のヤクザ取り締まりは、あえて暴力団にとどめをさそうとはせず、細かい部分から詰めてくるだろう。それを象徴する事件が、山口組入江禎総本部長が逮捕された賞揚禁止というツールだ。
「いったん保釈されたとはいえ、有罪が下ったのだから、これを先例としながら警察はどんどん同じような事件を摘発してくるだろう。実際のところ、金の受け渡しがいっそう不透明化するだけで、はたしてどれだけ応用が利くか分からないが、指定暴力団の幹部、そしてトップが、同じ罪状で逮捕されることは十分にあり得る」(地方紙記者・社会部)
ヤクザの側も、未来を見据えて対応を取り始めた。抗争事件をみると、その現実がよく分かる。
「昔はジギリを懸けるといえば、若い人間の役目と決まっていた。なるべく早い時期に長期刑を務め、若いうちに娑婆に戻れば、実績もつくし、社会にも適応できた。だがそれはもう過去の話だ。抗争事件になって逮捕されれば、無期懲役になる。これでは有能な人材に体を懸けてこい、とは言えない」(指定団体幹部)
実際、今後、ヒットマンとなる人間は、ある一定以上の年齢に限られるかもしれない。
「これまでいい思いをさせてもらったんだから、俺たちがジギリをかけよう、という年寄り連中もいる。当然、捕まったときは獄死というわけで、再び娑婆に出てこようなんて考えていない。だったら死刑になってもいい、と覚悟を決め、何人でも殺してやろうと腹を括る人間が出てくるかもしれない。ヤクザの自爆テロだって、今後は絶対にないとはいえない」(同)
当然、そうなればターゲットとなる人間にもタブーはない。警察や裁判官を殺害しようと考えても不思議ではない。
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ヤクザの将来について質問したとき、悲観的な見解を示す組員は多い。今回、ヤクザの未来予想図を特集するにあたり、あちこちで意見を聞いたが、ほぼ八割が「絶望的」と意見を漏らす。
「明るい材料などない。どこを探しても見当たらない。怖いのは、居間までとは違い、静かに暴力団排除が行われていることだ。世間がヒステリックに騒いでくれてるときのほうがまだマシだ。知らず知らずのうちに、死刑判決が降りる。そうなっったら抵抗も出来ず、黙って13階段を歩くしかない」(独立団体トップ)
悲観的見解は、組織のトップでも、幹部でも、そして末端組員でも同じだ。誰もが一様に暗い展望を持っているのである。それでも、世代によって気構えやその対応は違う。今回はとあるトップ組長のオフレコインタビュー、幹部組長、若手組員から、自由な意見を聞いてみた。
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