おくやまです。
引き続きウクライナ情勢について書きます。 先週の日曜日(日本時間では月曜日未明)に クリミア自治共和国ではロシアへの帰属を決める国民投票が行われまして、 即日開票されました。 みなさんもご存知の通り、以下のような結果でした。 --- (ニュース) 3月16日(ブルームバーグ): ウクライナ南部のクリミア自治共和国で16日実施された ロシアへの編入の賛否を問う住民投票では、編入支持が95.5%に上った。 選挙管理委員会が暫定開票結果を発表した。 米国と欧州連合(EU)はロシアに対し、クリミアの編入を行わないよう警告。 冷戦終結後で最も緊迫した外交的にらみ合いが続く中、 対ロシア追加制裁の発動が近づいている。 選挙管理委によると、投票率は82.7%だった。 ウクライナ政府とEU、米国はいずれも 今回の住民投票は違法との認識を示している。 --- ※ ちなみに同じ時期、3月9日に北朝鮮で行われた 最高人民会議の選挙での得票率はほぼ100%だったので(苦笑)、 今回のほうがまだ「民主的」だといえるのかも。 (http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYEA2A06W20140311) さて、これでクリミアは無事(?)にロシアに「復帰」することになったわけですが、 これは、私がの前回、前々回とお話してきた 「バランス・オブ・パワー」の観点からの分析と話が違いませんか? という疑問が出てきます。 ここで復習しておきますが、前回まで私はクリミア国内の人種構成に 以下のようなパワーの序列があることを述べておきました。 1,ロシア系 2,ウクライナ系 3,タタール人 そしてこの序列をめぐって、 ●「1位」のロシア系がタタール人を取り込んで「2位」のウクライナ系を抑えこみたい、 ●「2位」のウクライナ系は(西側メディアと共に) 「3位」のタタール人を取り込んで「1位」ロシア系を牽制したい というメカニズムが働いていると分析しました。 ところが選挙の結果を見てみると、「1位」のロシア系(とロシア政府)の圧勝。 そうなると、 「おいおいなんだよ、おくやま! クリミアの人種間には”バランス”なんか存在しねーじゃねぇか!」 とツッコまれても仕方ない状況だといえますが、 これにはいくつかそうなった理由があります。 そこで今回は、 なぜクリミアの選挙でロシア系の票が圧倒的であったのか? を、ごく単純ですが、 「リアリズム」および 「地政学」系の理論から分析してみたいと思います。 -:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:- クリミアでロシアが圧倒的に勝利した理由ですが、 今回はシンプルに、あえて1つだけ挙げてみたいと思います。 それは「地理」です。 「いきなり地理と言われても、なんだか曖昧だな・・・」 と感じる方もいらっしゃるでしょう。 そこで、もっと具体的に数値化しやすい要素として表すと これは「距離」ということになります。 「ハァ、距離って、つまり遠い/近いという意味の距離?」 と感じるかたは鋭い、その通りです。 この「距離」(=地理)というものが、 今回のクリミアの選挙の結果においては 大きなウェートを占めるのです。 ちょっと専門的な話になりますが、イギリス出身の経済学者に、 ケネス・ボールディング(Kenneth E. Bowlding) という人がおります。 この人は経済以外にも多方面で学際的な活躍をしており、 日本でも教えていたことがあるためにいくつか訳書が出ているのですが、 彼の著書の中に『紛争の一般理論』(http://goo.gl/4mRXu0) という本があります。 ここでボールディングは「強度喪失勾配の法則」という理論を提唱してます。 「強度???喪失???・・・なんだか難しいこと書き始めたな、おくやまは・・・」 と警戒している人もいるかもしれませんが、心配ご無用。 なぜならボールディングがこの理論で言わんとしているのは、 「国力や軍事力って、活動する場所が遠ければ遠いほど、 その威力を発揮できなくなるよね」 という、言われてみれば誰でもわかる、とっても単純なこと。 ボールディングはこの単純な理屈を、簡単な数式を使いながら、 「同じ規模の部隊があったとしたら、 その戦場までの距離が遠いほうの国の部隊のほうが、 兵站や後方に使われる人間が多くなるため、 実際の戦闘のために避ける人員の数が減ってしまう」 と言っております。 具体的な例でいえば、 ロシアとアメリカが同じ規模の兵数を揃えていたとして、 いざウクライナで軍事介入を行おうとしたとしても、 ロシアのほうが距離的にその現場に圧倒的に近いため、 兵站作業に従事する人員の数は圧倒的に少なくなり、 戦闘員をより多く確保できます。 その反対に、アメリカはそこまで物資を運んだりしなければいけませんから、 兵站に従事する人間の数はもっと多く必要になり、 結果として戦闘員に割ける人間の数は少なくなります。 そうなると、現地で「いざ戦闘!」となったときに、 両軍が同じ1000人を抱えていたとしても、 実際に戦闘で使える人間の割合は、 距離の近いロシアのほうが圧倒的に多いことになります。 ものすごく単純かもしれませんが、 これを無理やり数値化した形で仮定してみますと、 ロシア:兵站200人、戦闘員800人 アメリカ:兵站800人、戦闘員200人 ということになって、ウクライナという場所においては、 ロシアが「戦闘力」では圧倒的に有利、 ということになります。 そしてロシアとアメリカの戦闘力(つまりパワー)の違いを決めているのが、 「距離」(ディスタンス)という「地理」的な要因なわけです。 実は、これについては孫子も似たようなことを申しておりまして、 古典の『兵法』の中で、 「遠いところで長期戦やると、国が傾くぜ」 と書いております。具体的には ● 国の師に貧なる者は、遠師にして遠く輸[いた]せばなり :国家が軍隊のために貧しくなる原因は、 遠征軍に遠くまで補給物資を輸送するからである と書いておりますが、これは兵站だけではなく、 「距離」と「国力」(パワー)の間に密接な関係がある ということについて指摘しているわけです。 -:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:- さて、ここまでの話を聞かれて、 「で?これが今回のクリミアの選挙とどう関係があるの??」 といぶかしがっている方、おりますね? 私がここで指摘したいのは、 「距離的に近いロシアのほうが、影響力を発揮しやすい」 という、当たり前ですが、実は軽視されたり、 無視されやすい事実のこと。 大きく言えば、「距離」という問題は、 上記のような「戦闘力」だけでなく、 「政治的な影響力」にも密接につながってきます。 つまり、 距離が近いほうが自国の影響力を発揮しやすく、 距離が遠いほうが影響力を発揮しにくい。 ということです。 もちろん、世界政治における絶対的な「パワー」という観点からみれば、 たしかにウクライナ系の背後にいる、 アメリカをはじめとする欧米勢力のほうが上かもれません。 ところが、クリミアはロシアのすぐそばにありますし、 欧米側は、自分たちからあまりにも距離が離れている場所では、 その影響力を発揮できません。 そうなると、クリミアにたいするロシアの影響力は圧倒的。 「2位」ウクライナ側がいかに工作をしようとしても、 「1位」のロシア側のパワーにふっとばされてしまいます。 結果として、クリミアのロシア系は、 「距離」という「地理的な要素」のおかげで圧倒的な勝利を収めた、 ということも言えるわけです。 もちろんこのような「地理」の要素以外にも、 プーチン大統領の意志(気概?)や、文化的・イデオロギー的、 そして歴史的な背景などがあるのは確実であり、 このような要素を強調した分析は、 日本国内の専門家の方々の優れた分析が多くあります。 ただし私達が済む東アジアは、非常に不安定な情勢下にあり、 その大きな原因には、「地理」的な要因があります。 この「地理」から逃れることはできない私達日本人にとって、 今回のウクライナ情勢は多くの示唆を与えてくれているのです。 「地理」、そして「地政学」を われわれは決して無視するわけには行かないのです。 ( おくやま )
コメント
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すると親ロシア大統領を追い出す前は、
EU + ウクライナ > ロシア
だったのが
クリミア半島では親ロシアが勝つのが目にみえてるから、逆らっていると後が怖いからというのもあるのでしょうか。
ところで http://news-net.ddo.jp/cgi-bin/estseek.cgi?phrase=%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%81%E6%B5%B7%E5%B3%A1+%E3%83%88%E3%82%A5%E3%82%BA%E3%83%A9%E5%B3%B6&perpage=100&attr=&order=_date_&clip=-1&navi=0 とかは、今回の騒乱の原因を作ったような気がします。
また、もっと前に話が出てた
http://news-net.ddo.jp/cgi-bin/estseek.cgi?phrase=%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%8F%E3%82%B8%E3%82%A2+%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2+%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E5%9F%BA%
E5%9C%B0&perpage=100&attr=&order=_date_&clip=-1&navi=0
やモルドバ、ドニエストルの事を考えると、どこかでロシアを止めないと大変なことになると思います。
昔はアメリカが空母を2隻出せばどこも黙るなーと思っていたのですが今回はそうは行きませんかね。、