〇はじめに
いつもαシノドスをお読みいただきありがとうございます。シノドスの芹沢一也です。Vol.277をお送りいたします。
最初の記事は「学びなおしの5冊」。坂口緑さんの「生涯学習論にたどり着くまで──人はいかにして市民になるのか」です。市民という言葉を耳にすると、いろいろな思いが去来します。日本人はまだ市民になれていないというものから、市民というと政府に文句ばかり言っている人、というものまで。けれども、どのような立場に立つのであれ、健全な市民なくして社会がうまくまわらないのは確かではないでしょうか。では、人はいかにして市民になるのか?
ジョージ・フロイド殺害事件をきっかけに、瞬く間に全米各地で黒人差別に抗議するデモが繰り広げられ、さらには世界各地で黒人差別や奴隷貿易に関わったとされる歴史上の人物の銅像が破壊・撤去される事態へと発展しました。日本に住むわれわれにとって、この出来事の背景にある歴史や構造を理解するのは難しいことです。そこで平井和也さんに、アメリカにおける人種差別問題について、世界のメディアや研究機関が論じた内容をまとめていただきました。「ジョージ・フロイド殺害事件から考える米国の人種差別問題」です。
2019年に世界経済フォーラムが発表したジェンダー・ギャップ指数によると、日本は153カ国中121位という結果で、過去最低の順位を記録しました。その要因としてあげられるのが、政治と経済分野において女性リーダーが少ないことです。しかし世界を見渡すと、政治にも経済にも女性登用が積極的に進められています。そうした組織の方が、より優れた判断をし、その結果、「生き残れる」からです。日本でも政策的に女性登用を促す必要がある。野村浩子さんの「日本の女性リーダーたち」を読めば、このことがよく理解できると思います。
世界各地で発生したテロを契機に、ムスリムに関する書籍や記事は飛躍的に増えました。そうした文章を読んでいると、西洋諸国の自由民主主義的な近代社会とムスリムは、本質的に相いれないかのように思われます。しかし、本当にそうなのでしょうか? イスラムフャビアや反イスラーム思想が環境の一部となっている、イギリスの若者ムスリムのアイデンティティ構築を研究している安達智史さん議論を知れば、そうした二項対立的な見方が浅薄だということがわかるでしょう。「「特殊」を通じて「普遍」を実現する現代イギリスの若者ムスリム」です。
良く知られているように、カントは人を道具として扱ってはならないと言いました。この言明は、哲学的にち密に練られたものですが、直感的にもうなずけます。たとえ結果がよいとしても、それが他人を道具として利用した結果であれば、手放しで喜べないというのが自然な感情でしょう。では、われわれがそのように考えるとき、一体脳のどのような部分がそう考えさせているのでしょうか? 太田紘史さんの「道徳脳の科学と哲学」を読むと、「道徳脳の探求」は、これまでの哲学の読解を一変させるような可能性を持つ、きわめてスリリングな営みだということがわかると思います。
最後は石川正義さんの「「少女たちは存在しない」のか?──現代日本「動物」文学案内(2)」です。かつては日本語の小説をむさぼるように読んだことがあります。最近はだいぶ疎遠になりました。そんなわたしや、みなさんにとって、本連載はよいガイド役になってくれると思います。「あるとき、「おじさん」の目になぜか少女たちの存在がまったく映らなくなり、やがて少女たちは「おじさん」から遠く離れた土地で暮らすようになる」。松田青子さんの長篇小説『持続可能な魂の利用』、ぜひ読んでみたいですね! 石川さんの解釈とともに、小説も手に取ってもらえると嬉しいです。
次号は8月15日配信です。お楽しみに!
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