石のスープ
定期号[2012年5月1日号/通巻No.35]
今号の執筆担当:渡部真
※この記事は、2011年6月に、渡部のブログ「節穴の目」で配信した記事を、「ニコニコチャンネル版・通巻35号」として2012年7月に、再配信したものです。
2011年6月14の記事で紹介した福島県浪江町で継続取材している牧場の様子が、6月29日の『報道ステーション』(テレビ朝日)、同30日の『ニュースの深層』(朝日ニュースター)で報じられた。
政治家、学者、畜産業者などが共同して、警戒区域で生き残っている家畜を生かし、放射能の影響などを研究対象とする『サンクチュアリ構想』(仮称)が実現に向けて動き出しているようだ。
2011年4月22日、東電福島第一原発から半径20km圏内は、災害対策基本法に基づき「警戒区域」に設定され、一般国民の立ち入りが禁止された。違反した者は、「10万円以下の罰金又は拘留」ということなので、逮捕される可能性もあることになる。
ご存知の通り、現在は「一時帰宅」として地元住民などだけが、各市町村の許可を得て立ち入りが認められていて、それ以外は一切入ることが出来ない。
件の浪江町の牧場スタッフは、週に一度、餌やりのために許可を取って警戒区域内へ通っている。
牧場の空気中放射線量は、僕たちが計った時は、5マイクロシーベルト〜10マイクロシーベルトだった。別の日に同じ牧場に行った人の話では15マイクロ シーベルト以上の場所もあったと言う。こうした危険な数値が示す地域だから、一般国民を保護するというためにも立ち入りの制限が行われるのは当然と言え る。
だがしかし、本当にそれで良いのだろうか……?
6月の取材で、南相馬市、浪江町、葛尾村などの警戒区域の入口がどうなっているか取材して来た。
上の写真は、浪江町の西側の入口の様子だ。
2車線以上の道路は、その多くが、このように厳重な警備がされている。
この写真は、許可を得て警戒区域に入ろうとしている地元住民が、検問で止められている様子だ。
市町村長から受けた許可証を提示し、さらに警戒区域内での注意事項などの説明を受けている。ちなみに、一般市民が警戒区域の中に入ることが許されるのは2時間以内だ。それまでに、同じ入口に戻って来なければならない。
こちらは逆に、警戒区域内から戻って来た車が検問を受けているところだ。
ここは、南相馬市の国道6号線の検問所で、この道路は北側(南相馬市)も南側(いわき市)も、東京電力の関係作業員などの出入りに使われることが多い。こ の車に乗っていたのも、東京電力の関係者で、原発などで作業している人たちだ。そのため、警戒区域の出入りも慣れている様子で、警察も最低限の書類を確認 するだけで、長い時間を取られることはない。
ちなみに、一般市民の場合は、警戒区域から外に持ち出す物の放射線量検査が義務づけられており、検問のチェックで長い時間かかることもある。
こちら検問所は、南相馬市の市街地と20キロ圏内を一直線に結ぶ道路にあるのだが、ここでは、一日数台の車しか通らないという。この日は平日だった が、夕方の時点でまだ1台しか通っていないとのこと。すでに気温が暑くなりかけていたが、警察官も一日中長袖にマスク姿で過ごすのはたまらないだろう。
ちなみに、こうした検問所の多くは、すでに警戒区域内(20キロ圏内)にあるため、本来は取材目的であろうと近づくことすら許されないらしい(もちろん、 写真を撮るくらいで文句を言われることはないが、どの検問所に行っても、近寄るだけで身分証明証の提示を求められ、取材目的や媒体名などを訪ねられ職質を 受ける)。
一方で、小さな道路ではとくに厳重な警備はない。
こうした道路から、徒歩や自転車などで警戒区域に入ることは可能だが、この立入禁止線を越えてもすぐには取材できるようなところはなく、数キロ先まで移動する必要がある。
僕は車で移動しているので、このような所から入ったとしても先までいくのは厳しいし、仮に途中で警察に見つかればすぐに追い出されてしまう。実際、こうし た細い道から侵入したジャーナリストの話だと、警察に見つかって警察署まで連行され、2時間も聴取を受けてしまったという。前述した通り拘留することも可 能なため、警察に逮捕されても文句は言えまい。
では、どうすればジャーナリストが取材として入れるのだろうか?
警戒区域に入るためには、前述した通り、市町村長の許可が必要だ。しかし、市町村長が許可をしても、最終的には市町村長の承認を得た上で、国の承認も必要になる。
「原子力災害対策特別措置法」に基づいて設置された「オフサイトセンター」で最終確認をし、ここで許可を得て初めて申請が認められるのだ。
そこで、市町村長から許可を得ることが出来れば、ジャーナリストの取材活動として警戒区域に入ることを許可してもらえるか、オフサイトセンターに問い合わせてみた。
オフサイトセンターの回答は、概ね以下の通りだった。
●4月22日以降、ジャーナリストの取材活動は、原則的に認めていない。
●住民の一時帰宅が始まった初日など、一部の報道機関に取材を許可した。その際には、福島県の県政クラブ(福島県庁の地元記者クラブ)に20名程度の範囲に収めるように通達し、県政クラブで調整した後、申請のあった報道機関に許可を出した。
●今後も同様に、警戒区域内で大きな動きがある時には取材許可を出すこともあり得るが、同様に県政クラブを通じて許可を出す。
●それ以外では、全ての報道機関に対して、取材目的で許可を出すことはない。
要するに、新聞やテレビ局以外には許可を出せないということだ。雑誌、海外メディア、フリーランスには取材機会すら与えられない。
もちろん、それだけでも腹が立つことだが、一方で、新聞やテレビですら取材許可が出ていないということに、僕は強い違和感を感じる。
これでは、われわれ報道関係者も、そしてそれを通じて情報を得ている一般市民も、警戒区域で何が行われているのか、どうなってしまっているのか、知る方法が一切ないということになってしまう。
日本国内で、しかも、つい最近まで市民が生活を営んでいた土地であり、一般市民の私有地があるにも関わらず、そこがどのような状態になっているか知る方法がほとんどないのだ。
大手報道機関は、安全を考えて放射線量が多く危険な場所に社員を派遣することはが出来ないという。僕は、この考え方が間違っているとは思わない。社員の安全を考えない会社など認めてはいけない。
また、大手報道機関の中には、雲仙普賢岳の噴火の際に犠牲者を出し、そのことで混乱をさせてしまったトラウマなどもあるだろう。
しかし、大手報道機関の「協力企業」や、僕たちフリーランサーは、危険な地域だろうと自己責任において自らの判断で行くことが出来る。
戦場ジャーナリストが大手メディアと連携して取材しているように、警戒区域でもフリーランサーと大手メディアが協力し合うことは出来るはずだ。
先日、あるシンポジウムにパネリストとして参加した際、某新聞社のデスクと同席した。
その席で、「戦場取材と同じように、国内でもフリーランサーを使ってくれれば遠慮なく取材に行く。新聞社も必要な情報を得ることが出来るし、われわれフ リーランサーも仕事になる。何よりも国民の知る権利に応えることになる。どうして新聞社が率先して、フリーランサーを使おうとしないのだろうか?」と、少 し意地悪な質問をした。
彼女は、「確かに今回は準備が足りなくて、そうしたフリーランサーとの連携などについて考慮していなかった。今後検討したい」と答えた。ぜひ、今後、大手メディアの幹部の皆さんには検討してもらいたいと思う。
とはいえ、実は、フリーランサーも、そして大手メディアの記者たちも、色んな方法で潜入取材は続けていると聞く。僕自身も、前回の記事で紹介したように警戒区域内での取材をしている。
それが目立った形で表に出ないのは、媒体となるメディアが批判を恐れているという側面がある。
ジャーナリストの青木理さんが「われわれジャーナリストは、例え法律を犯してでも、報道の必要性があれば、そこを取材して公表することがある。それは決して間違った行動ではない」という主旨の発言をしていたが、まさにその通りだ。
少し酷な注文かもしれないが、大手メデァイアは、つまらない批判にビクビクせず堂々と取材し報道してほしい。
さて、写真をもう一枚。
この写真は、福島県川俣町体育館で実施されているスクリーニングの様子だ。
先に紹介した「オフサイトセンター」で取材した際、「なぜ報道の取材を制限するのか、その根拠を説明してほしい。南相馬市の小高区など、線量の低いところ であれば危険ではないし、予め取材目的などを明記して申請を出せば、便乗して犯罪を犯すような人間に許可を出すこともないだろう」と聞いてみた。
すると先方は、危険だからというのではなく、その一番の理由に、「各所(福島県内で除染が出来るスクリーニング会場は4か所)のスクリーニング会場が非常 に混雑していて、メディアの取材者を入れたらさらに混雑してしまう。一般市民も立ち入りを厳しく制限しているし、これ以上は受け入れられない」と言った。
たしかに南相馬のスクリーニング会場では混雑することもあるのだが、他のスクリーニング会場が混雑することなどめったいにないはずだ。取材した日は日曜日 だったが、川俣町体育館を取材していたおよそ1時間の間にスクリーニングを希望して訪れた人は、僕たち取材者を除けば9人だった。
スクリーニングのスタッフの方に聞いた所、平日なら一時間に数人〜十人程度だと言う。
また、一般市民が制限されているのは、持ち出す荷物を自ら線量計で測るために、市町村で線量計を貸し出しているため、その数に限りがあるからで、混雑してしまうのを制限している訳ではない。
われわれ取材者は、警戒区域内から何かを持ち出すことが目的ではないので、市町村から線量計を借りる必要もない。
だったら、取材者もある程度人数を規制して許可すれば、けっして一般市民に迷惑をかけずに済むはずだが、オフサイトセンターで取材に対応した人は、僕がいくら反論しても、壊れたレコードのように同じ説明を繰り返した。
僕は何も、原発の建屋内を取材させろと言っている訳じゃない(もちろん、そこも取材させるべきだが……)。住民の一時帰宅が許される範囲なら、取材目的のジャーナリストたちにも立ち入りを許可すべきだと言っているのだ。
一般市民に対して「直ちに健康に影響ない」と言い続けた政府なのだから、ジャーナリストの健康に必要以上に気遣ってくれなくて結構だ。
そして、報道機関も、一人ひとりのジャーナリストたちも、もっと表立って警戒区域の立ち入り許可を求めるべきだ。
最初に紹介したように、ようやく少しずつではあるけども、警戒区域の様子がテレビで報道されるようになって来たが、まだまだ圧倒的に足りない状態が続いている。そんな状態であるにも関わらず、手をこまねいて見ているだけでは、何のための報道機関か。
警戒区域の中で起こっている「現実」を、できるだけ多くの市民に伝えることこそ、報道機関やジャーナリストの背負っている使命のはずだ。大手メディアも、海外メディアも、フリーランサーも、それぞれが堂々と取材し報道するために協力し合って政府に要求すべきだ。
日本国内のことなのに、何カ月もの間、何が行われているのかサッパリ知ることが出来ないなんて気持ち悪い社会にしているのは、政府だけの責任とは言えないと思う、不愉快な今日この頃なのだ。
渡部真 わたべ・まこと
1967 年、東京都生まれ。広告制作会社を経て、フリーランス編集者・ライターとなる。下町文化、映画、教育問題など、幅広い分野で取材を続け、編集中心に、執 筆、撮影、デザインとプリプレス全般において様々な活動を展開。東日本大震災以降、東北各地で取材活動を続けている。
[Twitter] @craft_box
[ブログ] CRAFT BOX ブログ「節穴の目」
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