地政学レジスタンス。始めます。|THE STANDARD JOURNAL 2
おくやま です。
さて、突然ですが新刊、
しかも自著を出そうとあらためて決心しまして、
とりあえず「まえがき」の部分を書いてみましたので
それを先に公開しておきます。
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はじめに
日本では「地政学」というキーワードが再び世間を賑わせている。
突然矛盾するようなことを書いてしまうが、
本書を書いている著者は、
個人的にはこの言葉が流行してしまうような時代を、
あまり喜ばしい時代だとは考えていない。
なぜなら「地政学」という言葉から連想されるイメージは、
帝国主義的なものだったり、戦争であったり、
国家同士の権力争いという、
われわれが好む「平和」というキワードから連想されるものと
正反対の雰囲気を醸しだしているからだ。
その一例が、近年メディアでよく出てくる「地政学的リスク」という言葉だ。
これは2000年代初頭に当時のアメリカの連邦準備銀行総裁を務めていた
アラン・グリーンスパンという人物が、公式の場での会見で
金融政策についての下手な言質をとられないために、
曖昧なキーワードとして使ったものである。
その意味は、どうやら「特定地域、
とりわけ中東などにおける安全保障問題が、
商品・株式・金融などの市場に与えるショックの危険性」
というものらしく、実際にそれ以降は、
日本でもそのような文脈で広まって使われていることは、
これをお読みのみなさんもご存知かもしれない。
いずれにせよ、「地政学」という言葉は
ポジティブなイメージで使われるものではなく、
その前提として、国際政治における政情不安や資源問題、領土紛争、
そして戦争などと関連のあるような言葉のニュアンスが感じられている。
また、複雑な国際情勢を説明する際にこのキーワードを使うことによって、
相手に対して何かを納得した気にさせるという効用をもっていることも否定できない。
いいかえれば、これはいわば「バズ・ワード」であり、
「地政学」という言葉の中には、何か怪しげながら、
しかし妙な説得力を持つものであるという感覚があるのだ。
この地政学について、現在の日本では「第三次地政学ブーム」
とでもいうべき現象が起こっている
(ちなみに第一次は戦前、第二次は八〇年代初頭)。
たとえば実際の書店の店頭に平積みされているものや、
ネット書店で「地政学」という言葉を検索してみればすぐおわかりになるように、
この言葉を冠したタイトルの本はここ数年で大量に出版されているし、
大手の経済紙や雜誌などでも「地政学」を冠した特集号が組まれることが多くなった。
ではいざこの「地政学」という
学問らしきものに興味を持って「勉強したい」と感じた人がいたとしても、
果たしてそれを体系的に学べるかというと、それは大いに疑問である。
たしかに「地政学の入門書」というニュアンスの本は多いが、
いずれも地政学の位置づけについての概略や、
その応用についての説明が満足になされておらず、
かなり極端な使われ方をしているものばかりである
(これには残念ながら私が書いたものも含まれる)。
本書を執筆している著者は、カナダで地理学を専攻し、
イギリスで戦略学の一派である
「古典地政学」で博士号を取得した経験を持つものだ。
この分野に関しては十数年文献を読み込んできたし、
その関連書籍のいくつかを翻訳して出版してきた。
そういう意味で、いわゆる「地政学」については、
とりあえず世間一般の人々よりも、
多少は知識を持っているはずだと思っている人間の一人である。
しかし同時に、この「地政学」という言葉がいかに怪しいものであり、
誤用・誤解される危険性を常に抱えており、
さらには極端なイデオロギー的主張に使われやすい
という大きなリスクをもっていることも、
ここ十数年で痛いほど思い知らせれてきたことも事実だ。
よって本書では、私なりの「地政学」についての理解を、
これまでのささやかな研究経験を踏まえて、
いわば地政学の入門書の決定版を目指して書いたつもりだ。
もちろん日本で出版されている入門書としては、
たとえば1984年に出版された
故曽村保信氏の『地政学入門』(中公新書)があるし、
後で詳しく説明するが、私が研究してきたものとは別系統の
地政学の教科書(たとえばこれ)もいくつか翻訳されている。
そういった意味で、私がここで
あえて本書を書く意義がどこまであるのかと問われれば、
「ある」と答えられるだけの強い自信が
私の中に確固として存在するわけではないが、
それでも私が個人的に研究してきた「地政学」(の一派)の考え方やその伝統は、
日本においても正しく理解されているとは思えないという問題意識がある。
ただし正直なところ、私はもう十数年も地政学を勉強してきたので、
この分野の研究に飽々しているところも自分の中にある。
しかしどうも日本の中における「地政学」の理解があやふやであり、
この言葉が(私の目から見て)かなり勝手に使われているのを見るにつけ、
私がそれらの位置づけを明確化しておかなければならないのでは、
と最近つとに強く感じるようになった。これが、本書執筆の主な動機である。
また、前述した極めて優れた故曽村氏の『地政学入門』は、
当然ながら内容がかなり時代遅れになっているので、
このアップデート版を私が出したいという思いもあった。
私自身も2004年に若気の至りで『地政学』という本を出させていただいたが、
その後の改訂版や、自分の研究成果をまとめて発表する機会が
あまりなかったことを後悔していた部分もある。
そういう意味で、この本は私なりの地政学の研究に一区切りをつけるため、
という位置づけにもなるのかもしれない。
かなり勝手なことを書き連ねてきたが、
本書が日本で「地政学」というキーワードが気になった人々にとって、
何らかの参考になればと思い、あえて筆をとった次第である。
(おくやま)
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