※今号は無料公開版です。
石のスープ
定期号[2014年4月2日号/通巻No.112]

今号の執筆担当:渡部真



 前号で「明日配信」と書きながら2日後になってしまいました。すいません。
 メディアにいる人間は、「マスゴミ」と揶揄されるような世間的評価に対して、本当に誠実に向き合っているのだろうか……という事を前号で書きました。
 今号は、その続きです。
 
*   *   *   *
 
■特定秘密保護法の施行差し止めを要求

 去る3月28日、フリーランスのジャーナリストなど「表現者」43人が、「特定秘密保護法」は憲法で定められている国民の権利を侵害するとして、国を相手取り、違憲・無効確認と施行差し止めを求め、精神的苦痛に対する慰謝料計430万円を求める国家賠償請求訴訟東京地裁に起こした。具体的には、憲法13条〈個人の尊重〉、19条〈思想および良心の自由〉、21条〈表現の自由〉、23条〈学問の自由〉、31条〈適正手続きの保障〉など「基本的人権」を侵害し、「平和主義」「国民主権」を掲げた日本国憲法の原理に反しているとしている。
 
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提訴後に記者会見する寺澤有さんら原告団
(写真提供:樋口聡)

 ジャーナリストの寺澤有さんや、フリーランスライターの畠山理仁さん、ノンフィクション・ライターの林克明さんらが中心となり、フリーランサー達に声をかけて43人の原告を集めた。僕も、この原告団に加わっている。
 なお、予め誤解のないように言及しておくが、この訴訟は『石のスープ』とは関係なく、あくまでも渡部個人の活動だ。
 
 さて、なぜ僕がこの訴訟に加わったかと言えば、それはやはり、「特定秘密保護法には問題点が多いと考えているからだ。
 日本の全弁護士が所属する日本弁護士連合会は、とくに「プライバシーの侵害」「『特定秘密』の範囲」「マスコミの取材・報道の阻害」「国会・国会議員との関係」などで危険性のある法律だと指摘している。

【日弁連】特定費道保護法の問題点は?
http://www.nichibenren.or.jp/activity/human/secret/problem.html

【朝日新聞】(ニュースのおさらい)特定秘密保護法って何?
http://www.asahi.com/articles/TKY201312140056.html

 僕が何よりも問題だと考えるのは、この法律はあまりにも不透明な部分が多いという点だ。
 政府(実際には各大臣など)が「安全保障に関わる防衛」「同じく外交」「スパイ活動防止」「テロ防止」とする4分野において「特定秘密」を指定する。何が「特定秘密」であるかは、一部の情報取扱者以外は一切わからない。一応、特定秘密の有効期限も設定されているが、内閣の承認さえあれば、事実上、何年でも延長できる仕組みになっている。
 これでは、防衛・外交・スパイ防止・テロ防止を理由にすれば、何でも「特定秘密」に指定でき、それを永遠に秘密に指定できるという事になる。政府が、警察や自衛隊を使う際に、あらゆる制限から解放されて「フリーハンド」を持つために作られた事は間違いない。


■基本的に政府は「情報」を隠そうとする

 2012年9月、震災に伴う原発事故によって原子力政策が見直される事になり、それに伴って原子力規制委員会が新たに発足された。この時、日本共産党の機関誌『しんぶん赤旗』の記者が、委員会の会議や記者会見で取材する事を拒否された。「政党機関紙は報道による取材活動ではない」という理由だった。さらに、規制委員会の広報担当者は、フリーランスの記者に対しても「どういった雑誌に、どういった記事を書いているかを見て、特定の主義主張を持って書かれている方はご遠慮いただいています」と発言。その後、『東京新聞』をはじめ、いくつもの報道機関がこの件を報じた事もあり、取材規制や取材拒否に関する発言は取り消され、解消された。

[2012年9月26日号/通巻No.42]隣りの記者が不当に排除されている
http://ch.nicovideo.jp/sdp/blomaga/ar16013

 政党機関紙であろうと、フリーランサーであろうと、他の記者がアクセスできるような公開された情報ならば、その情報にアクセする事に規制をかける方が間違っている。そもそも、原子力規制委員会は、その発足時から「公開原則」を掲げて新たに立ち上げられた行政組織だ。
 まして、フリーランサーが記者会見に参加するために「特定の主義主張」を事前にチェックするなどという事は、民主主義の国家ではあってはならない。一行政官僚が、フリーランスの記者に対して、その「思想・良心の自由」を脅かす発言だったのだ。本来ならば、取り消して訂正すれば済むという軽い問題ではない。

 こうした事は、原子力規制委員会だけの話ではない。あらゆる省庁で、情報を公開する事に後ろ向きな姿勢は、枚挙に暇がない。

 「特定秘密保護法」もまた、政府の情報公開に対する姿勢が問われる法律だ。

 仮に、国家運営にとって重要な機密があるとして、それを政府が一時的に非公開にする事が許されるとしても、政府が何を秘密とするのか、それさえも期限のないまま不明にされるのは、政府による過剰な権力行使と言える。
 本来、国家が持つ全ての情報は、国民の持つ財産だ。政府が、その国民の財産を一時的に預かるとしても、いずれは国民に返して然るべきだ。国民が持つ権利を、完全に白紙にして政府に委ねる事はできないし、すべきでもない。政府が強権できる権力をフリーハンドを持てば必ず権力の暴走に繋がる。これは歴史が証明しているし、民主主義というのは、そうした権力の暴走を起こさないように考えられたシステムだ。「国民主権」の原理は、そこにある。
 政府が、国家運営をしていく上で必要な権力を、新たに与えて欲しいと国民に要求するならば、国民は権力者に対して様々な条件設定をしてから与えるべきだ。しかし、「特定秘密保護法」は、何が秘密であるかも秘匿にされ、さらに、これらが将来的に公開され、我々取材者や研究者たちの間で検証する事さえも担保されていない。事実上、政府が指定した「特定秘密」に対して全権委任を迫った法律なのだ。


■警戒区域の事例から見る、報道機関の萎縮

 「特定秘密保護法」が及ばす影響は、フリーランサーやマイクロメディアだけに限った事ではない。新聞やテレビなど大手メディアに対しても、政府によって取材規制が強制され、その結果、大手メディアの報道にも大きな影響を与える事に繋がる。

 現在、福島県双葉郡などの一部の地域は「警戒区域」とされている。とくに、2011年4月22日からおよそ1年間、同原発からおよそ半径20キロ圏内は、「正当な手段」で取材することは、ほとんど許されなかった。もちろん、僕自身も規制を突破して取材をしていたし、新聞記者やテレビ記者、フリーランスの記者も何とか取材を続けていた。しかし、それでも、当時「警戒区域の中で何が起こっていたのか?」という点について、報道機関による取材記録はたぶん十分とは言えないだろう。
 多くの報道機関が、コンプライアンスなどを気を使っていたからだ。

 例えば僕は、ある番組から出演を打診された際、「許可なく警戒区域で取材した映像や画像は使えない」と言われた。たとえフリーランサーが勝手に取材したものでも、警戒区域で無許可に入った事を前提にした取材の素材は使えないというのだ。結果的に、その番組に僕が出演することはなかったが、当時のメディアの姿勢を示す一面だ。

 警戒区域内での取材について、とくに厳しかったのは、2011年の暮れから2012年の春頃だった。警戒区域の周辺に、数々の監視カメラが設置された頃だ。
 その頃、現地を取材する記者の間では「公安警察が警戒区域に入っている」という情報が流れた。実際、あるベテランの新聞記者から「警察が警戒区域で記者を捕かまえる体制を作っている」と連絡をもらい、注意を促されたこともある。ただ、こういう場合、警察が狙うのは僕のようなフリーランサーではない。世間に影響力が大きい大手メディアの記者達だ。ある大手新聞の社会部では、「警戒区域に無断で入っている記者を捕まえるために公安が張ってるから、絶対に入るな」という厳戒命令の指示が出たという話も聞いた。具体的に、朝日新聞やNHKなどが名指しされ、2011年秋頃から原発問題に対して厳しい記事や番組を報じていた社を狙っているという噂も流れていた。
 もちろん、これらの事の真偽は不明だが、僕自身が、この時期、警戒区域に入ろうとしても監視が厳しくてなかなか入れないという状況だった。この時期に警察で締め付けがあっただろうというのは、率直な実感である。

 当時も今も、警戒区域に自宅がある人達は、大手メディアの記者に頼まれて取材に協力してくれているが、最初の1年間に関しては、「記者の人にカメラを渡されて、警戒区域の中を撮影して来て欲しいと頼まれた」と証言する人はたくさんいる。「希望の牧場」の吉沢正巳さんもその一人だ。大手メディアの記者達の中には、規制を突破して警戒区域で取材している人もいなくもなかったが、多くの記者は、こうして地元の人達に協力を得て映像や画像を記録していた。これでは、十分な記録ができるはずがない。

 こうした災害時における「警戒区域」の取材規制は、1991年の雲仙普賢岳の噴火災害以降、厳しくなったと言われているが、取材規制が与える影響は、報道そのものだけでなく、取材し記録する事さえも萎縮させている事は間違いない。

 国民の安全を考慮する上で、警戒区域が設定される事は当然の措置と言えるだろう。また、そうした地域にある程度の取材規制があったとしても、理解できる場合もある。しかし、今回の原発事故のように、公道から私有地を含め地域一帯で、数年規模の長期にわたり事実上ほとんど取材が認められない事態が、健全な社会のあり方だろうか?
 日本社会で起きている状況について誰かが記録し、それを伝えなければ、国民は何が起こっているのかを把握することはできないのだ。


■報道機関の萎縮は「取材」と「記録」を減少させる

 今後、日本が紛争に巻き込まれ、「秘密保護法」が想定するような防衛・外交・スパイ防止・テロ防止に関する災害が起きた場合、その災害現場において、厳しい取材規制が敷かれる事は容易に想像できる。
 では、その時、誰がその災害を取材・記録し、報道するのだろうか?
 政府が記録し、発表するものだけでは、健全な民主主義社会の報道とは言えない。

 結局は、今回の原発事故のように、記者達が規制をかいくぐりながら取材をする事になるだろう。とくに、近年の世界の紛争地域みれば、大手メディアに所属している記者以上に、フリーランスの記者が取材した報告が、大手メディアを通じて報道される機会が増えている。これは、大手メディアでは厳しい災害現場に社員記者を派遣する事が困難になりつつある中で、それに対して自由に活動できるフリーランサーの取材成果が、日本社会の報道に必要不可欠になっている証でもある。前述したように、報道機関がコンプライアンスを気にするために萎縮している側面でもある。
 もしも日本が紛争に巻き込まれれば、間違いなくフリーランサー達が取材現場の最前線に足を運ぶ事になるだろう。

 「秘密保護法」は、こうした取材において、確実に取材規制の強化に繋がり、取材者を萎縮させ、それを報じるメディアを萎縮させ、日本を健全な民主主義社会から遠ざける事に繋がるだろう。
 せっかくフリーランサー達が取材しても、それを報道機関が買ってくれなければ、フリーランサー達は仕事にならない。つまり、報道機関が萎縮すれば、それはそのままフリーランサーの取材機会の減少にも繋がるのだ。一時期の警戒区域のように、この日本で起こっている事が「記録」さえも不十分という事態は、出来るだけ起こさせるべきではない。

 報道全体への影響として捉えれば、メディアを通じて伝える事だけでなく、「取材」と「記録」という側面から考えても、報道機関を萎縮させる事が日本の民主主義を必ず歪める事になると、僕は考えている。

 「特定秘密保護法」のフリーランス訴訟団の中では、「フリーランサーは組織に守られていないから、この法によって自由な取材が困難になる」という意見が大きい。しかし僕は、フリーランサーがどうとかよりも、むしろ大手メディアが萎縮することが危険だと思っている。それは、結果的にフリーランサーにまで影響が出てくるからだ。
 問題は、フリーランスの取材の自由だけでなく、報道機関やメディア全体の問題として捉えるべきだろう。
 そのことを訴えるために、僕は原告に加わったのだ。
 
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記者会見には大手メディアの記者も出席し、
関心の高さをうかがわせ、新聞やテレビでも報じられた
(写真提供:畠山理仁)

 
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 さて、こうした「報道の自由」に関する問題が起きた時、その事をメディアが訴えたとしても、残念ながらなかなか関係者以外の人の関心が高まりません。
 それは、前号で書いたように、メディアにいる人間達が「マスゴミ」と揶揄されるような世間的評価に対して、本当に誠実に向き合っているのか、という問題に繋がっていると思うのです。
 STAP細胞に関する科学コミュニティも、佐村河内氏騒動の音楽周辺業界も、前号で書いた司法関係者達も、そしてメディアの問題も、結局は、その業界以外の人達からの信頼を落としている事に対して、業界全体で真摯に取り組んでいなかった事を露呈させていると思うのです。

 「秘密保護法」フリーランサー訴訟について、あくまでも個人的な問題だと思っているので、今後、この「石のスープ」で続報を伝えていくか未定です。ただ、これを契機に、少しメディアが突き付けられている問題について、「石のスープ」のなかで取り上げていきたいと思っています。




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渡部真 わたべ・まこと
1967 年、東京都生まれ。広告制作会社を経て、フリーランス編集者・ライターとなる。下町文化、映画、教育問題など、幅広い分野で取材を続け、編集中心に、執 筆、撮影、デザインとプリプレス全般において様々な活動を展開。東日本大震災以降、東北各地で取材活動を続けている。震災関連では、「3.11絆のメッセージ」(東京書店)、「風化する光と影」(マイウェイ出版)、「さよなら原発〜路上からの革命」(週刊金曜日・増刊号)を編集・執筆。
[Twitter] @craft_box
[ブログ] CRAFT BOX ブログ「節穴の目」