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猫を救った救助隊員が 洗濯ネットを持っていた理由とは!? 文・梅津有希子

2015/10/22 05:00 投稿

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 東北や北関東を中心に、甚大な被害をもたらした9月の記録的豪雨。宮城県大崎市では、洗濯ネットに入った猫を保護した水難救助隊員の写真(朝日新聞デジタル)が瞬く間に拡散され、「猫救助スキルが高い」「よくわかってらっしゃる。ペット救助の訓練もしているのだろうか」などと、ネット上で大きな話題となった。
 ネット上の反応を見ると、猫が洗濯ネットに入っている姿を不思議に思う人も多かったようだが、このような方法で猫を外に連れ出すのは、猫飼いの中では広く知られている方法だ。動物病院でも、多くの猫が洗濯ネットに入れられ、さらにクレートなどに入れて連れられてくる。知らないところに行くことを嫌がり、パニックになってしまう神経質な猫も多く、一瞬のすきをついて逃げ出してしまうこともある。このようなことを防ぐためにも、洗濯ネットは有効なのだ。

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写真提供:朝日新聞社

 愛玩動物飼養管理士である筆者は、この写真を見た瞬間、「この人は猫を飼っているのだろうか」「消防署にも洗濯ネットを常備しているのだろうか」と、大いに気になった。なんと適切な対応なのだろうか。しかも精悍な顔つきで、何と頼もしいのであろう、と。
 この救助員に取材してみたいと思っていたまさにその時、携帯電話が鳴った。画面には「週刊文春編集部」。なんだなんだ、なんの依頼だ! 
 
 電話の主は、週刊文春編集部のIさんだった。
 
 「梅津さん、宮城の洗濯ネット猫ってわかります?」
 「はい。ネットで見てわたしも気になっていました」(なんとタイムリーな!)
 「なぜあの救助員が洗濯ネットを持っていたのか、真相を取材していただけませんか?」
 「よろこんで!」
 
 願ったり叶ったりとはこのことだ。と、よろこんだのはいいものの、一体どこにアポを入れればいいのだ。日頃からペットに関する取材は多数しているものの、水難救助員の取材は初めてだ。あの救助員はどこに所属しているのだろうか。名前もわからず、情報は一切ない。救助員といえば防衛省か? とりあえず電話してみよう。
 
 「防衛省です」
 「すみません、週刊文春でライターをしております梅津と申しますが、宮城県の水害の救助員の方に取材を申し込みたいのですが」
 「防衛省の管轄ではないですね。宮城県になります」
 
 そ、そうだったのか……。救助する人はみんな防衛省だと思っていた……。己の無知を恥じる。これは失礼いたしました。

 というわけで、宮城県庁に電話をかけてみる。

 「宮城県庁です」
 「すみません、週刊文春でライターをしております梅津と申しますが、宮城県の水害の救助員の方に取材を申し込みたいのですが」
 「確認しますのでお待ちください」

 まず災害担当の部署につないでいただき、仙台市消防局に事情を説明してくれることに。その後、救助員は若林消防署河原町分署の消防士、須田拓也さん(31)と判明。本人と連絡を取ることができ、事の顛末を聞きに仙台へと向かった。


洗濯ネットは飼い主から託されたものだった!

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photograph:Tadashi Shirasawa 

 仙台駅から地下鉄で3駅。河原町駅からすぐのところに、河原町分署はあった。須田さんは、「はるばる東京からご苦労様です」と、キリリと出迎えてくださった。さっそく例の洗濯ネット猫の話を振ってみる。

 「洗濯ネットに入った猫を抱えた須田さんの写真が、ネット上で拡散されていたのはご存じでしょうか」
 「はい。いろんな人から『見たよ』といわれてびっくりしました」
 「なぜ洗濯ネットを持っていたのでしょうか」
 「いえ、あれは洗濯ネットに入った猫を、飼い主さんから託されただけなんです。それがあんなに拡散されて、我々も戸惑っているのが正直なところでして……」
   
 なんと! そういうことだったとは……! いや、さすがに消防署が洗濯ネットを常備している訳ではないだろうとは思っていたが……。

 須田さんは、こう続けた。

 「災害時は人命救助が最優先で、あの地域の方たちの救助を一通り終えたタイミングで、猫の飼い主さんから、『家にいる猫を車まで運ぶのを手伝ってくれないか』と頼まれたんです」

 猫を4匹飼っており、ひとりで運ぶことが出来ずに困っているとのことだった。

 「家の中に入ってみると、猫は水害でパニックになっていて、押入れの上に閉じこもって隠れてしまっていました。でも、飼い主さんが洗濯ネットに入れた途端におとなしくなったので、これなら安全に運べると思いました。胸のあたりまで水がきていたので、猫が暴れて落ちてしまったら大変ですので」

 洗濯ネットに入った猫は、見るのも運ぶのもこの時が初体験。実は、須田さんは3日前に子どもが生まれたばかりだという。
 
 「生まれたばかりでバタバタしているときに救助に向かうことになり、さっきまで子どもを抱っこしていたけど、今は猫を抱っこしているなあと思いながら運んでいました。10キロくらいある大き目の猫で、3000グラムの赤ちゃんよりもずっと重かったです(笑)」

 運ぶ途中で猫のお尻が少しだけ水に浸かってしまったものの、洗濯ネットに入っていたおかげで、パニックにならずにおとなしくしてくれていたそう。無事飼い主に猫を引き渡し、任務完了。その後、飼い主は猫をクレートに入れ、避難所へと向かったという。


万が一のために、ペットの備えも万全に 

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 photograph:Tadashi Shirasawa

  猫を飼ったことはないが、もともと動物が大好きだという須田さん。自宅では、ラブラドール・レトリーバーと暮らす愛犬家でもある。

「今回の件で、猫を洗濯ネットに入れることで、万が一の時でも運びやすいということが広く知れ渡ったことは、非常に意義のあることだったのではないかと思います。猫や犬は大切な家族の一員ですので、ぜひ災害時のためにも日頃から備えておいていただければと思います。我が家でも、水害に備えて犬用のライフジャケットを買い、ドッグフードも非常用に用意しています」
 
 日頃から自分の住む地域の防災計画の情報収集も大切だ。
 
 「避難場所を確認しておくほか、万が一に備えてペットの預け先を確保しておく、クレートやケージでおとなしく出来るようトレーニングしておくなど、事前に準備をしておけば安心感も増します。わたしも犬のしつけ教室で、愛犬のトレーニングを重ねました」

 ほかにも、連絡先を書いた迷子札をつける、マイクロチップを入れておくなど、飼い主が今すぐ出来ることはいろいろある。
 
 救助員の立場上、あくまでも優先するのは人命救助。しかし、日頃から飼い主が準備をしておけば、万が一の時にも慌てずに済むはずだ。



<筆者プロフィール>
梅津有希子
ライター、編集者、愛玩動物飼養管理士。1976年北海道生まれ。著書にドラマ化もされた『終電ごはん』(幻冬舎)をはじめ、『吾輩は看板猫である』シリーズ、『商店街のネコ店長』(文藝春秋)、『We are ブサかわねこ』(角川書店)など。11月10日に『吾輩は看板猫である』文庫版(http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167904784)が文春文庫より発売。

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