〇はじめに

いつもαシノドスをお読みいただきありがとうございます。編集長の芹沢一也です。今号のラインナップをご紹介します。

1.坪光生雄「世俗的な近代と宗教の行方−−「ポスト世俗」の論点」
社会は近代化するとともに世俗化していく、つまり宗教は衰退していく。そして宗教に代わって科学がヘゲモニーを握り、宗教は公的な機能を失って、あくまで私事のひとつとなっていく。このような確信が、ウェーバーやデュルケムといった偉大な社会学者の理論の根底にありましたし、またわたしたち近代社会に生きる者たちの日常的な常識をかたちづくっています。しかし、はたして宗教は乗り越えられた過去にすぎないのでしょうか。少し目を凝らせば、事態はそれほど単純ではないことはすぐにわかります。むしろ、宗教との関りを考えねばならない場面が、いや増しているのが現状でしょう。「ポスト世俗」とも称される時代にあって、わたしたちは宗教をどう捉えればよいのか。坪光生雄さんが考察します。

2.中囿桐代「シングルマザーの貧困を労働から考える」
日本社会が何よりもまず解決しなければならないのは、シングルマザーの貧困だとぼくは確信しています。この問題はあまたの要因が絡まりつつ、それらが相互に強化し合いながら構造化されている、日本社会の宿痾が凝集されているような問題です。この問題の重要なポイントは、多くのシングルマザーは「働いても貧困」の状態におかれている、ということです。一体それはなぜなのか。その背後には、シングルマザーのみならず、家事や育児を担当する労働者を、正社員から排除しようとする論理に貫かれた日本の労働社会があります。中囿桐代さんの分析をお読みください。

3.西角純志「正義の女神が裁くもの――『相模原障害者殺傷事件』をめぐって」
西角純志さんが『相模原障害者殺傷事件』を上梓しました。西角さんは、かつて4年間、植松被告が事件を起こした施設に勤務した経験があり、かつ、ドイツ語圏を中心とする社会思想史の研究者でもあるというユニークな経歴の持ち主です。そして、実際に植松被告と面会し、カフカの『掟の門』を読んでもらい、感想を語ってもらうことで、植松被告と「法」との関りを解明しようとしました。その成果が本書です。西角さんは「この事件は、障害者施設に対する不満、社会に対する復讐や怨恨によるものではない」といいます。では、いったい何が植松被告を突き動かしたのでしょうか?

4.池田隼人「アリストテレス哲学の基礎構造 「イデア論」の超克としての現実主義――高校倫理から学びなおす哲学的素養(7)」
今回、池田さんが取り上げるのは前回のプラトンにつづいて、プラトンの弟子であるアリストテレスです。バチカン宮殿でラファエロの『アテネの学堂』を見ることができますが、そこではプラトンが宙に向けて指を突き上げているのに対して、アリストテレスは地面に向けて指を指しています。天上界のイデアから物事を考えたプラトンと、目の前の事物から物事を考えたアリストテレスの対比が、そこに鮮やかに描き出されています。それでは、アリストテレスの「現実主義」とはどのようなものだったのでしょうか?池田さんの解説をお読みください。

5.浅野幸治「P.シンガーの援助義務論(2)」
P.シンガーの援助義務論、2回目です。今回、シンガーの議論をめぐって取り上げられる争点はふたつ、(1)自分と自分が救う相手とが距離的に近いか遠いかは関係がないということと、(2)相手を救うことができる人が私1人であるのか他にも大勢いるのかも関係ないということ、です。みなさんは、遠い国で貧困に喘ぎ生命の危機にある人々を、自らの財を使ってでも率先して助けるべきだと考えますか?ぜひ、記事を読む前に、この問いを自問してみてください。この文章を書いているときに、ちょうどある有名人が生活保護受給者やホームレスの人々は社会に必要ないという発言をしました。基本的人権の何たるかをまったく理解していないたわ言ですが、しかし、わたしたちは「困難にある人たちに手を差し伸べる」という想像力を、はたしてどこまで羽ばたかせることができるのでしょうか?

6.平井和也「台湾情勢安定の重要性を強調する最新の防衛白書」
2021年度の防衛白書において、中国の台湾周辺での軍事活動が取り上げられ、「台湾情勢の安定が日本の安全保障にとって重要だ」と初めて明記され、注目が集まりました。そこで今回は、平井和也さんに、最新の防衛白書の発表について、海外メディアがどう報じたかをまとめていただきました。記事中、ナショナル・インタレストが、日本の強力な防衛に対する姿勢は米国との共同武器開発の取り組みを反映していると報じつつ、憲法9条改正の可能性に言及していますが、台湾をはさんだ米中のにらみ合いがどのような波及効果をもつか今後も注する必要がありますね。

次号は9月15日配信となります。お楽しみに!