■こんにちは、編集長の荻上チキです。
■まずはじめにご紹介するのは、フィリピンの臓器売買の問題を追い続けてきた藍原寛子氏による渾身のルポルタージュです。臓器販売は人道的に問題であると批判する声は根強い一方で、そのブラックマーケットの実態はあまり知られていません。歴史を振り返りながら、当事者の発言に耳を傾け、いまそこにある問題を丹念に深掘りしていきます。
■早野龍五氏インタビューは、いよいよ今号で最終回。原発事故後、積極的に情報発信を続けてきた早野氏はいま、科学および科学をめぐるコミュニケーションをいかなる景色として見ているのか。自身の発信活動をいかに評価し、後世の科学者に何を期待するのか。
■貧困研究の第一人者、岩田正美氏には、「ニコ生シノドス」の文字起こしをベースに、改めて生活保護制度をめぐる議論の問題点について整理していただきます。生活保護は、その制度自体の問題だけでなく、他のセーフティネットの不備や景気の実態とあわせて考えなければなりません。社会保障改革の行方が問われる今、必読の論考です。
■片岡剛士氏の経済ニュース解説、今号では税制改正やエネルギー問題について取り上げています。これだけ手短にまとめられた濃厚レポートはよそでは見られません。「synodos journal reprinted」では、大屋雄裕氏の「選挙制度はどう改革されようとしていたか」を再掲。次の選挙を前に、改めて現在の状況を整理してくれます。
■とかく夏休み映画といえば、ド派手な対策が注目されがちですが、気温も気分も落ち着いてくる秋頃には、あなたはどんな映画をみますか? 僕もこの夏は久々に、(子どもがそれなりに大きくなったので)スクリーンで映画を堪能することができました。今号は松谷創一郎氏に、「この秋、一番熱い映画」をピックアップしていただきました。これをガイドに、また映画館で楽しみたいと思います。
■次号は vol.109、10月1日配信予定です。お楽しみに!
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★今号のトピックス
1.グローバル化する世界の臓器移植
………………………藍原寛子
2.早野龍五氏ロング・インタビュー3(聞き手:荻上チキ)
――「たまたま」の役割を引き受け、情報収集と発信を続けた理由
3.現代の貧困・社会的排除と生活保護制度
………………………岩田正美
4.経済ニュースの基礎知識TOP5
――2012年8月のニュース読解
………………………片岡剛士
5. synodos journal reprinted
選挙制度はどう改革されようとしていたか
………………………大屋雄裕
6. この秋、一番熱い映画
………………………松谷創一郎
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chapter 1
藍原寛子
グローバル化する世界の臓器移植
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Facebookのタイムライン上で臓器提供の意思表示を共有できる機能が、日本国内でも利用可能になったことが話題になる一方、今年6月、6歳未満の子どもの臓器移植が日本で初めて行われたニュースを憶えている人はどれだけいるだろう。グローバル化する世界のなかで臓器移植を自分のこととして考える。
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2008年から09年にかけて、約1年間フィリピンに滞在し、臓器売買の現状を取材した。本稿では、特に臓器売りドナーの側からみた臓器移植のグローバリゼーションについて、ケーススタディを交えながらその一部をレポートしたい。
なお、データ等はいずれも取材当時の内容であることをお断りしておく。
取材のきっかけは、フィリピン留学に先立って2004年、米国のマイアミ大学移植外科に客員研究員として留学、米国の臓器移植を学んだことだった。私は医療専門職としての資格は持っていないが、個人情報保護に関する法律、病院内の規則など、訴訟国家アメリカでリサーチをするにあたり、一定の理解が必要な法律等の事前研修を受けた後、移植を受ける側、臓器を提供する側の両面から移植医療を学んだ。
フィールドは移植病院、子ども病院、トラウマセンター(外傷センター)、マイアミ・デイド郡メディカル・イグザミナー・オフィス(検死官事務所)、OPO( Organ Procurement Organization、臓器配分機関=「日本臓器移植ネットワーク」の地方版のような組織)などのほか、臓器移植に関して活動しているNPO、研究機関の倫理学講座。時には車両に医師や移植コーディネーターとともに同乗して医療現場に向かい、臓器提供候補者の検死から脳死判定、臓器摘出・移植手術や術後治療の現場を学んだ。
http://on.fb.me/P7cRuw
図 マイアミでドナーコーディネーターと
マイアミのOPOで学んでいた頃の私(2004年)。一緒に写っているのはドナーコーディネーター(英語ではプロキュアメントコーディネーター)
2000年以降、日本では臓器移植法の改正、特に脳死と診断された15歳未満の子どもから臓器提供が行えるようにすべきかどうかが、盛んに議論されていた。移植を希望する子どもの患者の場合、米国や欧州などで臓器移植を受ける道はあったが、多額の治療費や海外治療のリスクなどの問題もあった。
定められた範囲の親族から生体臓器移植を受けるという方法もあるが、心臓移植は受けられない。加えて「脳死は果たして人の死か」という問題、脳死判定のあり方のほか、子どもと大人の移植機会の不公平感、海外渡航移植に伴う多額の治療費、海外で日本人患者が移植を受けることにより、渡航先の患者の移植機会を奪う可能性など、多くの議論が重ねられていた。
そうした議論をどう考えるかだけでなく、もしも将来的に臓器移植法が改正され、子どもの臓器移植が行われるようになった場合、我が国で起こり得る問題は何か、その背景や要因を世界の「移植大国」である米国の先行事例をふまえて考察し、提言することが可能ではないか、私にはそう思えた。我が国では臓器移植法が2010年に改正され、今年6月には初めて6歳未満の子どもからの脳死臓器提供が行われ、メディアが大きく報じたことは記憶に新しい。
◇ネットでドナーを募集する米国の民間団体
フィリピンでのリサーチを決めたのは、まだ米国滞在中、ある衝撃的な出来事を体験したことが大きな理由だ。米国では、生体臓器提供の提供者(ドナー)は親族に限らず、「誰かを救いたい」という善意から、見ず知らずの人に提供できる「善意の第三者臓器提供」(=グッドサマリタン・ドナー、非血縁者ドナー)制度が州により設けられている。
この制度に着目して、民間団体「マッチング・ドナーズ・ドットコム」 http://www.matchingdonors.com/life/index.cfm が設立され、インターネットで臓器提供者(ドナー)と移植者(レシピエント)をマッチングさせる活動を開始した。米国滞在中の2004年10月、この団体による初の生体腎移植がコロラド州で行われ、その手術が報道されると大きな議論が起きた。
ドナーとその家族に対して、手術費用や旅費、滞在費など54万円が支払われたからだ。米国では、ドナーが臓器提供で利益を得ることは、臓器売買の恐れがあるため禁止されているが、支払われた54万円がその「利益」に該当するのではないか、という疑いが指摘された。
私は、マッチング・ドナーズ・ドットコムでドナーを募集していた29歳の移植待機患者の女性シャロンさん(仮名)と連絡を取った。彼女は若年性腎臓病のため、すい臓と腎臓の同時移植を希望しており、住所、自宅電話番号、氏名、年齢、顔写真、病状などをサイトに公表していた。何度かシャロンさんや母リアナさんと電話やメールでやりとりするうち、リアナさんは驚くことを話してくれた。
「世界各国でホームページを読んで、様々な人がアクセスしてきた。アメリカ国内だけではなく、フィリピンなどアジアの途上国の生体ドナーの希望者から国際電話が掛かってきた。でも、腎臓を提供するために往復の飛行機代と滞在費、医療ビザが欲しいといろいろ要求されたため、フィリピンの人は断ってしまった」というのだ。
その話に衝撃を受けた私は、マイアミだけではなく、ロサンゼルスやペンシルベニア、ボストンでドナー側臓器摘出を担当するOPOでの研修の際、「アジアなどの途上国から来たグッドサマリタン・ドナーはいないか」と尋ねた。その中では、「フィリピン人の親戚と偽って米国に入国、臓器提供をしようとした可能性のあるケース」の話も出たが、この情報についは最後まで真偽の確認を取ることはできなかった。
ネットを使った臓器売買は世界的に拡大している。中国やパキスタン、フィリピンが臓器提供のため、インターネットのホームページを通じて「臓器移植旅行(トランスプラント・ツーリズム)」を募集していたことが2007年、日本人研究者のYosuke Shimazono氏(WHO)の調査でも分かっている。
当時日本では、国内での臓器移植が極めて難しい子どもの患者を中心に、臓器移植を求めて世界各国の医療機関に問い合わせたり、募金活動が頻繁に展開されたりしていた。先進国が世界のエネルギーや資源を次々に買い漁り、経済発展を遂げる一方で、途上国は搾取される側となるのと同じ構図で、臓器までも買おうとしているのではないか――。
豊かな国の移植希望患者が、途上国の健康な人をドナーとした生体移植はどこまで広がっているのか。特にフィリピンの臓器売買の問題はニュースにもなっており、その現状は一体どうなっているのか。臓器を売る人々は実際にはどのような人々なのか。それを知るために、フィリピンに渡ろうと思った。
余談だが、私の帰国直前にシャロンさんは腎臓提供者が見つかり、臓器移植を受けた。なかなかドナーが見つからない段階で、リアナさんが必死に、こう訴えてきたことが今でも忘れられない。
「娘はこのままだと死んでしまうかもしれない。あなたの血液型は何型? 血液型を教えてほしいの。もしその気があるなら、腎臓を提供して、ぜひシャロンを助けてほしいの」。
あまりにも衝撃的で、実はその時何と答えたのか、記憶は完全に飛んでいる。
◇臓器売りビジネス
2008年、私は取材のためフィリピンに渡った。すでに日本のメディアでは、貧困地帯の住民をターゲットにした臓器売りビジネスが存在し、仲介者としてのブローカーが利益を得ているとのニュースが多数報道されていた。この年は臓器売買に関して大きな動きがあった年だった。
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