“α-Synodos” vol.289(2021/7/15)
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〇はじめに
いつもαシノドスをお読みいただきありがとうございます。シノドスの芹沢一也です。最新号のラインナップをご紹介します。
1.橋本努「新しいリベラル政治とは?――ウェブ調査で浮かび上がる政治意識」
橋本努さんたちと一緒に「シノドス国際社会動向研究所」(http://synodoslab.jp/)を立ち上げてから4年が過ぎました。その間、毎年、「新しいリベラル」を可視化するための社会意識調査を行ってきましたが、そのなかで、戦後民主主義的な左派・リベラルとは異なるリベラルの像がはっきりと浮かび上がってきました。本記事で橋本さんが述べるように、新しいリベラルな人たちは女性の間に多く、また50代・60代の人、そして大学あるいは大学院を卒業している人に多く観察されます。彼らは教育投資を重視し、女性のリーダーを増やすべきだと考え、人生のスタートラインを平等化すべきだとします。その他、はっきりとリベラルな意識をもっているのですが、これまでの左派・リベラルとは違って、デモや署名運動といった政治活動は苦手です。そして、自らの政治意志を反映した政党は存在しないと感じています。日本社会をリベラルな方向に改革していくための素地は十分にあるのですが、それを代表する政治が不在であることが如実に明らかになりました。そこでそうした不在を埋めるために、シノドス国際社会動向研究所は「プロボノ」の草分け的存在であるサービスグラントと協力して、「ソーシャルアクションタンク」という組織を新たに立ち上げました(https://www.socialactiontank.com/)。研究者と企業人による共同の調査研究活動を通して、社会をリベラルな方向で改革していくための提言をしていきたいと考えています。旗印は「建設的リベラリズム」です。どうぞご注目ください!
2.浅野幸治「P.シンガーの援助義務論(1)」
いまだ世界の多くの地域で人々が貧困に苦しんでいます。そして、今次のコロナの流行によって、今後それはさらに深刻なものとなるはずです。しかしわれわれには、世界の貧困問題を解決する義務があるのでしょうか。この問いを倫理学の重要な問いとして浮上させたのがP.シンガーの議論でした。それは次のような論証でした。
前提1:食料、住居、医療の不足から苦しむことや亡くなることは、悪いことである。
前提2:もしあなたが何か悪いことが生じるのを防ぐことができ、しかもほぼ同じくらい重要ななにかを犠牲にすることなくそうすることができるのであれば、そのように行動しないことは間違っている。
前提3:あなたは援助団体に寄付することで、食料、住居、医療の不足からの苦しみや死を防ぐことができ、しかも同じくらい重要ななにかを犠牲にすることもない。
結論:したがって、援助団体に寄付をしなければ、あなたは間違ったことをしている。
みなさんはこのシンガーの論証に説得させられるでしょうか。これから数回に分けて、浅野幸治さんにシンガーの援助義務論を詳細に分析していただきます。ぜひ浅野さんの分析を読みながら、遠く離れた地域の貧困を救助しなくてはならない理由を一緒に考えていただければと思います。
3.池田隼人「プラトンの「イデア論」 理想主義と哲人政治――高校倫理から学びなおす哲学的素養(6)」
みなさんがある共同体の一員だとします。さてみなさんは、その共同体の意思決定は「真理」に基づくべきだと思いますか。それとも、メンバーの「意志」に基づくべきだと思いますか。もし「真理」に基づくべきだと考えるなら、ではその「真理」をいったい誰が発見できますか。また、「真理」を発見したという人間(エリート)を信じることができますか。あるいは、メンバーの「意志」によって共同体の決定がなされるべきだとするならば、その「意志」に全幅の信頼をもって共同体の未来を託せますか。池田隼人さんの連載、今回のテーマはプラトンのイデア論と哲人政治です。プラトンの思索の前提には、ソクラテスを死に追いやった「大衆による多数決の政治」、つまりは民主政治があります。現在、目前で展開しているコロナをめぐる「政治」も、プラトンの『国家』を通して観察すれば、また違った見方ができるかと思います。
4.大賀祐樹「リベラルな価値への信仰の影と光」
リベラルに対立する人々の目には、リベラルな価値はひとつの宗教のように映っているのだと思います。とくにSNSで日々、闘っているリベラル(とされる)人々の姿は、人によっては「狂信的」なものを感じさせるものでしょう。少なくない人が『暗黒の啓蒙書』のモ・ランドの主張にうなずくことでしょう。進歩主義的で民主主義的、平等主義的な「普遍主義」は、現代において宗教的な教義として信仰されているのであって、その信仰に対して疑問を抱くことは「政治的不正さ(ポリティカル・インコレクトネス)」とされてしまう。そして、かつての異端と同じ扱いを受けてしまうだろう。しかしリベラルがそのような教条主義的な精神の持ち主であってはもちろんいけないわけです。ではどうすれば、リベラルは気高く寛大であるという自己認識に近づくことができるのでしょうか。そのためには、大賀祐樹さんが論じるように、リベラルは自らが奉じる諸価値を絶対的なものとするのでなく、それらかがなぜ追及するに値するのかと、つねに問い続けていく必要があるのでないでしょうか。
5.伊藤隆太「理性と啓蒙を通じた平和と繁栄――進化的リベラリズム試論(4)」
リベラルがその教条性から脱却するためのひとつの道筋は、科学に開かれたかたちでリベラリズムを再構築することにあると思います。伊藤隆太さんが構想する「進化的リベラリズム」、いよいよ既存の人文社会科学の陥穽はどこにあったのかを検討していきます。その淵源である3人の思想家、ジョン・ロック、ジャン・ジャック・ルソー、そしてルネ・デカルトのうち、今回はロックの思想が検討されます。ロックのブランク・スレート説、つまり人間は本来「白紙」の状態で生まれてくるという説は、近代の民主主義を思想的に準備するとともに、アカデミアにおける人文社会科学のメタ理論的な基盤、すなわち「標準社会科学モデル」ともなってきました。このような発想がさまざまな実践を招くのは明らかですが、しかし、科学的にみて誤っているこのような発想に基づいたがために、筋の悪い実践を許容してしまったのもいまとなっては明白です。伊藤さんの分析に耳を傾けましょう。
6.近藤重人「サウジアラビアの対米中露日関係――各国との協力度合いの分野別分析」
中東政治は複雑で、部外者にはその基本的な構図を押さえるのも一苦労です。域内政治で重要となるのはサウジアラビアとイランの動向でしょう。そして、そこに域外の大国がどう絡んでくるかが重要になってきます。近年、中国が経済的に台頭するとともに、ロシアのプレゼンスも上がってきたのを見て、米国のプレゼンスの低下を主張する論も多いですが、はたしてそれは本当でしょうか。本記事では近藤重人さんが、いくつかの分野に分けて、現在、サウジアラビアがアメリカ、中国、ロシアとどのような関係にあるのかを、詳細に分析します。
次号は8月15日配信となります。お楽しみに!
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