前回お伝えしたように、1987年に僕は『 YOSHIKIが名曲をちゃんと生むことのできる、
選ばれた本当の天才だ』と気づきました。
選ばれた本当の天才だ』と気づきました。
しかし当時それに気づいていた人は、おそらく皆無に近かったでしょう。
ビジュアル系という言葉がまだ存在しなかった時代で、ロックといえばBOØWYが一番
新しい存在、という雰囲気だった頃、派手なメイクとウニのトゲのようなヘアー、轟音で
BPM200近くのスラッシュメタルビートを炸裂させながら演奏し、叫ぶバンドでしたから、
無理もありません。
新しい存在、という雰囲気だった頃、派手なメイクとウニのトゲのようなヘアー、轟音で
BPM200近くのスラッシュメタルビートを炸裂させながら演奏し、叫ぶバンドでしたから、
無理もありません。
そもそも当時のXには、音楽シーンの中で「派手なパフォーマンスばかりが目立つ音楽性
に欠けた歌謡ロックバンド」という酷い評価すらあったのです。
に欠けた歌謡ロックバンド」という酷い評価すらあったのです。
面白いもので、Xの最も重要な要素である音楽性の高さが、最初の頃は全く評価されてい
なかったのです。
なかったのです。
その「Xが周りから評価されない理由」と、
ちょうどその反対の「僕にはXの未来が観えていた理由」は、
実はまったく同じでした。
ちょうどその反対の「僕にはXの未来が観えていた理由」は、
実はまったく同じでした。
「オリジナリティ」です。
当時のXが音楽的に評価されなかったのは、
「誰にも似ていなかったから」です。
「誰にも似ていなかったから」です。
そして、僕がXの未来とYOSHIKIの才能を確信したのは、
「誰にも似ていなかったから」です。
「誰にも似ていなかったから」です。
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コメント
津田直士
(著者)
(著者)
>>1
すごく伝わりました。ありがとう!
それにしても、「あのジャケ写のVANISHING VISIONをレジに持って行くのに、どれだけの勇気が要ったか…」
それは確かに、大変ですよ!(笑)
これからもよろしくお願いしますね!
津田直士
(著者)
(著者)
>>2
ちゃんと受けとめて頂いて、すごく嬉しいです。
「ブロマガを読むと何か高校時代の試験勉強の時の教科書と参考書のような気さえします」
これはウケました!
今後も学んで、いや(笑)見守って下さい!
津田直士
(著者)
(著者)
>>3
嬉しい!
伝わって嬉しいです。そしてエピソードも嬉しいです。感動します。
これからも、よろしくお願いしますね!
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(ID:21859409)
そういう名曲好きで、音楽的な要素も理解されてる津田さんという存在が、XやYoshikiさんの音楽性や才能を認めて、共に戦い、一緒に昇ってくれてたことがとても嬉しいです。
先入観?が無かったというか、私はアルバムBLUE BLOODの音から入ったので、見た目のギャップを理解するまでに多少の格闘を要しました。。この素晴らしい音楽が、この人達によって生み出されているのか!☜写真を見ながら!(◎_◎;)
その後、参考書を買う替わりに、地方の一女子学生が、あのジャケ写のVANISHING VISIONをレジに持って行くのに、どれだけの勇気が要ったか、想像できますか?(笑)
もしかしたら、そのギャップの刺激が却って病みつきになる要因だったのかもしれませんね。
そしてずっと周囲や大人達には理解されないままでしたが、インタビュー記事を読んで、生き様に惚れ込みました。そこからは立派なX中毒です!