内田篤人と長友佑都 決して交わらない天使と悪魔
鹿島アントラーズ史上初の高卒ルーキー開幕スタメン、同クラブでの3連覇、北京オリンピック出場、南アフリカワールドカップ代表メンバー選出、ブンデスリーグ、シャルケ04移籍、23歳でのチャンピオンズリーグ日本人初のベスト4進出など、内田篤人の偉業を上げればきりがない。
それに比べ遜色がないのが、サッカー日本代表、左サイドバックの長友佑都だ。2005年に明治大学でサイドバックに転向してから、FC東京入団、北京オリンピック出場、ワールドカップ出場、イタリアセリエAのチェゼーナ移籍、名門クラブ、インテル入団までわずか5年でキャリアアップした。
日本を代表する両サイドバックは、輝かしい地位を確立しているが、辿りつくまでの歩みは全く異なる。
内田篤人は、幸運に恵まれサッカー選手なら誰もがうらやむ進路を突き進んできた。高校受験制度の変更、U―16日本代表早生まれセレクションのスタート、当時のU―16日本代表のサイド選手不足、当時の鹿島、新任のパウロ・アウトゥリ監督の新人起用、名良橋晃のケガなどの条件が奇跡的に内田篤人のキャリアを押し上げたのだ。
内田篤人が所属していた函南中学校は県大会1回戦レベルのチームで、3年時に至っては地区予選で敗退し県大会にすら出場できなかった。それにもかかわらず、受験制度の変更でみごと、強豪高校である清水東高校にスポーツ推薦で入学することができた。ここからは、年代別の日本代表、Jリーグ、オリンピック、ワールドカップ、ブンデスリーガ―と超一流のエリート街道を突き進んだ。
それに比べ、長友佑都は12歳の時には、愛媛FCジュニアユースのセレクションに合格することはできず、中学に入ってからは不良のまねごとをし、中学2年の秋まではサッカーに打ち込むことすらできなかった。高校も強豪校である東福岡にスポーツ推薦ではなく一般入試で入学した。一般入試にもかかわらず、持ち前のガッツで、100人程の新入部生の中でも走力トレーニングではトップでゴールする、朝、晩に自主トレなど、アピールを続けスタメンに選ばれるようになった。
強豪校でスタメンを獲得しながらも、小柄な体格もあり、大学のスポーツ推薦にはひっかからなかった。努力を惜しまない長友佑都は、厳しい練習と同時に勉強にも励み、みごと明治大学政治経済学部に指定校推薦で入学することができた。ジュニアユースには不合格、高校、大学でもスポーツ推薦ではなく勉強で合格を勝ち取ったのだ。
大学に入っても、ヘルニアを患い、スタンドで太鼓係をするなど決して順調ではなかった。しかし、ヘルニアを克服してからは、年代別代表、在学中にFC東京入団、北京オリンピック、南アフリカワールドカップ出場、イタリアセリエA、チェゼーナ移籍、名門クラブ、インテル入団と栄光の階段を駆け足で上がり始めた。
サッカー日本代表のサイドバックで世界トップリーグで活躍するという偉業を成し遂げた二人だが、辿ってきた道は正反対と言っても良いだろう。高校からスポーツ推薦で入学し、奇跡的な運の巡り合わせでキャリアを築いた内田篤人。大学さえも、スポーツ推薦ではなく一般入学だった長友佑都。キャリア、外見、フィジカル、性格、プレイスタイルなども対極に位置する。
内田篤人は176センチ、62キロ、アマゾン2013年カレンダー売上ランキングでAKB48に次ぐ2位と女性に圧倒的な人気を誇る、痩身のイケメンだ。かたや、長友佑都は171センチ、68キロ、体脂肪5%と小柄だが、無駄なぜい肉のない筋肉の塊の様な体だ。
内田篤人は、見た目のイケメンぶりや寡黙だが素直で前向きな姿勢が人の目を引き、選ばれる立場だった。長友佑都は華麗なテクニックがなく小柄なことから、なかなか注目をあびることはなかった。そこで、自分のストロングポイントをひたすら磨きアピールしてきた。
長友佑都の最大のストロングポイントは、スピードと持久力だ。通常、スピードがある選手は持久力が乏しく、持久力がある選手はスピードに欠けると言われている。瞬間的に最大の力を発揮できる速筋が多いとスピードが速く、遅筋が多いと持久力に有利だからだ。ハンマー投げ金メダリストの室伏広治は速筋に恵まれ、100メートルを10秒台で走ることが可能だが、中長距離はまったくの苦手だ。
この相反する能力を兼ね備えた稀な選手だからこそ、世界トップクラスのインテルで活躍できているのだ。もちろん、最初から能力が備わっていた訳ではない。長友の家系には、母方の祖父、その弟に競輪選手、父方の祖父も明治大学出身のラガーマンがいる。スピードやパワーに有利な速筋家系である可能性は高い。従って、持久力に秀でている訳ではないのだ。その証拠に中学2年のマラソン大会のときは、男子100人いたら50番台で文科部の生徒と変わらないくらいの順位だったと自身が語っている。
先天的な持久力を持っていなかった長友佑都だが、絶え間ない努力で駅伝大会の区間賞受賞、校内マラソン大会1位になるまでになった。そして、スピードと持久力を伸ばしながら、次に取り組んだのは筋肉トレーニングだ。170センチと小柄な長友は高校時代にこれ以上身長は伸びないと思い、当たり負けしないように本格的に筋肉トレーニングを始めた。朝5時に起床し、朝食前に自主トレ、放課後は全体練習、その後に自主トレと自分を追い込んでいった。そして、一対一で負けない体をつくりあげたのだ。
テクニックや体格で注目を浴びることのできなかった長友佑都は、スピード、持久力、フィジカルというストロングポイントを磨き、アピールし続けることで、一気にキャリアを駆け上がっていった。
内田篤人は選ばれる立場であったためアピールする必要はなかった。選ばれたポジションでいかに活躍するか、チームのために貢献するかを考え実行していたのだ。シャルケ入団当初はこう語っている。
「どちらかというと、自分を知ってもらうことを重視していた。ウチダはこういうスタイルで、こういうプレイはできるよって。それは普段の生活でもそう。オレはいいヤツだから、静かでいいヤツだから話かけないでって(笑)僕は佑都さんみたいに、がんがん輪に入っていくタイプじゃないからね。なるべく見立たない様にしていた。チームメイトの性格もよく見ていた。コイツは文句言うな、コイツは人のせいにするなって。
(中略)
言葉ができないから、意志疎通の手段としてノートも使った。自分の位置を書いて、ここ私ね、次に味方の位置を書いて、ここユーねって。これが良かったか分からないけど、僕もちょっとはコンタクトとりたいんだなって分かってくれたと思う。最初に感じていた違和感も、試合をこなしたり、練習を重ねていくうちに、だんだんイメージ通りになっていった。のんびりやっていこう、と思ったのがよかったんだろうね」
チームメイトや監督にアピールするのではなく、一歩引いたところからチーム全体を客観視し、チームのために何が貢献できるかを考え、実直に実行していたのだ。ここまで、目立たないように、アピールしない選手は外国リーグでは珍しいのではないだろうか。しかし、自分中心に考える訳ではなく、チーム全体の最適化に重きを置くと言う、姿勢は目に見えない大きな差別化につながるのだ。
内田篤人が出場している試合で、右サイドの攻防では9割近い勝率があるというデータがあった。世界屈指の選手、ファルファンがいたので右サイドが強いのは疑問の余地はないが、内田篤人が出場していない試合では勝率がぐっとさがるのだ。得点やアシストなどの目に見える結果は残していないが、チームの勝利に貢献するプレイを行っているのである。
まさに縁の下の力持ちを実行し、チームでの地位を確立しているのだ。存在をアピールするのではなく、存在を消してチームの状態を敏感に察知し勝利に集中するという非常に繊細なプレイスタイルだと言えるだろう。
長友佑都は、正反対と言えるだろう。目に見える華麗なテクニックや体格に恵まれなかったため、ストロングポイントを磨き、アピールし続けることでようやく日の目を見ることができるのだ。
インテル入団後は、チームメイトとのコミュニケーションでもアピールする能力を遺憾なく発揮している。
「昔から僕は、ばかな真似をして人を笑わせることが多かったほうだけど、イタリアに来てから、そしてインテルに入ってからは、それまで以上に過激なバカになっている気がする。
なぜかといえば、そうしてみんなに笑ってもらったりすることで、できるだけ早くチームメイトに馴染んでいかないと、自分のサッカーをすることができなくなるからだ。シーズン途中での移籍となったインテルの場合はとくにその意識が強かった。サッカー選手の場合、極端にいえば、チームメイトに溶け込まない限りはパスのひとつも、もらえなくなることがある」
そして、長友佑都は「世界一のサイドバックになる」と公言している。高い目標を掲げ、宣言することで自分にプレッシャーをかけ、実現するために何が必要かを考え、惜しみない努力をしているのだろう。小さい頃から、あまり注目されず不遇の時代を過ごした経験をばねにし、常にアピールし続けることで道を切り開いてきた長友佑都らしい大胆な発言だ。
この様に、日本を代表するサイドバックで世界的なクラブで活躍する稀代のサッカー選手の二人だが、キャリア、外見、フィジカル、性格、プレイスタイルは対極だ。剛と静、硬と柔と言えるかもしれない。
偉業を成し遂げるには大きな勝負にでる大胆さと細部まで注意を払う繊細さが必要だ。二人の目に見える部分は長友が大胆で内田は繊細だが、おそらく目には見えないだけで成功に至るまでの過程で両方を兼ね備えてきたのだろう。
悪魔のような大胆さと天使のような繊細さを。
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著者プロフィール
1976年神戸市生まれ 明治大学農学部卒業後、2009年にチャンスメディア株式会社設立。
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