野田稔・伊藤真の「社会人材学舎」VOL.4 NO.4
コンテンツ
今週のキーワード
「法令遵守から社会的責任へ」
対談VOL.4
藤沢久美氏 vs. 野田稔
やり続けるから、やるべきことがわかる
自分を導くにも、世界をけん引するにも
これから必要なのはDO型のリーダーシップ
第4回 DO型のリーダーシップを世界に向けて発揮しよう!
NPOは社会を変えるか?
第16回 企業活動の活性化を通じて、人が生きやすい社会を創る
――一般社団法人MAKOTO
粋に生きる
5月の主任:「植田直樹・松尾芳憲」 酒ありき肴 与一
第4回 こんな共同経営があってもいいじゃないか
誌上講座
テーマ4 何が究極の楽観主義を生むのだろうか
浜田正幸
第2回 ジョブマッチングほど、難しいものはない
Change the Life“挑戦の軌跡”
クールジャパンで新たなビジネススキームを!
第4回 代理業からプロデュース業へ、代理店から広告会社へ
連載コラム
より良く生きる術
釈 正輪
第16回 仏教が教える「一円相」という世界観
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今週のキーワード
「法令遵守から社会的責任へ」
法令遵守も簡単とは言わないが、それだけでは不十分な時代だ。法令遵守のためにはその背後の意識として、社会的責任という発想を持つ必要がある。これは、プロとして、どの職業でも必要な視点だ。
では、社会的責任とは何だろうか。
それは、社会的要請に応えることで、果たされることが望ましいことを言う。消極的な意味では社会に迷惑をかけないことであり、積極的には社会に利益を与えることを指す。
法令責任と社会的責任を比較してみよう。前者は消極的な行動、義務的行動であるが、後者は積極的な行動であり、権利行使に軸足が移る。法的責任の要件は明確だが、社会的責任の要件は曖昧だ。その代り、法的責任の効果は限定的だが、社会的責任の効果は無限。判断をする者は、前者は裁判所であるが、後者は市場や顧客、社会ということになる。
だから、たとえば「会社のため」「皆がやっている」「業界の常識」といった考え方は捨てる必要がある。社会的責任は上司や同業者、官庁などによって判断されるものではないからだ。
では市場や顧客に迎合すべきかというと、そうではない。市場や社会の動向、顧客の常識の変化を見誤らないことは重要だが、より大切なことは、結局は自らの価値基準を明確にして、徹底することなのだ。
義務ではなく権利。心の底からそう思えたときに、社会的責任は初めて積極的に果たすことができるものではないだろうか。
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対談VOL.4
藤沢久美氏 vs. 野田稔
やり続けるから、やるべきことがわかる
自分を導くにも、世界をけん引するにも
これから必要なのはDO型のリーダーシップ
本誌の特集は、(社)社会人材学舎の代表理事である野田稔、伊藤真をホストとし、毎回多彩なゲストをお招きしてお送りする対談をベースに展開していきます。ゲストとの対談に加え、その方の生き様や、その方が率いる企業の理念などに関する記事を交え、原則として4回(すなわち一月)に分けてご紹介していきます。
今月のゲストは、シンクタンク・ソフィアバンクの藤沢久美代表です。
藤沢さんは、大学を卒業後、国内外の投資運用会社を経て、1996年、日本初の投資信託評価会社を起業、3年後、その会社をスタンダード&プアーズ社に売却し、2000年にシンクタンク・ソフィアバンクの設立に参画。2013年に代表に就任しました。文部科学省参与、金融庁、経済産業省、総務省、国土交通省、内閣府等のなど各省の審議会や委員会など、公職を数多く歴任し、法政大学大学院で客員教授も務めます。
ネットラジオ『藤沢久美の社長Talk』など、長年、日本の中小企業経営者を数多くインタビューしていることも有名です。
今の若手経営者はなぜソーシャルベンチャーに向かうのか、また日本人はグローバルリーダーになり得るのか、二人の議論は尽きません。
第4回 DO型のリーダーシップを世界に向けて発揮しよう!
若者はいつだって
今ないものを求めてハングリーになる
野田 藤沢さんは『社長Talk』というネットラジオの番組をずっとやってこられていて、大変多くの中小企業やベンチャー企業の経営者をインタビューされていますが、何か、最近の特徴というか、経営者像が変わってきたといったようなことはありますか?
藤沢 すごくおもしろい現象があります。最近のベンチャー企業の社長の考え方が、長い歴史を持っている地場の中小企業の社長にすごく似てきたのです。
野田 と言うと?
藤沢 私が起業したころとか、ITベンチャーの時代は、皆、「うまいこと儲けよう」みたいな感じでしたよね。「フェラーリに乗っちゃおう」とか、「お金持ち=ベンチャー」といったイメージを皆持っていて、それがパワーの源だったと思います。ところが、今、上場しているベンチャー企業の経営者は全く違います。
一言で言うと、競争原理を重んじずに、平和を好むのです。これは、何十年間も黒字を続けている一見地味に見える中小企業の社長さんの思考とすごくよく似ていると思います。誰も、株主が大事とは言わない。何よりも従業員一人ひとりが大事だとか、地域で支えてくれている人たちが大事だとか、そういうことを言う人たちが多い。「人がとにかく大事だ」と言う人たちなのです。
野田 なんでそんなふうになってきたのですかね。
藤沢 ベンチャーの人たちと話していてわかったのは、皆、20代~30代なので、生まれてからずっと、「日本は消えていく」「日本はダメになる」といわれてきたわけです。自分たちがこれから生きて行く日本という国がなくなっていく、衰退していくということばかり言われている中で、「じゃあ、どうしたらいいの?」と思って過去を振り返ると、長く続いているものが日本にもあることに気がつくわけです。それが伝統工芸であったり、仏教や神道であったりして、それらをじっくりと探究していくと、皆、人を大事にしていたり、平和を大切にしていたり、縁とか分別とか、分け合うということを大事にしていることに気づくわけです。
「そこからヒントをもらった」と言う人もいます。もう1つ、やっぱり大きな要素は、インターネットや携帯電話、SNSなどです。そういうツールが出てきて、皆、つながっているのが普通になったのですよね。3.11の影響もあると思いますが、そこからつながることの大切さを知って、今では遠隔のコミュニケーションだけでなくて、実際に結構皆、膝を突き合わせて真面目に語り合いますね。実際、私の時代よりも、今の20代~30代の社長さんのほうがよっぽど語り合っているような気がします。腹の底まで、悩み事を語り合うのです。
自分たちのことを振り返ると、「OK、OK」とか、「大丈夫、大丈夫」とかといった感じで、ものすごく表層的だったのかなって思いますね。
野田 私は藤沢さんよりももっと上の世代ですけれども、私たちの前の世代って、いわゆる全共闘世代なのです。この世代の人たちはまさに政治を語り、主義主張を語り……それが不勉強で、情熱と偏見だけなので、かなりひどい内容なのだけど、本人たちは真面目に語っているつもりでした。それを私たちは見ていて、すごく覚めていた。全共闘世代の反動から、私たちは無気力、無関心、無責任の三無主義と言われていました。でも、そうは言っても、まだ前の時代の残照のようなものが残っていて、やっぱり若いときにはそれなりに語り合った記憶はあるのですよ。それが今、大学の先生になってもう、10何年経つのですけれども、この間、大学生を見てきて、一時期本当に語らなくなりました。
藤沢 私たちはその全く語らなくなった世代ですね。
野田 そうか。どうしてだろうと思うくらいに語らなかったですね。確かに、その必要を感じないでいいくらいに豊かであるということは事実だなと思いました。僕らのときはまだ貧しかったから、どうしなければいけないということを語らなくてはいけなかったけど、その時は豊かだった。そういう意味では日本がいろいろな意味でピークだったのでしょうね。(第1回の論点に戻れば)欧米に比べれば新興国としてのピークを迎えていた頃なのだと思います。ところが今はどんと落ちてしまった。次の成熟期に行けるかどうかというときに、きっとまた語る必要が出てきているのかもしれないですね。
藤沢 確かに、そうかもしれないですね。私の親の世代とか先輩の世代は、物質的な欲求と経済的な欲求が満たされていなかったので、ハングリーでした。そこから経済が成長して、そこそこ豊かになったころに私などは大人になったので、ハングリーである必要はないのだけど、物質的、経済的なハングリーの香りを十分に身にまとっているので、最後に踊っていた若者世代なのですけど、今の若者世代は、もう物質も経済も十分豊かな時に大人になった私たちの世代から生まれた子どもたちなので、多分そこに対するハングリーの香りは嗅いだことがない……。
ただ、これは私の持論なのですが、若者というのは常に、その時代にないものに対してハングリーであると思っています。だから、結果として若者は常にハングリーなのですね。だとすると、今の若者は何にハングリーなのかというと、今、世の中にないものにハングリーなので、それが「つながり」だったり、「思いやり」だったり、そういうものにやはり目敏くハングリーになっているのではないでしょうか。
だから、お金ではなく、物欲でもなく、愛とか平和とか、今ないものをすごく強く求める。だから、大人の世代、親の世代から見るとハングリー精神がないと映るのだけど、実は十分にハングリーなのでないかなと思いますね。
野田 そうか、その矛先が違うだけなのですね。
藤沢 そう思います。若者は常に人類の進化を体現する存在なので、常に社会にないものを見出し、追い求める、そうしたものすごく動物的能力を持っていて、その能力が働いて、それを体現しているのが今の若いベンチャー経営者たちだと思うのです。
日本のいいものは世界を幸せにする
日本で完成した仏教のパワーも活かしたい
野田 なぜ今の若者が、いわゆるソーシャルベンチャーのようなものに興味を抱くのか、そこにはそうした理由があるというわけですね。確かに、優秀であればあるほど、そちらの方向に傾倒していく傾向が強いですね。(第1回で紹介した)石川健太君も、星野リゾートで一儲けしようなんて全く思っていなくて、観光を通じて日本再生を考えているのです。さらに彼は、もう少し不遜なことも考えていて、日本のいいものを世界の人たちにわかってもらえると、世界の人たちは平和になるはずだと言うのですよ。
藤沢 全く同感! だから私、一生懸命奈良に通っているのです。
野田 実は、わが家の菩提寺が京都なので、この前も親父と法要に行ってきて、住職と話をしていた中で、キリスト教だとか、イスラム教に対する日本人のお寺さん、僧侶の考え方を聞いて、とってもびっくりしました。彼らはとにかく、そうした異勢力をとてもフラットにとらえているのですね。決して認めているわけではないけど、その存在を許容する。あの何とも言えないあしらい方というのが。すごくおもしろいと思いました。
あのあしらい方というか、いなし方を習得したら、喧嘩は起きないだろうと思います。本気で認めてしまえば、それは軸がぶれただけだと思うのですが、「いや、私の信じているのはこれですから。でも、だからと言って、こちらの存在を否定する必要はないですよね」というような言葉がごく普通に出てくるのです。
藤沢 今年のダボス会議で、前半は下村大臣のお手伝いをさせていたのですが、後半は東大寺の北河原公敬長老(東大寺別当)ご夫妻のお手伝いを少しさせていただきました。ずいぶん、宗教のお話を聞かせてさせていただいたのですが、とにかく海外の人たちが長老に投げ掛ける質問には、「世界の紛争を仏教がいかにして解決できるか」というものが多かったのです。中でも多かったのが、「日中関係を仏教の力で改善できるか」という問いでした。
そうした問いに対しては、長老は鑑真和上の話を出されていました。それは以下のようなものです。
かつて中国が先進国であった時代、日本は中国からの支援を求めていて、繰り返し中国を訪問して、鑑真和上に来日して仏教をはじめとしたさまざまな技術などを教えてほしいとお願いしていました。そこで鑑真和上は、周りの者に、日本に行って指導するように勧めたけれど、船で日本に行くのは命がけの時代、誰もがその決断をしてくれなかったのです。しかし、命がけで中国に来て、来日を求める日本人のことを思い、鑑真和上は自らが日本に赴くことを決意します。ところが鑑真和上の日本への渡航も決して順調ではなく、何度も嵐に遭い、難破、漂流を4度繰り返し、それでも日本からの要請に応えようと、5度目の航行でようやく日本にたどり着くことができたのです。その時、鑑真和上は60歳、すでに両眼を失明してしまっていました。その鑑真和上は日本に仏教を伝え、それに付随する建築などさまざまな技術を伝えてくれたのです。
命がけで日本に来てくれた鑑真和上に、日本人は深く感謝しなくてはならないと思います。
上海万博が行われたとき、鑑真和上像を万博に運び、さらに鑑真和上のゆかりのお寺に里帰りを実現。その寺がある市の市長は、鑑真和上が里帰りする期間、日本に対するネガティブな報道をストップするように依頼したようです。そして、鑑真和上が里帰りした日には、町をあげてのパレードが行われ、長老はじめ、日本の仏教界の人々も大歓迎されました。かつて命をかけて、日中をつないだ鑑真和上やその時代の方々に思いを馳せ、日中の関係を考えてはどうでしょうか。
こうしたお話もすごく印象的でしたし、私はサウジアラビアに時々行くのですが、イスラム教にもとても興味を持つようになりました。子どもの頃はキリスト教の教会の日曜学校に通っていたこともありますが、イスラム教もまた素晴らしい宗教だと思います。
野田 私も洗礼を受けています。だけど、今はすごく仏教に興味があるのです。
藤沢 だから宗教って、最終的に求めているものは客観的に見ると一緒なのだと思うのですよね。そうしたところを、皆で胸襟を開いて語り合えたら素晴らしいと思うのです。
野田 素晴らしいと思いますね。ただそれは、あくまでも日本人の、いい意味での特性ですよね。
藤沢 そうなのです。いい節操のなさですよね。
野田 そうですね。そういう意味では“適当”なわけです。適当になれれば、紛争も起こりにくくなるはずなのですが、そこを世界に向けて喧伝できるだけの力量が我々にはまだないというのが残念に思います。
藤沢 私、昨日もトルコの方を東大寺と大安寺にお連れしたのですが、東大寺の大仏の開眼の日、目を入れた人はインドの僧侶で、その時に舞が奉納されたのですが、それはベトナムの音楽だったそうで、東大寺の前の石畳は日本と中国と朝鮮半島の石で敷かれているわけですよね。あるいは大安寺はシルクロードを通ってきた世界中の人たちが皆、訪れて、そこで勉強した場所だと聞きます。ベトナム人もペルシャ人も、朝鮮人も中国人もインド人も皆、そこで一回勉強をして、それから日本中に散らばって布教をした。飛鳥もそうだといわれますが、言ってみれば大変な国際都市で、そこにいる人たちはコスモポリタンだったのです。異文化の人たちが一緒になって盛り立てていたわけです。そもそも奈良という言葉の意味は、朝鮮の言葉で「国」という意味です。世界中の人たちが国づくりをした土地なのだと思います。
野田 実際にそうだったみたいですね。西暦750年くらいの時代の木簡が出土したのですが、そこに女の子が愚痴を書いていた。どんな愚痴かというと、「うちのお父さんたら嫌になっちゃう。『今日からうちの中の公用語は中国語にする』何て言うの。嫌で、嫌でたまらない」という内容だったのです。
藤沢 おもしろいですね。
野田 その当時、まさにルーツを考えれば、今のアジアの情勢は全く違う角度から見て、お互いに解決できるはずだと思います。
藤沢 そう思います。薬師寺の薬師如来を見ると台座にはトルコの絵が描かれています。
野田 世界地図を90度回転させると弧の形である日本列島が、下世話なたとえで恐縮ですが、パチンコの受け皿のように見える。全部ここに溜まって、どこにも行かない。そして、腐るのではなく発酵して、融合して完成されていった。仏教もそうです。さまざまな技術もそうです。文化もそうです。
藤沢 そう、発酵がすごく大事ですね。
野田 そこで発酵したのが日本文化なのだと、今、文化人類学者に聞くと、だいたいそういう説明をされます。キリスト教もそうですね。だから我々はいろんなものを取り入れざるを得なかったし、逆に言えば、取り入れることができた民族であるわけです。
日本のグローバリズムは
開いて取り入れ、閉じて発酵させる、を繰り返す
藤沢 実は、関西でイベントを考えていて、その中の一つのテーマに発酵を取り上げたらどうかと思っているのですよ。発酵技術は、日本が世界で一番進んでいるのですよね。
野田 いいですね。発酵技術は、日本を救う技術の1つに確実になると思っています。日本には世界中の種酵母を持っている中小企業もあるほどです。日本って、まだまだおもしろい可能性がいっぱいあると思うのです。
藤沢 ありますよね。すごくおもしろい。
野田 それなのに、日本人は何か知らないけれど、グローバルに対して苦手意識を持っていますね。もともとはそうではないと思えるのですが。
藤沢 私もそう思います。むしろ、日本にグローバルの原点があると言いたいほどです。
野田 だって山田長政は江戸時代前期に、現在のタイに日本人町を作ったわけだし、船乗りたちは毎月のようにアラスカに行っていたという話だってあるわけですよ。私たち日本人は、世界中の知恵や技術を受け入れているだけではなくて、海洋国家として大洋に漕ぎ出してもいるわけです。ブラジルへの集団移民も有名な話です。
なのに、なぜ今、これほどまでにグローバルに苦手意識を持ってしまっているのでしょうか。藤沢さんはなぜだと思われますか?
藤沢 思うのですけど、歴史を振り返れば、日本は常に世界、国内、世界、国内と収縮活動をしているような気がするのです。遣隋使や遣唐使の時代には、思いっきり世界に出て行って学んできたけど、平安時代は初期を除いて完全に閉ざされていて、その中で日本文化を醸成してきたわけです。
つまり、そこが日本のユニークなところなのだと思いますが、外からたくさん学ぶのだけど、その後で、必ず発酵期間を持つのですね。発酵して日本独自の菌を生み出すわけです。だけどそのまま行くと、風通しが悪いから、その菌も腐ってしまう。そうするとまた外に出ていって、あるいは外から取り入れて、再びたくさん新しい菌を入れて、それでもう一度、発酵期間を持つ。その時々では、やれ遣唐使だ、やれ今度は鎖国だと、まことしやかにいろいろな政策を打ち出すのですが、歴史の流れはそういうことなのではないかなと思うのです。
ある意味、満州事変や第二次世界大戦も同じです。手段はダメですけど、世界に出ていって、結局、負けてしまったこともあって、また発酵期間に入った。もちろん、明治以降、鎖国はしていないですし、どんどんアメリカナイズもしてきたわけで、1980年代の経済の拡大期なども経験しています。それでも、大きな意味では、長い間、発酵期間だったのではないかなと思えるのですね。
風通しはそこそこあったわけですけど、いよいよ腐り始めてしまった。そこで、文明人類学的な観点で、再び外の菌を入れる時代がやってきた。たとえ話的に言えば、そういうことなのかなと思うのです。
野田 なるほど、すごくおもしろいですね。江戸時代も265年間、発酵させましたね。
藤沢 そうそう、あの時代も発酵期間で、それで明治時代に一気に出て行ったのだと思います。
野田 あの発酵期間がなかったら日本は多分、明治時代に大きな失敗していたと思えますね。
藤沢 日本は発酵王国なのですよ。そう考えると、日本人はそもそも論で言えば、別にグローバリゼーションとか、グローバルに交流することは苦手ではないのだけど、世代で見ると、発酵期間しか生きていないと、わからないということになるのだと思います。
DO型のリーダーシップが
これから世界を変えるスタイルになるかもしれない
野田 そんな日本人が世界のリーダーシップを取ることはできると思いますか。
藤沢 日本流のリーダーシップの取り方がやっぱり合うのでしょうね。それは、ぐいぐい引っ張るリーダーではないと思うのです。サーバントリーダーシップとも違う。独自に発酵していくような姿を見せていく。諸外国の人がそれを見ると、驚き、学ぶと思います。その意味では、日本は引っ張るのではなく、まさにDOをする国なのだと思います。
日本って、人のものや違うやり方を基本的には批判しないじゃないですか、どちらかと言うと、宗教にしても全部受け入れる。いろいろなものは受け入れるのだけど、自分たちが持っているものは守り続ける。そこから発酵が起こって、うまく融合させていくわけですよね。
先ほど野田さんはお坊さんのいなし方のお話をされていましたけど、確かに、日本って他のものを否定しない国だと思います。だから世界に対しても「あれをやっちゃダメ」「これをやっちゃダメ」とは言わなくて、「それもいいんじゃない」「あれもいいんじゃない」「でも、うちはこれ」みたいな国なので、そうした新しいリーダーシップを見せていく国なのだと思いますね。
野田 今までそういうリーダーシップ論を聞いたことがなかったのですが、言ってみれば背中で語るリーダーシップというものがあるのかもしれないですね。
藤沢 私はそうだと思います。欧米の流儀では、自分や自分たちが強くなるために誰かを犠牲にするし、誰かを踏み台にしてしまう。それは移民であったり、少数民族であったりするわけです。
だけど、日本は少なくとも中小企業を見ている限りでは、誰のことも踏み台にしない。もちろん、組織の中にはヒエラルキーがあるのですが、全員のことを大切にしていて、どちらが価値があるとかないとか、そういう尊厳を損なうようなことは一切言わないし、しない。なので、社長であっても、強烈なリーダーシップかというと、そういうわけではない。そうした、日本の歴史の中で長く続いているような企業の経営者がやっているリーダーシップというのが、これから日本が世界に対して示していくリーダーシップの型なのではないかと思います。
それは、すべての人に対して尊厳を持って接するリーダーシップです。それぞれがそれぞれの役割を担えるように、それぞれが持って生まれた能力を開花できるような場を作っていくというのがリーダーシップの役割だと思っていて、続いている中小企業はそれを行ってきたわけです。それをグローバルに展開していく。ただ、何も日本と同じやり方をやれとは言わない。
日本の中小企業のオーナーさんを見ていると、たとえば「アメリカではこうやってタオルを作っているから日本もこうやって作る」などということはしない。「自分はこれが究極のタオルだと思って作っていたら、ヨーロッパからうちには作れないから作ってほしいとオーダーが入る」わけですよね。
野田 DO型のリーダーシップって本当にありそうですね。私が今、藤沢さんの話を聞いていて思い出したのは、トヨタ自動車の世界展開です。やっぱりそうなっているなと思いました。彼らは決して押し付けないのだけど、そっちのほうがいいから皆が従ってしまうというパターンを採ります。できるだけ、現地語を使おうとしているけど、でもアジア、たとえばタイがメイン工場ですけど、そこで会話を聞いていると、3分の1くらい日本語なのですよ。英語もタイ語も交じっているし、ベトナムからの留学生が大量にいるとベトナム語も交じってくる。聞いていてもなんだかよくわからないのだけど、3分の1は日本語だから、何となく文脈が取れる。あの姿を見ていてわかるのは、決して押し付けていない。ただ、日本人がやるのを見ていて、皆がこっちのほうがいいからやってしまうという、ものすごくおもしろいリーダーシップなのです。
藤沢 その根底にあるのは、会社の哲学なのだと思います。トヨタ自動車の仕事をやっていたときにおもしろかったのは、アメリカトヨタの人たちって会議をやるときに、最初のページにトヨタウエイが書いてある。そういう哲学のところを皆、共有していて、その共有がある意味共感になっていて、それが実現するためには改善が必要だし、根回しも必要だということを理解している。皆が「改善」という言葉を覚えて、その中にある哲学みたいなものを共有していたりするのですね。
野田 デンソーという会社で、デンソースピリットのグローバル浸透という仕事を請け負ったことがあります。
デンソーの価値観はトヨタウエイが基本です。たとえばわかりやすい例が「現地現物」ですね。これは「労を惜しまず現地に行き、事実に基づき判断する」という意味なのですが、たとえば身分制度がある国などでは、身分が上の者は現場に行く(=下りる)ことに拒否感を持つことが多いわけです。日本の製造業のように、社長が作業着を着て工場に行くという国のほうが実は珍しいわけです。こうした文化の違いを乗り越えることが必要なわけです。
そこでどういう方法を採ろうかと思って、宗教の布教の仕方を勉強してみようと思い立ったのです。それで結果的に上智大学の神学部長にインタビューできました。
すると驚いたのですが、宗教も、古い時代には非常に上から目線の脅迫的な言動を布教に使っていました。カソリックではいわゆる現世御利益型の布教がもっぱらだったそうです。その御利益とは死後に天国に行けることや、魂の浄化、などではなく、西洋の文明の利器でした。つまり、「キリスト教に回心すれば、この文明の利器を授ける」「儲けさせてやる」というわけです。
当初はそれでうまく行っていたのですが、そのうち、世界中がある程度以上、豊かになってしまい、西洋文明の利器も行き渡ってしまった。そこでカソリックも戦略の転換をしなければいけなくなったそうです。
一言でいうと、「あなたの中にある宝物を一緒に探す」行為です。
「あなたは、すでに神の行いをしています」と言う。たとえば「神は人に隣人を愛せと教えています。あなたにも、隣人を愛した、隣人にやさしくした経験がおありでしょう?」と尋ねて、そのエピソードを聞き出す。「それこそ神の行いです。あなたはすでに神の行いをしているのです。ただ、それを自覚していないから続けられないだけなのです。これからは神の行いを実行しましょう。私と一緒に、あなたの心の中にすでにある宝物を見つけましょう」と布教するそうなのです。
この方法を、デンソーのプロジェクトに応用しようと思いました。まずはバイブルを作りました。創業以来、デンソーに暗黙知として受け継がれてきた価値観・信念を、デンソースピリットとして明文化しました。それを布教するに際して、「あなた方はすでに、現地現物でやっているじゃないですか」と促して、それぞれの国や地域でいくつものエピソードをまず聞き出し、それを多少モディファイして、その国において、さらにはグローバルに発信し始めたのです。どの国にも、デンソースピリットに類することをやっている人間は必ずいました。そのエピソードを広めるのですね。そうすると、発信された本人は非常に喜び、率先して伝道師となってくれます。それで布教活動を広めていきます。この方法はうまく行きました。
これなども、どちらかと言うと相手をまず認めて、しかもいいやり方を示して、本人をその気にさせるという、ぐるっと回るリーダーシップなのですね。
藤沢 そうですね。リーダーシップの定義も変わっていくのかもしれないですね。最近、ASEANの人から相談があるのは、これからASEANが経済成長する中で、欧米諸国がどんどん進出してくるだろう。そうすると欧米型のリーダーシップとか組織におけるマネジメントスタイルを要求されるだろうけど、ASEANの人たちはそういうものに違和感を持っている。そこで、日本と一緒に新しい組織マネジメントやリーダーシップなどを考えていきたいというのです。
野田 すごく大事なことですね。そこを一緒に考える行為もまた、日本の発揮すべきリーダーシップですね。まさにこれからは背中で語るDO型のリーダーシップが求められているような気がしますし、その先に、Feel(共感)があるのだと思います。
最後に、ビジネスパーソンに望むこと、あるいは期待をお願いします。
藤沢 とにかく結果は後からついてくるので、やりたいことをやってください。
そう言うと、やりたいことがわからないと言う人がいっぱいいるのですけど、やらないからわからないのですよ。ちょっとでもやりたいことを片っ端からやっていくと、初めはよくわからないのだけど、ある日、ジグソーパズルのようにそれが絵になっていたという日がやってくるはずです。だから、やりたいことがないと悶々と考えるよりも、とにかくちょっとでも食べたいものがあれば食べ、会いたい人がいれば会い、書きたいものがあれば書き、見たいものがあれば見る。とにかくDOし続ける。動き続けるときっと絵は完成してくると思います。
野田 ありがとうございました。
*次週からはインフォテリア株式会社の平野洋一郎代表取締役/CEOが登場。改めて、ベンチャースピリッツについて考えます。
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NPOは社会を変えるか?
NPO、NGOなど非営利セクターの維持拡大は、今後の日本、そして世界の安定的成長に欠かせないテーマでしょう。しかし、特に日本において、まだまだNPO法人などは不幸なままです。ボランティア活動も重要ですが、長く民間発の社会貢献活動を安定的に継続させるためには、通称、NPO法人といわれる特活法人、あるいは一般社団法人や財団法人などがもっともっと力を発揮しなければいけません。では、その世界とは一体、どのような世界なのか。このコーナーでは、さまざまなNPO法人、一般社団法人、財団法人の理事長や理事、事務局の方々にご登場いただき、非営利セクターの今を見ていこうと思います。
第16回 企業活動の活性化を通じて、
人が生きやすい社会を創る
4回にわたって、一般社団法人MAKOTOについて紹介している。取材に答えていただいたのは、MAKOTOを作った代表理事、竹井智宏氏だ。MAKOTOは、東日本大震災後、荒廃した被災地にいち早く生まれた、起業家を支援するソーシャルインキュベーターと言っていい。支援する対象は、「志」企業であるという。その心は、(社)社会人材学舎の理念にも通じる。最終回は、竹井氏のより深い想いにコンタクトしたいと思う。
次代の日本をリードする
人物、企業が東北から生まれる予感
現在、被災地の失業者は15万人ともいわれる。これを解決するには元の東北への復旧では不十分で、より強い企業、より強い雇用を作り出していくことが必要だ。そして何より、地域の希望を創り出し、人々の尊厳とささやかな幸せを守ることが重要だと、竹井氏は強く訴える。
「私たちはこの東北から次の、言ってみれば日本を背負うような人も出てくるのではないかと期待しています。逆境の中から立ち上がった人は強いですし、考え方がしっかりしている。こういった状況で自分に何ができるのか、しなければいけないかという使命感が強い」
「戦後の焼け野原の中からもソニーやホンダといった、その後日本をけん引する大企業となったベンチャー企業が登場しました。阪神大震災の後には楽天が生まれた。東北からもそういう企業が出るに違いないと確信しています。そういった人たちをいち早くサポートしていきたいのです」
竹井氏は、そのためにも、東北を起業家のパラダイスにしていきたいと考える。起業しやすいとか、成功しやすいというプラットフォームだ。再チャレンジの機会の提供も大切だ。