11月16日、野田佳彦首相が衆議院を解散したことを受け、12月の総選挙に向けて各党が次々に公約を公開しました。国民最大の関心事の一つだったエネルギー政策に関しては、少なくとも「脱原発依存」を掲げる政党がほとんどです。しかし、政治家が描く青写真どおりに脱原発が進むのかと、半信半疑の人もいるのではないでしょうか。そこで今回は、この10月、日本の議員団に随行してドイツの脱原発事情を取材した弊社の小嶋裕一(@mutevox)に、現地の取り組みについて語ってもらいました。合意形成、法整備、代替エネルギーの普及……。ドイツの軌跡をたどり、実現可能な脱原発のプロセスを探ります。
◆日本の脱原発は本当に可能なのか?――ドイツ10年の歩みに学ぶエネルギー政策
津田:次の衆院選はエネルギー政策が争点になる――3.11の福島第一原発事故以来、メディアは折にふれてそう報道してきたし、僕たち国民の間にも暗黙の了解があったような気がします。しかし、いざ総選挙が決まって蓋を開けてみると、各党のエネルギー政策が千差万別になり、毎夜その話題でメディアが持ちきりになるといった状況は生まれていません。表現やいつまでに実現するのかという期間こそ違うものの、自民党と日本維新の会、国民新党以外は「脱原発」――少なくとも「脱原発依存」という点では一致しているという状況です。[*1] つまり、「脱原発」することそのものは争点ですらなく、日本の既定路線になりつつあるとも言えます。これからは原発の是非ではなく、いかに原発をゼロにするかを問うていかなければなりません。小嶋記者は10月にドイツへ行って、現地の脱原発や再生可能エネルギー推進への取り組みを目の当たりにしてきました。そのドイツ視察を振り返りながら、日本が抱えることになる課題を浮き彫りにできればと思うのですが、まずはどういう経緯でドイツへ行ったのか説明してもらえますか?
小嶋:つい先日「日本未来の党」への合流を発表した [*2] ばかりの小沢一郎前衆議院議員や森ゆう子参議院議員らが、10月に当時の「国民の生活が第一」の議員団を率いてドイツを訪問しました。[*3]「国民の生活は第一」はかねてより脱原発を政策の一丁目一番地としていたので、[*4] 脱原発先進国であるドイツの取り組みを視察しようとしたんですね。僕は記者として視察団に同行し、3日間に渡って現地からレポートをニコ生で中継しました。[*5]
津田:日本で「脱原発のモデル国」と言えば代名詞のようにドイツの名前が挙がりますが、実際、ヨーロッパではイタリア [*6] やスイス [*7]、デンマーク、[*8] オーストリア [*9] など、ほかにも数多くの脱原発先進国があります。その中でもドイツの脱原発はどのような違いがあるのでしょうか。
小嶋:1986年のチェルノブイリ原発事故をきっかけに、欧州諸国では脱原発の機運が高まっていきました。各国がそれぞれに議論を続ける中、ドイツが政策として脱原発と再生可能エネルギーの推進へ舵を切ったのは2000年代初頭のことです。たった10年前までドイツは日本と同じく化石燃料と原発に頼ったエネルギー構成だったんですよ。しかしその後、2000年時点で6.4%だった再生可能エネルギーの割合は、2011年に20%を超えました。さらに今後、2020年までに35%以上、2050年前に80%以上という目標値を掲げています。[*10] 国家の経済規模や技術水準、電力産業の構造などを考えれば、今の日本の状況は10年前のドイツに近い。ドイツの歩みには、見習い、応用すべき点が多いということでしょうね。
津田:なるほど。ドイツがこの10年間にどんな課題を抱えてきたか、どうやってそれを乗り越えてきたかが大いに参考になる、と。では、ドイツがどのように脱原発を進めてきたか、経緯を簡単に説明してもらっていいですか?
小嶋:はい。先ほども言ったように、ドイツが国の方針として脱原発を決定したのは2000年に入ってからです。まず、1998年に発足したシュレーダー政権(社会民主党:SPDと緑の党の連立政権)が脱原発の方向性を明確化。政府は電力業界と交渉を続け、2000年6月に原発全廃で基本合意します。その合意に基づき、2002年4月には「原発と再処理施設の新設禁止」「既存原発17基の運転年数を平均32年に制限(2022年頃までに全原発停止)」などを盛り込んだ原子力法を改正。[*11] その実現のため、並行して「再生可能エネルギー法」(2000年)を制定し、太陽光や風力などの再生可能エネルギーによる電力の固定価格買取制度を導入します。[*12]
津田:脱原発の伏線になったのは「社会民主党」と「緑の党」――左派政党の連立政権だったわけですね。
小嶋:その後、アンゲラ・メルケル率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)連合が総選挙で勝利し、2005年に政権交代が起きますが、2009年までの第一次メルケル政権は、シュレーダー政権の脱原発方針を踏襲します。しかし、2009年に発足した第二次メルケル政権は、社会民主党(SPD)と連立を解消し、原子力推進派の自由民主党(FDP)と連立。脱原発に不満を抱えていた産業界や電力業界の声に押され、シュレーダー政権の脱原発政策を一部見直すことになりました。[*13] 2010年12月に改正された原子力法では、国内17基の原発の運転期間を平均12年――1980年以前の原発は8年、1980年以降の原発は14年に延長すると決定。全原発の撤廃は2036年を想定することになりました。ただし、これはあくまでも再生可能エネルギーが普及するまでの橋渡しで、同年秋に発表されていた「エネルギー計画」――総電力に占める再生可能エネルギーの割合を2020年に35%、2030年に50%、2040年に65%、2050年に80%とする導入目標、送電網やスマートグリッドの整備などを実現するための措置だとしています。[*14] また、同時に、核燃料の消費に対して電力会社に課税する「核燃料税」なども制定されました。これは電力会社に対する、原発運転期間延長の代償だと考えていいでしょうね。
津田:しかし、その直後に福島第一原発事故が起きてしまう――。
小嶋:ええ。原子力法改正による原発稼働期間延長からわずか3カ月後、日本で福島第一原発事故が発生します。メルケル首相は3月14日に旧型の原発7基を停止し、稼働期間の延長を棚上げして3カ月以内に包括的対応を考える「原子力モラトリアム(猶予期間)」を発令します。[*15] その後、さまざまな議論を経て、6月にはふたたび原子力法を改正。[*16] 今回の法改正では、福島第一原発事故後に停止した原発7基と故障で停止中の1基について、再稼働を認めないことが明記されました。さらに、残りの原発9基についても停止時期を定め、段階的に脱原発を進めていくとしています。2015年に1基、2017年に1基、2019年に1基、2021年に3基、そして2022年に3基が停止して原発全廃が完了する、ということですね。
津田:2010年に一度はゆるみかけた脱原発へのスピードが、福島第一原発事故を機に前倒されることになった、と。ここまでドイツの脱原発の歴史を振り返ってきた中で、いくつかの重要なターニングポイントがあったと思うのですが、小嶋記者はどう考えていますか?
◇コンセンサスが脱原発の出発点
小嶋:そうですね、これは脱原発をするための大前提だと思うのですが、まずドイツでは経済界や消費者団体、政府も含めて、国全体で脱原発をするという合意形成がすでになされているんです。2000年に政府が電力業界を説得し、脱原発について合意している。ある意味では、ここがスタート地点になったとも考えられます。
津田:確かに、日本では電気事業連合会などが政府の原発ゼロ方針や、発送電分離に対して反発しています。[*17] 今回のドイツ視察では、現地のエネルギー水道事業連合を訪れていますよね。
小嶋:はい、ドイツ視察の初日にエネルギー水道事業連合(Bundesverband der Energie und Wasserwirtschaft:BDEW)[*18] を訪れ、クリーガー国際関係特別代表との会談に臨みました。エネルギー水道事業連合とは、電気事業社やガス事業社、水道事業社など、エネルギー供給会社の連盟ですね。まさに、日本で言うところの電気事業連合会 [*19] と同じだと考えていただければ。
津田:僕たち日本人の感覚からすると、電事連が脱原発に協力するというのは、にわかに信じがたい部分があるんですけど、話を聞いてみて実際のところはいかがでしたか?
小嶋:福島第一原発事故後の法改正で、ドイツの脱原発が再び加速したことにより、大手の電気事業者が政府を提訴した――そんな報道 [*20] を日本で見ていたので、 僕も「本音では脱原発に反対なんじゃないの?」と思っていた部分はあったんです。この裁判についてストレートに質問したところ、クリーガー代表は「損害賠償請求は、脱原発に反対しての裁判ではない」と答えました。そうではなく「核燃料税」の撤廃を求める訴えなんだ、と。2010年の原子力法改正時に制定された「核燃料税」は、原発運転期間の延長と引き換えのようなかたちで電力会社に課せられるようになった税金なんです。その後、新たな法改正で原発運転期間が短縮されたのに、税金が廃止されないのはおかしい、と言うことですね。[*21] 確かにそれは電気事業者にとっては納得できない話でしょう。そのほか、原子炉を強制的に停止させられることに伴うさまざまな損害を補填するための、いわば「条件闘争」的な裁判だということでした。
津田:この裁判そのものが脱原発の方針を揺るがすものではない、ということですね。
小嶋:そうですね。「われわれ電気事業者も足並みを揃えて脱原発に向かっていかなければならない」と強調されていたのが印象的でした。
津田:日本ではまだまだ合意形成に至らない状況なのに、ドイツでは10年前にそれができた。その一番の理由はどこにあると思いますか?
小嶋:脱原発に関して、ドイツでは40年間の議論が下地にあるんですね。1967年、ドイツ国内初の商業用原子炉となるグンドレミンゲン原発A号機の運転開始を皮切りに、[*22] 次々と新しい原発が建設され、1970年代半ばから市民による反原発運動が活発になります。1986年のチェルノブイリ原発事故で、特に南ドイツの山林が放射性物質に汚染されると、国内の各所で反原発デモが盛んに行われるようになりました。それが1980年代の緑の党の躍進、そして2000年の原発全廃方針につながります。今も国民の8割以上が脱原発を支持しているので、[*23] 後戻りはできない――つまり、日本でも政府や事業者を動かすには、僕たち国民が声を上げていくしかないということではないでしょうか。政府も経済界も、民意を無視することはできませんから。
津田:なるほど。ただ、脱原発に向けての合意という点では、原発立地自治体の問題も避けて通れないですよね。日本では今年の5月、福井県おおい町会が賛成多数で大飯原発の再稼働に同意しました。[*24] 再稼働をめぐり、東京の首相官邸前をはじめ全国で反対デモが繰り広げられていたさなかの決定に、賛否両論が起こったのは記憶に新しいところです。当然、ドイツにも原発立地自治体があると思いますが、彼らは2022年までの原発撤廃についてどう思っているのでしょう?
小嶋:僕たちが訪れたのは、イザール原発を抱えるエッセンバッハという町です。イザール原発には2基の原子炉があり、1基は福島第一原発事故後に停止、もう1基は2022年までの稼働を予定しています。ここのフリッツ・ヴィットマン町長と会談したのですが、彼が言うには「脱原発はわれわれにはタッチできない政治決定である」と。
津田:脱原発を受け入れているということですか?
小嶋:ええ。日本の福島第一原発事故を受け、3カ月という短い期間でメルケル首相が脱原発を決めてしまった。イザール原発でも原子炉1基が停止し、もう1基の稼働期間が短縮されてしまいましたが、そこに口を出すことはなかったらしいんですね。「できれば原発立地自治体の意見を聞いて、声を汲み上げてほしかった」――それが本音ではあるものの、基本的には政府の決定を受け入れています。というのも、日本と大きく違う点として、ドイツの原発立地自治体には国からの交付金が落ちてこない――電源三法交付金制度 [*25] がないんです。
津田:そもそもドイツには、日本で「麻薬」とも表現される [*26] 莫大な額の交付金がないんですね。雇用創出や事業税の恩恵は受けるものの、経済的に原発に必要以上に依存しないようになっていると。
小嶋:町として、電力会社から得る収入は事業税だけです。ヴィットマン町長は「脱原発で町の事業税が落ち込んだとしても、国に補償を求めることはない」とおっしゃっていました。「町にある企業の収益が下がり、事業税が入ってこなくなるリスクは原発立地自治体に限ったことではない。それは企業を抱える町であればどこも同じだ」と。その覚悟はすでにあると言うんです。一つの企業がダメになったら、代わりに将来有望な企業を誘致して、町の財政と雇用をしっかり確保していく。エッセンバッハにはBMWの工場もありますし、ほかにも太陽光を含めた再生可能エネルギーなど新たな産業に投資をしていくつもりだそうです。
津田:状況は厳しくても、かなり前向きな印象ですね。少なくとも日本の原発立地自治体とはずいぶんそのへんの感覚が違いますね。
小嶋:やはり、日本でも脱原発に関して原発立地自治体の理解を得るには、町の財政をどうするのか、それによって失われる雇用をどうするのかといった点に向き合わなければなりません。電源三法交付金制度の見直しも含め、時間をかけて議論し、自立の道を模索するしかないのかな、と感じました。
◇ドイツの再生可能エネルギー政策
津田:話を先に進めましょう。経済界や原発立地自治体と脱原発について合意し、方針が国レベルで固まったとしても、その実現に欠かせないのは代替となるエネルギーです。ドイツでも脱原発政策と再生可能エネルギー政策は両輪で進めていますよね。ドイツの再生可能エネルギーが全電力の20%を超えた――冒頭でそんな話がありましたが、なぜたった10年で発電量を飛躍的に伸ばすことができたのでしょうか。
小嶋:電力の固定買取価格制度によるところが大きいですね。これはドイツの「再生可能エネルギー法」の中核をなす制度で、再生可能エネルギーで発電した電力を一定の価格で全量買い取ることを送電事業者に義務付けるものです。[*27] 再生可能エネルギー事業者にとっては、発電コストを上回る価格で購入してもらえる――将来の収入が保証されるということで、当然ながら新規参入の促進にもつながります。結果、現在ドイツには1000近くのエネルギー供給業者があるということです。[*28]
津田:ドイツをモデルにした固定買取価格制度は今年の7月から日本でも始まっています。[*29] ドイツの先例に習い、気をつけるべきポイントなどはありますか?
小嶋:固定買取制度によって生じる市場価格との差額は、最終的に「賦課金(ふかきん)」として電気料金に上乗せされ、消費者に転嫁されます。ドイツではこの数年、賦課金による電気料金の高騰が問題視されているんです。特に2013年からは、たとえば3人の家庭で年間約70ユーロ(7200円)も値上がりする見通しで、ドイツ国民には結構なインパクトだったようです。[*30] 実際に、現地でも不満の声を耳にしました。
津田:どういう人たちに話を聞いたのですか?
小嶋:まずは消費者団体です。独連邦消費者保護連合という、約40の消費者関連組織を束ねる団体を訪問し、クラヴィンゲルエネルギー・環境局長と会談しました。消費者――国民としても、脱原発に伴う痛みを受け入れるつもりはあるものの、自分たちの家庭や中小企業が負担を強いられる一方で、エネルギー消費量の多い大企業は国際競争力への影響を考慮して賦課金の減免措置を受けている。[*31] クラヴィンゲル氏は、そのことに対して国民の不満が高まるのではないかと心配していましたね。
津田:年間7200円というと、月々の電気代が600円上がるわけですよね。それは結構な負担ですよね。怒りをどこかにぶつけたいというドイツ国民の気持ちもわかります。
小嶋:実は、その怒りのぶつけ先であるドイツの商工会議所にも行って、経済界の意見も聞いたんですよ。独商工会議所のボレイエネルギー気候政策課長に「国民は電気料金の負担が不公平だと感じでいるようですが、このことについてどう思う?」と尋ねたところ、「それは耳の痛い話だ」と。負担は公平であるべきだが、2000社近くもある大口需要家に賦課金をかけてしまうと、そのまま商品の価格にスライドされてしまう、ということでした。そうなれば、大企業の下請けや関係企業にも影響を与えてしまうし、消費者への負担がかかるという意味では同じ。経済界としても心苦しいものの、現状が最善の策なんだと訴えていましたね。
津田:電気料金を下げるための策は今のところないんですか。
小嶋:何もしていないわけじゃないんです。ドイツでは、1999年に始めた太陽光発電を普及させるための融資プログラム「10万個の屋根計画」[*32] や、2004年の再生可能エネルギー法改正による太陽光発電の買取価格引き上げにより、太陽光発電のシェアが急速に拡大しました。2005年には日本を抜いて太陽光発電の設置量で世界一になっています。[*33] 普及が進んだことで、太陽光パネルの価格が下落するなど、設備コストが下がってきている。それなら過保護な買い取りはしなくていいじゃないかということで、今年6月にドイツ議会が太陽光発電の買取価格引き下げに合意しました。[*34]「買取価格については十分気をつけたほうがいい」――消費者連合のクラヴィンゲル氏は、日本からの視察団にもそう言っていましたね。
津田:なるほどね。そのあたりのことは日本でもかなり参考になりそうです。まあ、日本でもすでに42円に決まった太陽光の買取価格が高いと叩かれているわけですが……。[*35] 太陽光をはじめ、再生可能エネルギーの発電所もいくつか視察したんですよね。
小嶋:太陽光発電施設にも行ったのですが、一番印象的だったのはメルケンドルフという町ですね。この町では電力をバイオガスと太陽光でまかなっていて、エネルギー自給率がなんと247%もあるんです。さらに、余剰エネルギーを周辺の自治体に売って収益をあげています。
津田:バイオガス……? それは、バイオマスとは違うんですか?
小嶋:厳密に言うと違いますね。バイオマスは、木材や動物の糞尿などから生産する生物由来の有機性エネルギーのことです。バイオガスはバイオマスの一種で、特に動物の糞尿から出るメタンガスを貯めて発電する――要するにガス発電ですね。[*36] メルケンドルフでは、アグリコンプ社 [*37] という電力会社のバイオガス発電施設を視察しました。
津田:どういうところが印象的でした?
小嶋:太陽光、風力といった再生可能エネルギーは、天候の影響を受けるため安定供給に向かないという弱点があるじゃないですか。でも、このバイオガスは、動物の糞尿から出たメタンガスを蓄えておいて、それを好きな時に発電に回せるんです。長期間の保存はできないので年間のエネルギー調整には利用できませんが、1日に必要な電力の需給ギャップが調整できる。しかも、ガスを発生させた後は肥料として使えるという、無駄のないサイクルが完結しているんですね。このサイクルに感心しました。これは日本の地方にも十分取り入れていけるんじゃないかと思っています。
津田:確かにそれは魅力的ですね。ただ、今、小嶋記者が指摘した風力や太陽光の安定供給については、これから日本でも必ず課題になると思うんです。ドイツでは再生可能エネルギーを安定供給するためにどんな取り組みをしているんですか。
小嶋:その点でドイツの皆さんが問題視していたのは、送電網の不足です。実は、ドイツの再生可能エネルギーの主力は風力発電なんです。全電力の20%を占める再生可能エネルギーのうち風力が8%を占め、バイオマスが5%、太陽光が3%、水力も同じく3%ほど……と続きます。[*38] 主力の風力発電は風力の強いドイツ北部に発電設備が集中しているんですね。2011年5月には、北部の洋上で「ウィンドファーム」という集合型風力発電所の稼働が始まり注目されています。[*39] ただ、ここで発電したエネルギーを、南部や西部の電力大量消費地に届けるための送電線が十分に整備されておらず、そのことで頭を抱えてきたんです。そこで、2010年に発表された政府の「エネルギー計画」には、南北をつなぐ送電線の整備が盛り込まれました。日本でも再生可能エネルギーを推進するのであれば、送電網の整備を早急に進めたほうがいい――そんなことを言われましたね。
津田:というか、日本の場合はまず電力の発送電分離をしないといけない。今年7月から日本でも再生可能エネルギーの固定買取制度が始まったことを受け、ようやく電力会社の送電網が開放されつつあるという段階ですからね。[*40] 規制緩和を進めないと、送電線があったところで新規事業者が参入できません。しかし一方で発送電分離については「電力の自由化や発送電の分離をすると、電気を安定供給できなくなって停電するぞ」みたいな脅しとも取れる反対意見も根強くあります。ドイツは発送電分離に成功しているんですよね?
小嶋:ドイツでは発送電分離と電力自由化がかなり進んでいます。ドイツ――というより、EU全体で推進してきた感じですね。1996年にEUで制定された「第一次欧州電力指令」を受け、ドイツ国内ではまず電力小売りの自由化に着手します。[*41] ただ、送電の利用料金を電力会社と新規参入者の交渉に委ねたため、公平な競争環境が生まれず多くの新規参入者が撤退してしまうんですね。そのせいで、EUの中でもドイツの発送電分離は遅々として進みませんでした。そこでドイツ政府は2005年に「連邦ネットワーク庁」を創設し、電力会社の送電部門を厳しく監督し始めます。[*42] 以来、送電部門と発電部門は会計・運用なども含めて徹底的に分離され、送電部門の独立性が担保されるようになったというわけです。近年では、送電部門を売却する大手電力会社もあるくらいですからね。[*43]
津田:なるほど。日本でも発送電分離を進めるにあたり、電力会社の抵抗が根強い場合は政治主導の強引な方法を取らざるを得なくなるかもしれないということですね。とにかく、EU全体で電力を自由化して、国をまたいでエネルギーを供給しあえる関係ができた、と。でも、だからこそドイツは脱原発に踏み切れる――結局は隣のフランスにある原発の電力をあてにしているんじゃないか、という意見もあります。その環境がない日本にはドイツと同じことはできないと、脱原発反対派の攻撃材料になることもある。このあたりの問題は質問しましたか?
小嶋:ドイツの環境省を訪問した際、日本の議員団の方がアルトマイヤー環境大臣に訊いたとのことでした。「ドイツは電気が足りなければフランスの原子力発電で作られた電気を買えるので、ドイツの脱原発の政策はまやかしではないか?」と、かなり直球の質問ですね。環境大臣の答えは「ノー」です。もちろん、他国の電力を輸入しなければならない時期も、年間を通して何カ月かはあると。その一方で、逆にドイツが他国に輸出している期間もある。ドイツがフランスから電力を輸入することもあるのでしょうが、出力変動の効かない原子力発電で余った安い電気を買って、調整してあげているというイメージらしいんですね。それに、フランスの原発の多くは河川沿いにあり、冷却には河川の水を使います。干ばつなどにより河川の水量が減ると原発の出力を下げたり、停止を余儀なくされるので、その場合はフランスが電力を輸入することになります。[*44] もう一つ言えるのは、EU諸国の送電線は相互に結ばれているので、市場に乗った安い電気は自動的に買われてしまうと。つまり、原発による電気かどうかなんて選択できないんです。ただ、全体としてはドイツは電力輸出超過している。福島事故で原発を止めた以降も、年間では輸出電力のほうが多いと話していました。[*45]
津田:自給自足は基本的に可能なんだけど、いざというときのフェイルセーフとしてみたいなものとして、他国から融通してもらえる、と。電力の輸出入量で見ればドイツが他国の電力に依存していないことは明らかで、「ドイツはフランスの原発で作った電気を買っているから電気が足りてて脱原発できるんだ」という言説は間違いになるわけですが、他方では国内で大きな電力ショートが起きる事態になっても他国から融通してもらえる環境がある。そういう意味では日本とは違うわけですね。つまり、この問題は電力量で捉えるのではなく、フェイルセーフがあるかどうかで捉える必要があると。そうすると確かに日本の脱原発へのハードルはドイツより高い。将来的に日本は、韓国や中国、台湾などの近隣諸国と送電線をつないで電気を融通し合うという手もあるのかもしれませんね。
小嶋:可能性としてはありますね。
津田:ドイツのエネルギー政策についてはよくわかりました。参考にすべき点は多いものの、日本が同じレベルに達するにはまだまだ時間がかかりそう気配ですね。
小嶋:そのとおりですが、日本がドイツに勝る部分もあるんです。地熱に関して日本には高いポテンシャルがあり、実用化のための技術も企業が持っています。太陽光でいえば、日本は日照時間がドイツの約1.4倍なので、実はドイツより太陽光発電に向いているんですね。シュレーター連邦議会環境委員長が「日本もドイツも産業が発達した工業国なので、技術力を再生可能エネルギーに応用し、一緒に脱原発をやり遂げたい」というようなことを言ってくれて、なんだか心強かったです。ドイツのような意気込みが日本にも必要だと思いました。
◇脱原発における最大の課題
津田:では最後に、日本もそれからドイツも――脱原発に向かうすべての国が抱えているであろう最大の課題についてお話を伺います。ドイツでは、使用済み核燃料の再処理や最終処分についてはどのように考えられているのでしょうか?
小嶋:東西ドイツ時代の1977年に、西ドイツのコール政権が旧東ドイツ国境付近のゴアレーベンを最終処分場候補地に選定しました。ゴアレーベンの地下には硬い岩塩層が広がっており、直接処分には適しているとされたんですね。しかし、その後の調査で岩盤層近くに地下水脈があることがわかり、2000年に調査を中断してしまいます。地域住民や緑の党などから反対の声が上がっていたこともあり、2011年11月には、当時のレトゲン環境相がゴアレーベンでの最終処分場建設計画を撤回しています。[*46]
津田:最終処分場が決まっていない――日本と同じ状況なんですね。
小嶋:はい。ただしドイツの場合、2002年の原子力法改正で使用済み核燃料の再処理が禁止されているので、直接処分するしかないんです。[*47] 最終処分場が見つかるまでは中間貯蔵しなければならないのですが、使用済み燃料を長距離移動させるわけにはいきません。つまり、中間貯蔵施設は自動的に原発敷地内や隣接する土地に設置しなければならなくなった。先ほど話に出た原発の町・エッセンバッハでも、5〜6年前に中間貯蔵施設を作り、40年という期限で使用済み核燃料を貯蔵しています。
津田:将来、最終処分場が決まったらそっちに移しますよ、と。
小嶋:そういう約束にはなっていますが、果たしてあと35年の間に最終処分場が決まるかどうか――住民の皆さんはかなり不安に思っているようでした。なし崩し的に最終処分場になってしまうんじゃないかと懸念しているんです。
津田:脱原発先進国のドイツですら、放射性廃棄物の最終処分に関しては答えを持ち合わせていない――。この問題については津田マガでもたびたび取り上げてきましたが、[*48] いくら考えても解決策が見つからず、途方に暮れてしまいます。ほんと、どうすんんでしょうね。日本人というか人類は……。
小嶋:日本やドイツだけの問題じゃないですからね。答えがないのなら、現状で考えうる最善の策は、これ以上核のゴミを増やさないこと。そのためにも脱原発を進めるしかないんだと思います。ドイツ連邦議会のブーリング・シュレーター環境委員長は、僕たちにこう言ってくれました。「政権が交代したとしても、後戻りができなくなるような法律をまず作ってほしい」と。まさに今、その第一歩を踏み出す段階になっているんじゃないでしょうか。
津田:そう。少なくとも、日本人はパブリックコメントやデモで意志表示し、結果的に各党が脱原発方針を公約に掲げるようになった。来週に迫った選挙でどの党が勝利しても、脱原発に関しては悪い選択にならないと信じたいですね。あとは、未来の与党がどれだけ行動力をもってやってくれるのか。つねに高い関心を持ち続け、国民的議論を絶やさないようにするのがメディア役割だし、国民が自分たちで当事者意識を持って考え続けることが何よりも大事なんでしょうね。ドイツ取材、お疲れ様でした!
この記事は「津田大介の『メディアの現場』」からの抜粋です。
ご興味を持たれた方は、ぜひご購読をお願いします。
[*1] http://coalitionagainstnukes.jp/?page_id=1855
[*2] http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/11/27/kiji/K20121127004652350.html
[*3] http://www.seikatsu1.jp/germany/index.html
http://midori1kwh.de/2012/10/28/2561
[*4] http://www.seikatsu1.jp/policy.html
[*5] ブロマガの特別企画として、ドイツ取材のリポートを生放送(タイムシフト視聴可)した。
小沢一郎ドイツ脱原発視察 現地取材リポート 1
http://live.nicovideo.jp/watch/lv111780040
小沢一郎ドイツ脱原発視察 現地取材リポート 2
http://live.nicovideo.jp/watch/lv111780048
小沢一郎ドイツ脱原発視察 現地取材リポート 3
http://live.nicovideo.jp/watch/lv111780052
日本で脱原発はできるか 小沢一郎ドイツ脱原発視察 総まとめ
http://live.nicovideo.jp/watch/lv112591373
[*6] http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-11-26/2012112606_01_1.html
[*7] http://www.afpbb.com/article/politics/2831350/7847178
[*8] http://news.livedoor.com/article/detail/5514148/
[*9] http://midori1kwh.de/2012/09/16/2371
[*10] P5「ドイツの再生可能エネルギー中・長期目標」
http://www.ecolosia.jp/p/pdf/germany1.pdf
[*11] http://www.eic.or.jp/library/pickup/pu110603-1.html
[*12] http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_3497220_po_02520007.pdf?contentNo=1
[*13] http://www.asahi.com/eco/TKY201009060420.html
[*14] http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/pdf/02460103.pdf
[*15] http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20110516/219996/
[*16] http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110606-OYT1T01017.htm
[*17] http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPTYE8AF03A20121116
[*18] http://www.bdew.de/internet.nsf/id/EN_Home
[*19] http://www.fepc.or.jp/
[*20] http://sankei.jp.msn.com/world/news/120613/erp12061323080004-n1.htm
http://eneken.ieej.or.jp/data/4495.pdf
http://www.fepc.or.jp/library/kaigai/kaigai_topics/1217718_4115.html
[*21] http://www.fukuishimbun.co.jp/nationalnews/CO/world/456247.html
[*22] 8.9「ドイツ:グンドレミンゲン原子力発電所A号機」
http://www.jnes.go.jp/content/000014750.pdf#page=104
[*23] http://www.alterna.co.jp/5416
[*24] http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/npp_restart/34709.html
[*25] http://www.fepc.or.jp/nuclear/chiiki/nuclear/seido/index.html
[*26] http://genuinvest.net/?eid=1533
[*27] http://www.osaka-ue.ac.jp/gp2006/doc/att_3.pdf
[*28] http://www.newsdigest.de/newsde/news/featured/3559-873.html
[*29] http://www.enecho.meti.go.jp/saiene/kaitori/index.html
http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201110/4.html
[*30] http://www.jiji.com/jc/zc?k=201210/2012102000168&g=pol
[*31] http://eneken.ieej.or.jp/data/4358.pdf
[*32] http://www.iam.dpc.u-tokyo.ac.jp/workingpapers/pdf/papers_100131wp.pdf#page=17
[*33] http://jp.reuters.com/article/forexNews/idJPnTK029545320090821
http://www.jiji.com/jc/rt?k=2012052800241r
[*34] http://www.asahi.com/international/update/0628/TKY201206280442.html
[*35] http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS22014_S2A420C1MM8000/
本メルマガVol.45の「メディア・イベントプレイバック」で、東京工科大学大学院ビジネススクール教授の尾崎弘之さんが再生可能エネルギー全量買取制度の問題点を解説している。
http://tsuda.ru/tsudamag/2012/09/198/
[*36] http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&ecoword=%A5%D0%A5%A4%A5%AA%A5%AC%A5%B9
[*37] http://www.biogastechnik.de/
[*38] http://www.jetro.go.jp/jfile/report/07000984/report.pdf#page=10
[*39] http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2798175/7160364
[*40] http://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/1206/21/news095.html
[*41] http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/sougou/denryoku_system_kaikaku/pdf/004_04_01.pdf#page=5
[*42] http://www.soumu.go.jp/g-ict/country/germany/pdf/049.pdf#page=2
[*43] http://www.tkumagai.de/Eco%20unbundling.html
[*44] http://blog.livedoor.jp/murakamiatsushi/archives/51384274.html
http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/earth/nuclear/news/11051701.htm
[*45] http://www3.ocn.ne.jp/~elbe/kiso/atomdata03.html
[*46] http://s.webry.info/sp/rengetushin.at.webry.info/201111/article_5.html
[*47] http://tkajimura.blogspot.jp/2011/11/blog-post_23.html
[*48] Vol.44「2030年、日本の原発はゼロになる?」
http://tsuda.ru/tsudamag/2012/09/196/
Vol.46「原発ゼロ政策、なぜ骨抜きになったのか」
http://ch.nicovideo.jp/article/ar7931