週刊 石のスープ
定期号[2011年11月24日号/通巻No.13]
今号の執筆担当:渡部真
※この記事は、2011年11月に「まぐまぐ」で配信されたものを、「ニコニコ・チャンネル」用に再配信したものです。
■「多様性」を表現した構成
すっかりタイミングが遅くなってしまったが、「自由報道協会が追った3.11」(扶桑社)の編集こぼれ話の続きを……。
この本は、自由報道協会の 設立準備会メンバーであるフリーライターの島田健弘さんが、「東日本大震災に対して、自由報道協会で何か出来ないか?」と問題提起したことから始まった企 画でした。詳細は省きますが、紆余曲折があり巻末に書いてあるとおり、有志で行う「被災地プロジェクト」の活動資金として本書の印税をあてるために企画さ れました。
いざ企画を具体化する段階で問題になったのが、構成と編集でした。
読んでいただいた方はわかってもらえると思いますが、本書は通常の書籍と違って、雑誌のような(雑誌と書籍を混ぜたMOOKスタイルの)構成になっています。これは、企画段階から意図していたことでした。
通常、一つの書籍で何人もの方に共著をお願いする場合、まず核となる記事や編集方針を示して、その記事の方向性に沿ったり、あるいは編集方針に合わせて執 筆者に細かいテーマを指定して書いてもらうものです(あくまでも原則論として)。書籍の場合、共著といえども、一つのテーマに沿って一冊の本の中で起承転 結をつけて構成し、その書籍に興味を持つ読者に、テーマをぶらさずに問題提起して、何とか手にしてもらうのです。
しかし、本書の場合は、各執筆 者に対してあまり細かいテーマを決めず、それぞれの著者の書きたいテーマ、得意なテーマに合わせて書いてもらう事にしていました。これは、「自由報道協 会」という団体の性質を本書でそのまま表現して、読者に体現してもらおうと考えたからです。
自由報道協会は(この時点では設立準備会で したが)、そこに所属するジャーナリストや記者達が、一つの思想や哲学、あるいはポリシーやテーマを共有している団体ではありません。もちろん「公平な取 材機会」「平等なパブリックアクセス権」「公的記者会見の開放」を求めている点では意識を共有しています。しかし、それは「民主主義を求める」とか「自由 な社会を目指す」とか、現在の先進国なら“当たり前”のことを言っているにすぎません。そんな当たり前のことが実現されていないことに大きな問題があるわ けですが……。
ですから、自由報道協会に所属しているからと言って、考え方や、物事の捉え方は、それぞれバラバラです。まとまりがないと言えば それまでですが、そうしたバラバラなスタンスの人たちが集まっているからこそ、自由報道協会に価値があるんだと僕は考えています。自由報道協会がたびたび 使う「多様性」とは、そういう性質をとても良く反映していると思います。
その多様性を表現するためには、細かい制約を設けずに執筆者にまかせるべきだと考えたわけです。
■編集者は「気配り」が大事
もちろん、こういう構成にはマイナス面もあります。何よりも統一感がない(笑)。ですから、読者にとっては通常の書籍と違ってより読みづらい構成になって いるはずです。雑誌ならば、読者の好みに合わせて、好きな記事を好きなタイミングで読めばいいのでそれほど気にならない場合もありますが、それでもあまり にも違った構成は、やはり読みづらくなるので、各号で、ある程度は記事のテイストを合わせたりする場合があります。書籍ならなおのことです。
そこで重要になってくるのが、構成と編集になるわけです。
各ページを執筆者の自由に任せているといっても、少しでも読みやすいように整理して構成したり、バラバラといいながらも何とか起承転結なりメリハリなりがつくように執筆順序をつけたりします。
また、各ページのテーマを、執筆者と相談しながら固めていくのも編集の重要な役割です。執筆者達に「東日本大震災をテーマを好きなことを書いてくれ」とい うだけでは、ちゃんと書いてもらえません。多様な視点を持つ(言い換えれば“自由過ぎる”)執筆者たちが気持ちよく執筆できるように、時には機嫌を取りな がら、時にはお仕着せがましくならないように助言をしながら、執筆を進めてもらうわけです。
「マコさんは福島に取材も行ってるし、被災地のルポがいいですか? それとも、マコさんが震災後に取材を始めるようになってから今までを振り返るような内容がいいですか?」
「白石さんには、やはり震災後の市民運動の動きに絡めたテーマをお願いしたいのですが、白石さんは的にはどうお考えでしょうか?」
「伊田さんは、原発問題のスペシャリストとして書いていただけるということですが、例えば大手新聞社が何を報じて何を報じなかったかという点を、具体的な事例を示しながら絡めて書いていただけますか?」
こうした執筆者との事前のやり取りの中で、出来るだけ執筆者の得意なテーマを一緒に模索していくのも、編集者の重要な仕事です。
ですから、多数の執筆者で構成する本(もしくは雑誌)は、編集の負担が大きくなるため、編集者を複数用意するか、あるいは編集専門のプロダクションに依頼するのが一般的なやり方です。
本書の企画段階でも、それを前提にいくつかの出版社に企画を持ち込みましたが、どちらの出版社でも、初版の発行部数を鑑みると編集費に大きな予算を組めないと言われてしまいました。
ほかにも、当初は震災から半年目となる9月11日の発行を目指していたこともあり、制作日数に余裕がなかったため、これだけいろいろと活躍しているジャーナリストやライターの日程や連絡などの調整に、みんなと面識がある編集者じゃないと難しいという事情もありました。
そこで、みんなと相談の結果、「被災地プロジェクト」の言い出しっぺの島田さんと、本書の企画を作った僕が編集の中心に作業をすすめることになったわけです。
そして案の定、とても大変な編集作業でした(苦笑)。
■編集者の楽しみ
苦労の絶えない編集者といえど、編集者だからこその楽しみというものがあります。
一つは、全体を俯瞰してハンドリングすることです。
出版物は基本的に、「編集権」の大部分が担当編集者に委ねられていますから、映画で言えば監督のような役割が編集者にあるわけです(映画監督ほど独善的に進めることはできませんが……)。
例えば本書でいえば、全体の構成順序などは、僕と島田さんと出版社の編集者で決めています。そんな中で、僕がこだわったのは、「巻頭言」は代表である上杉 隆さんに書いてもらうとして、本文の最初に神保哲生さんに担当してもらう事と、本文の最後は江川紹子さんに書いてもらう事でした。
神保さんは、 本書でも触れてくれていますが、上杉さんと一緒に自由報道協会の設立構想を固めてくれた一人です。とくに設立当初は、理論的な部分を神保さんに相談しなが ら広報的な作業を進めていた経緯もあり、本書の本来のテーマとは逸れますが、あえて今後の自由報道協会が目指すべき方向性について、最初の執筆者として示 すような記事を書いていただきました。
また江川さんは、僕にとっては“自由報道協会の良心”ともいうべき存在です。ともすればバランスを欠いてしまい加熱する震災報道のあり方について、江川さんの誠実さで語ってもらうことが、自由報道協会にとって重要だと考えました。
とくに神保さんは僕が編集担当だったので、直接相談しながら記事の内容を詰めていきまました。
(中略)
今の若い記者が、何の隔たりもなく自由報道協会に所属し、その人たちが既存メディアで主流となるような年代になった時、閉鎖的な記者クラブは存在感をなくすだろう。これは自由報道協会のためというよりも、むしろ僕たちの日本のために実現しなければいけないことだ。
(本書41ページより引用)
この本を企画した最初の段階から、神保さんにしっかりと書いてもらおうと考えていた部分です。
実は、この点は、自由報道協会の内部でも議論の別れるところです。「既存の記者クラブメディアとそれ以外のメディアやフリーランスのジャーナリストが横断 的に参加できる受け皿」として、自由報道協会は発展して欲しいと考える人もいるし、自由報道協会の役割は会見の開放が達成されるまでだという人もいます。
しかし僕は、一般の方々から賛同をいただいて組織化する以上、社会的責任をしっかりと担っていくためにも、神保さんのいう「器の大きな組織」を目指すべきだと考えています。
こうした自分の思いを構成という形で表すことができるのは、編集者の役得の一つなのです。
■新たなスタートを切った自由報道協会
さて、去る11月11日、自由報道協会が正式に法人化するための設立総会が開かれました。
余談ですが、午前11時11分に総会を開始する予定でしたが、総会準備委員の西岡千史さん、重要議案を作成したフリーライターの畠山理仁さん、代表の上杉 さんの3人が遅刻したため、他の出席者が揃っているのに待ちぼうけという、いつもながら締まりのない総会となったわけですが……。
その総会をもって、自由報道協会は新しい段階に入りました。
これまで「設立準備会」として、僕たち一部のメンバーが運営してきましたが、これからは一般会員を募り、新たに立ち上がった理事会を中心に、より大きな組織として運営されることになります。これまで以上に社会的な責任も重くなるし、期待も大きくなることでしょう。
これまでは隅っこで手伝ってきた僕もお役御免となりました。もちろん、一会員としての責任は果たしていかなければなりませんが、基本的には僕が口を挟むべ きこと、挟むことが許されることは少なくなったと思います。投票で選ばれた理事の皆さんが、これからの自由報道協会の目指す方向性を示していってくれるは ずです。
僕としては、これまで表や裏で、自分が思う自由報道協会のあるべき姿を語ってきましたし、それが少しでも形になるように願うばかりです。
まぁ、畠山さんや島田さんに命じられて、一緒に運営を手伝うことも、まだまだあるでしょうけどね。
余談ですが、僕としては自由報道協会の運営に一区切りついたこともあり、事務局を務める「記者会見・記者室の完全開放を求める会」(略称:会見開放を求める会)の運営を少しばかり動かしていきたいと思っています。
とにかく、これからも「自由報道協会」や「会見開放を求める会」などが、会見開放運動の一役を担う存在として活躍するように、皆さんも見守っていただければと思います。
■被災地ルポへのこだわり
「自由報道協会の追った3.11」の編集については、まだまだ書きたらないのですが、キリがないのでもう一つだけ。
再び本書の神保さんの記事から引用します。
(本書38ページより引用)
これは、僕が神保さんに「神保さんは、よく『ビデオ記者はペン記者よりもより優れた報道ができる』という主旨の話をされますよね。その辺を改めて聞かせてください」とリクエストしたことに答えて書いてくれたものです。
神保さんからは、やはり予想通りの回答をいただきました。
実は、僕は今回の震災の取材をするにあたって、あえてビデオではなくペンとスチールカメラで報道をすることに拘ってみようと考えて取材を始めました。状況 に応じて動画も撮影していますが、基本的には写真を撮り、多くの人から話を聞き、資料を読んで情報収集をし、それを取材活動の中心にしています。
一つは、地震発生直後から、You Tubeやニコニコ動画などの動画投稿サイトには、一般の方達が撮影した生々しい映像が、毎日のようにアップされていたことです。被災した本人が映し出し た映像に、後からノコノコとたまに行って撮影したところで、きっと敵わないと考えたのです。裏を返せば、動画よりも写真の方が技術的に自信をもって撮影で きるということもありました。
もう一つは、震災以降、動画サイトから溢れんばかりの情報を仕入れると同時に、新聞などの活字メディアから受け取る情報に、僕の心が大きく揺れ動かされることが多かったということです。
ということで、「活字だからこそ、読者の心に届く報道」にもう一度拘ってみようと強く決めて、震災取材に入っていきました。
神保さんには、そのことも伝えました。しかし「それは渡部くんが、動画撮影の技術よりも、写真やペン記事の技術に自信があるからだよ」と一蹴されました。
「僕と同じだけ経験や技術があるペン記者がいたら、『君はペンだけで僕に勝てると思う?』って言ってあげるよ。僕には、ペンで書く技術も、より情報量の多いカメラ(動画)で撮影する技術もある。どちらもできる僕が、ペンだけの記者に取材で負けるはずない」
こう言われてしまいました。前回の記事で書いた通り、神保さんは僕が尊敬するジャーナリストの一人です。予想していた回答とはいえ、やはり面と向かって ハッキリと言われるとそれなりに凹みますが、それでも天の邪鬼の僕は、今回の震災取材はペン記事に拘っていこうと、改めて決意したのです。
そんな僕にとしては、第2章のルポのページをもっと増やしたいと考えていました。
最終的には12本のルポとなったのですが、企画書の段階では、ほかに3本のルポを、フリーライターの渋井哲也さんや小川裕夫さんに書いてもらうことになっていましたし、企画を練る段階では、さらにもっとルポを増やしたいと思っていました。
それは、被災地を取材している僕の勝手な思いだったわけですが、上杉さんや神保さんたち有名ジャーナリストの名前で本を手にした読者の皆さんに、出来るだけ多くの「被災地の実態」を、活字を通して知って欲しいと考えたからです。
例えば、渋井さんに絶対にお願いしようと考えていたルポは、「被災地の夜の街は、どのように復旧しつつあるのか」というテーマの記事でした。
渋井さんとは震災以来、何十日と一緒に東北各地で夜をすごしました。と言っても、取材が終わって夕ご飯を食べたら、ほとんど単独行動です。
僕は日中の運転もあるし、もともと生活習慣として夜10時頃には寝てしまいます。一方で渋井さんは、夜な夜な繁華街に足を運んで「夜の取材活動」に精を出しています。
「夜の取材活動」は決して侮れません。渋井さんの夜の取材のおかげで、様々な取材機会に巡り会いました。正面突破で取材しただけでは得られない様な情報を仕入れてくれることも、僕たちにとっては重要な情報源となっています。
こうした「夜の取材活動」の成果として「被災地の夜の街は、どのように復旧しつつあるのか」をテーマに記事を書いてもらおうと思っていました。
よく「タクシーの運転手さんに景気具合を聞くと実体経済を掴みやすい」という趣旨のことが言われますが、夜の街の復旧状況は、地域経済の実態を反映していますし、夜の街だからこそ見える実態というものもあるのです。
しかし、この企画は出版社の編集部の判断でボツになってしまいました。同じように、ボツになった企画が数本ありました。
それは、内容の問題というよりも、そもそも出版社としては、ルポに高い関心をもってもらえなかったという事情がありました。
これは、扶桑社だけのスタンスではないと思います。というのは、別の出版社に企画書を見せて相談した際も「もっとルポのページを減らすべきだ」とアドバイスを受けていたのです。
■「原発」に絡めないと売れない
いま、震災から1周年となる来春に向けて出版企画をいくつかの出版社に相談していますが、どこの出版社も、被災地全体のルポにはなかなか関心をもってもらえません。「原発」と絡めて欲しいという要望を直接言われることもあります。
確かに、原発問題は東北地方以外にも身近に感じられる問題なので、何とか原発問題を絡めたいという出版社の反応は理解できます。しかし、僕としては、原発 問題だけでなく、この震災全体について、出来るだけ様々な被災地の実態、しかも刻一刻と変化する実態を、より多くの人たちに伝えたいと思うのです。それ は、この震災を後世まで残す記録でもあります。
あらゆるメディアから、徐々に震災関連の番組や記事が減ってきています。新聞はまだしも、各テレビ局や各週刊誌では、まったく取り上げられない日も少なくありません。
原発事故以外にも、震災は未だ現在進行形で各地で存在しています。
僕も出来るだけ多くの発表機会を得られるように、そして読者の皆さんに関心を持ってもらえるよう上質な記事を提供できるように努力したいと思いますが、皆さんにもぜひお願いしたいのは、いまも震災が現在進行形であるということを、どうか忘れないでください。
そして、素晴らしい記事や番組にであった時は、ぜひなんらかの機会に、そうした記事や番組を褒めてやってください。Twitterでつぶやいたり、ブログ で紹介してくれる事でもいいと思います。新聞でいえば、投書欄に投稿したり、書籍や雑誌でいえば、付録のハガキで感想を書いたり、いろんな方法があると思 ると思います。
そうした反応は、編集や制作サイドは敏感に受け取りますので、ぜひよろしくお願いします。それが、僕たちの発表機会に繋がっていきますし、何よりも被災地の実態を伝える機会が増えることに繋がっていくことになるのです。
さて、だいぶ長くなりましたが、最後にもう一言。
前述した「夜の取材活動」の具体的な内容は、渋井さんに任せたいと思います。次回の渋井さん担当号で、きっと触れてくれることでしょう。
【おまけコーナー】
今月のダイエット報告
去る10月31日、勢いでダイエットすることを決意しました。
とりあえず、目指せマイナス20キロ。10月30日に我が家の体重計で計測したら105.5キロでしたので、85キロ以下になる事が、ひとまず目標です。まぁ85キロでも立派なデブには変わりませんけどね(笑)。
4カ月くらいで減らす予定です。
ちなみに、こんなに太る前、二十代前半までは70〜75キロくらいでした。今からちょうど10年前、90キロまで増えた体重を一度65キロまで減らしたんですが、その後再び徐々に増えていき、今のような醜い体型がデフォルトとなってしまった次第です。
さすがに75キロまで落とすのはちょっとキツそうなので、85キロまで落としたら、そこからは徐々に落としながら、最終的に70キロ代をキープできればなぁと思っていますが、まぁそれはかなり先の話……。
ということで、僕の担当号の時にダイエットの進み具合を報告していきたいと思います。
■10月31日 105キロ
■11月7日 103.5キロ
■11月14日 101.5キロ
■11月22日 101キロ
11月18日頃から風邪をひきまして、先週末はずっと寝ていました。しかも、体力つけるためにあえてガッツリご飯を食べたので、今週減らなかったのは想定範囲内です。
決して言い訳ではありません。決して……。
■好評発売中
「3.11 絆のメッセージ」
亀松太郎、渋井哲也、西村仁美、村上和巳、渡部真、ほか共著
発行元:東京書店
定価:1000円
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4885743117
震災直後からの1か月半、東北の被災地を中心に、どんなことが起きていたのか?
取材の中で知ることができた一人ひとりに起きたエピソードを、5人の仲間達でルポとしてまとめました。また、日本や世界から被災した皆さんに向けたメッセージも編集部で集め、あわせて紹介。
この本は5月に緊急出版され、それからすでに数か月経ちましたが、今一度、あの時に皆が感じたことを思い出し、その気持ちを忘れないためにも、ぜひご一読ください。
■増刷出来!
「自由報道協会が追った3.11」
自由報道協会・編
上杉隆、神保哲生、津田大介、日隅一雄、畠山理仁、渋井哲也、江川紹子、渡部真、ほか
発行元:扶桑社
定価:1400円
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4594064957/
自由報道協会の有志の面々と、東日本大震災について共著を上梓しました。
それぞれのジャーナリストたちが、この半年間、どのように震災と関わってきたか? この半年間をどう考えているのか? 震災とメディアのあり方、震災以降のメディアの変化、そしてこの半年間で被災地で起こった出来事の数々……
渋井と渡部は、それぞれ2本のルポを書いています。また、全体の構成や編集も担当。
渡部真 わたべ・まこと
1967 年、東京都生まれ。広告制作会社を経て、フリーランス編集者・ライターとなる。下町文化、映画、教育問題など、幅広い分野で取材を続け、編集中心に、執 筆、撮影、デザインとプリプレス全般において様々な活動を展開。東日本大震災以降、東北各地で取材活動を続けている。
[Twitter] @craft_box
[ブログ] CRAFT BOX ブログ「節穴の目」
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