はじめから よむ (第1回へ)

 階段の上も、燃えさかる灼熱のフロアが続いていた。ゆっくり流れ出す溶岩の熱気が、僕の胸の中をそのまま映しているように思えた。絶対に勝つ。

 そのフロアには、三人の冒険者がいた。立派な鎧を身に着けた筋骨隆々の男、真っ白なローブを着た神々しい女性、そして。僕よりも勇者らしい出で立ちの、ニセ勇者。

「お前が勇者だな」

 歳は僕と同じくらいだろうか。

 笑顔が素敵。かっこいい。甘い声。凛々しい。命をかけたっていいと思える。

 今までに聞いたニセ勇者の噂がひとつひとつ頭の中に浮かんで消える。僕とはまったく違うタイプの人間であることは一瞬で見てとれた。まだニセ勇者は一言しかしゃべっていないというのに、その雰囲気やたたずまいから、僕は「噂通りの人物だ」と直感的に思った。

「俺はアダン。俺とお前、どっちが勇者にふさわしいか勝負しよう」

 名乗ったと思ったら二言めでいきなり本題に入ってきた。早い。単刀直入すぎる。なんだこいつ。くそ真面目か。そう思っていたら、筋骨隆々の男が僕の方を向いて口を開く。

「俺はバルトロという。アダンの生き様に胸を打たれて、協力することを誓ったんだ」

「大したことはないが……ゴッドハンド、という職に就いている」

 ゴッドハンド? ゴッドハンドといえば戦士と武闘家を極めた者にしかなれないバトルマスターを極め、さらに経験を積んだ者にしかなれない、格闘のスペシャリストだ。

 途端に僕の足がガクガク揺れだす。ダメだ。気づかれてはいけない。ゴッドハンドがなんだ。こっちは勇者だ。選ばれてるんだ。ホンモノの勇者だぞ。

 バルトロが、ローブを着た女性を指差し、言葉を続ける。

「こいつはリュシカだ。ずっとアダンをそばで支えてきた。実力もある」

「言うほどのことではないが、リュシカは、天地雷鳴士という職業に就いている」

 てててて天地雷鳴士? 天地雷鳴士といえば僧侶と魔法使いを極めた者にしかなれない賢者を極め、さらに経験を積んだ者にしかなれない、特殊能力のスペシャリストだ。呪文はもちろん雨や風、雷など、自然現象まで操ると聞いたことがある。

 僕は相手の肩書きで完全に萎縮してしまった。なんだかんだ言って肩書きの持つ力は強い。三十歳を過ぎてアルバイト生活をしている人間が出世を重ねた同級生に会った時や、自分より若くて仕事ができる正社員にこき使われている時、たぶんこんな気持ちになると思う。僕は知りませんけどね。イマジンですけどね。なんで英語で言ったのか。言ってないですけど。思っただけですけど。やばい今までせっかく自分なりに凛々しくいられたのに現実逃避を始めようとしている。ダメだ逃げちゃ。けれども逃げたくなる要素がまだある。こいつら三人、仲間なんだ。凡人でも三人集まればなんとかなると言うが、集まった三人全員がすごい奴だった場合、一体どうなってしまうのか。ニセ勇者は僕よりも早くパーティを組んでいたのだ。思えば今まで勧誘してきた冒険者たちは言うなれば全員、共に冒険する仲間を探している「お一人様」だったから、ニセ勇者も一人だろうと思い込んでいた。そうか。そうだよね。普通パーティ組むよね。ちゃんと勧誘したのに、僕が今ひとりでいることの方がおかしいよね。

 途端に汗が吹き出てくる。ずっと灼熱のフロアにいたからもともと汗はかいていたんだが、今までの汗とは質が違う。冷たくて、いやな汗だ。

「俺はお前よりも、アダンの方が勇者にふさわしいと思うよ」

 バルトロが言い、それに続いてリュシカもしゃべり出した。

「アダンはとっても強くなった。彼の夢、叶えてあげたいの」

 なんてまっすぐな瞳だ。ずっとそばでアダンを支えてきたらしいが、おしとやかで芯も強そうだ。こんなしっかりした人たちから期待されて、力を貸してもらえて、アダンは人望もあるらしい。実力もある事は間違いないだろう。それに比べて僕はなんだ。僕の生き様に打たれて協力を誓った人も、ずっとそばで支えてくれて夢を叶えるお手伝いをしてくれる人も、誰もいない。僕のことをこんなふうに信頼して、力を貸してくれる人なんて誰もいないじゃないか。わかってる。全部自分のせいだ。僕が悪いから、今僕のまわりには誰もいないんだ。

 またも泣き出しそうになる僕の肩を、誰かがぽんと叩いた。

 誰だ。仲間か。勧誘した僕の仲間か。きっとそうだ、誰か来てくれたんだ。マカロンか、ポマードか、イルーカさんか。それとももっと別の人か。なんにせよ僕は一人じゃないんだ。

「オレサマはお前の方が、勇者にふさわしいと思うぜ」

 ヨコリンだった。お前か。またお前か。ついてきてたんだここまで。

 止めどなく流れる涙をおさえる術がなかった。

 ニセ勇者には堅い結束で結ばれた仲間が二人。

 こちらには師匠気取りのゴブリンが一匹。

 誰もいないと思っていただけに、ヨコリンがいた事で少しうれしくなったかと思えばそうではなく、複雑な心境だった。僕に力を貸してくれるのはやはりゴブリンだけなのか。でも、誰もいないよりマシだ。ヨコリン、頼む、一緒に戦ってくれるかい。

「見るからに、強そうな奴らだぜ……

 そうなんだよ。

「まあ、オレサマは見てるだけだから別にいいけどな」

 ええええ!

「じゃあ、がんばれよ!」

 戦ってくれないのかよ。ヨコリンは僕の背中をぽんぽんと叩いた後、さささーっと離れていった。だいぶ後ろの方からヤジを飛ばしている。ああ、そうだ、こいつは今までずっとそうだった。いきなりここから一緒に戦ってくれるわけがない。僕の口から「ふへへへへへ」と乾いた笑いが漏れ出した。死ぬ。また「あなた死んでたわよ」コースか。何度めだ。いやだ。いやだあああ!


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