家人も寝静まり、ようやく一人の時間が持てるという方も少なくないでしょう。そんな貴重な週末のひとときをクラフトビール「月面画報」を片手に読書をするのが最近の私のささやかな楽しみです。
これがAmazon限定として発売されたときは、スーパーなどで買えないことに不便を感じるかと思いました。しかし自宅まではもちろん、必要があれば友人宅などでの飲み会の場所まで日付を指定して届けてくれるので、重いビール缶を運ぶ煩わしさから解放される便利さの方が勝っていると感じます。
今夜手にした本は稲垣足穂の『一千一秒物語』。何しろ短いもので数行で終わる短編集なので、寝しなに読む本として最適なのです。1923年に初版が刊行されたためか、ヨーロッパ文化の影響が色濃く出ている大正ロマンファンタジーともいうべき作風です。
ビールを一口飲んでページを繰ると、こんな話がありました。
ある晩、ムーヴィから帰りに石を投げた
その石が、煙突の上で唄をうたっていたお月様に当たった お月様の端がかけてしまった お月様は赤くなって怒った
「さぁ元にかえせ!」
「どうもすみません」
「すまないよ」
「後生ですから」
「いや元にかえせ」
お月様は許しそうになかった けれどもとうとう巻タバコ一本でかんにんして貰った
その当時、日本でもモノクロサイレントの活動写真としてムーヴィは市民の娯楽として定着していました。1902年にパリで上映された世界初のSF映画『月世界旅行』(ジョルジュ・メリエス監督)は、日本でもその3年後に上映されています。
そんなことに思いを馳せながらさらに読み進めていくうちに、ビールも進みます。月面画報はフルーティーかつコクのある味わいなので、おつまみも切ったキャベツと味噌があれば十分なぐらいです。
そしてその濃厚な味わいと印象的な余韻のためか酔いが回りやすく、一人で過ごす深夜のどこか現実離れした時間の先に連れていかれるような気がするのです。
『一千一秒物語』では他にも、お月様ととっくみあいのケンカをしたり、夜空はボール紙でできていると言い張る人が現れたり、タキシードを着た月の客人(まろうど)たちがホテルに集まり、人知れずパーティーをしたりします。
いつか夢の中で見たような光景を脳裏に描きながら、ひととき日常から意識を解放することは読書の醍醐味の一つかもしれません。
ホフマンスタールの夜景に昇った月の中から人が出てきて 丘や 池のほとりや 並木道を歩きまわって 頭の上に大きな円弧をえがいて落ちる月の中へ 再びはいってしまった その時パタン! という音がした 月の人とは ちょうど散歩から帰ってきてうしろにドアをしめた自分であったと気がついた
とはいえ散歩や旅は帰る場所があってのもの。私もひととき月の人になって物語の中にある夜道を散歩をした後、酔いも手伝ってふわふわした心持ちの中、床に就くのでした。