渡辺文重の有料メルマガ批評

『フード左翼とフード右翼』と『サッカー右翼 サッカー左翼』

2016/05/28 10:35 投稿

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ごきげんよう。ラジオと有料メルマガ評論家の渡辺文重です。2016年5月21日、下北沢の本屋B&Bで行われたイベントに参加しました。

速水健朗×大山顕「僕たちは、いつの時代の東京なら愛せるのか?」『東京β 更新(アップデート)され続ける都市』(筑摩書房)刊行記念
【参考】速水健朗×大山顕「僕たちは、いつの時代の東京なら愛せるのか?」『東京β 更新(アップデート)され続ける都市』(筑摩書房)刊行記念
http://bookandbeer.com/event/20160521_bt/

とても楽しいイベントでしたし、速水健朗氏の新著『東京β 更新(アップデート)され続ける都市』と『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』は、ともに興味深い内容なので紹介したいと思っているのですが、1つ問題があります。それは、速水健朗氏の著作『フード左翼とフード右翼』をテーマにした記事を執筆したのですが、まだ、掲載していないということです。

本当は2月頃に掲載する予定だったのですが、推敲をしようと思っているうちに時間が経過して……という感じです。ただ、今回、速水健朗氏の新著が出たタイミングを逃してしまうと「お蔵入り」は確実なので、雑な箇所に突っ込みを受けることを覚悟し、その原稿を掲載しようと思います。

以下、その原稿です。



ごきげんよう。ラジオと有料メルマガ評論家の渡辺文重です。詳しいプロフィールは文末に記載しますが、趣味はアニメ鑑賞と声優イベントに参加すること。最近はTV鑑賞に忙しく、本を読む時間がありません。TVを見ながら本を読むことは難しいのです。今回は、有限会社ブンヤ社員で私の弟・渡辺亘重と、速水健朗『フード左翼とフード右翼』と西部謙司『サッカー右翼 サッカー左翼』について語ります。

◆イントロダクション

文重:よろしくお願いします。

亘重:両方とも読みましたが、『フード左翼とフード右翼』は見慣れないカタカナが多くて読むのに時間が掛かりました。一方、『サッカー右翼 サッカー左翼』は読みやすかったですね。

文重:「見慣れないカタカナ」という点では、『サッカー右翼 サッカー左翼』の方が圧倒的に多かった気もしますが……。

亘重:『サッカー右翼 サッカー左翼』に登場する監督や選手、チームは、ほとんどカタカナでしたね。ただ、それほど海外サッカーに詳しくなくても、問題はないかなと思います。

文重:私も、海外サッカーに詳しくないのですが、Googleの力に頼ることなく楽しめたので、同意見です。

亘重:それにしても、『サッカー右翼 サッカー左翼』は読みやすかったですね。登場する人物の来歴も文中で紹介されていたし……。何よりも、途中で読み返すことなく、最後まで読み進められた。文章がうまいというか、構成がしっかりしている。本当に良い本だなと思いました。

文重:『フード左翼とフード右翼』は、どうでしたか?

亘重:最後まで読むと「なるほど!」と思えるのですが、話が行ったり来たりという印象を受けましたね。ただ、サッカーと違い、食は誰にでも関係するテーマなので、普遍性はありますよね。サッカーは見なくても生きて行けますが、食事をせずに生きることはできない。

文重:「食」が、あそこまで政治的な行為だとは思いませんでしたね。それ以外に気付いた点は?

亘重:『フード左翼とフード右翼』と『サッカー右翼 サッカー左翼』。両書とも「新しい視点」の獲得が目的なんですよね。

文重:『フード左翼とフード右翼』は序章で、「食をめぐるマッピングの末に、現代人の政治意識が浮かび上がってくるのではないか。それを探るのが本書の目的である」と記しています。また、『サッカー右翼 サッカー左翼』はプロローグで、「サッカーの左翼と右翼には、どんな考え方の違い上がるのか、どんなチームがあるのか、どういう歴史的な変遷があったのか。これからいろいろな角度から考えてみたいと思います」と記しています。

亘重:左翼の中にも右翼的な要素があったり、その逆があったりで、単純に2分割することは難しいことが、本を読み進めていくうちに分かります。ただ、右翼と左翼という2軸を作り出すことで、現状の整理することがテーマとなっています。

文重:どちらが正しいという話ではなく、「そういう考え方もあるのか!」と気付かされることが多かったですね。

◆サッカー右翼とサッカー左翼の違い

西部謙司 「サッカー右翼 サッカー左翼 監督の哲学で読み解く右派と左派のサッカー思想史」(カンゼン)刊行記念 西部謙司さんトーク&サイン会

文重:サッカーの右翼と左翼の違いは、その分類方法が面白かったですね。

亘重:この分類は、「1978年ワールドカップでアルゼンチンに初優勝をもたらしたセサル ルイス メノッティ監督の言葉」がヒントになっています。右翼が勝利至上主義で、左翼がエンターテインメント重視。これは何となく理解していたのですが、イングランドのパワフルなサッカー(保守=右翼)に対抗するため、スコットランドがショートパス主体のサッカー(革新=左翼)を生み出したという歴史的背景は、新しい発見でした。

文重:左翼のサッカーが、ショートパス主体なのは、エンターテインメントを重視することが目的ではなく、勝利を収めることが目的だった。しばしば、目的を失っているかのような「左翼」のチームを見掛けますが……。

亘重:また、「カテナチオ」が左翼に嫌悪される経緯も面白かったですね。ミランもインテルも、極端に守備的なサッカーをしていたわけでなく、攻撃力もすごかった。しかし、攻撃力のない「劣化コピー」が出回ったこと。カテナチオの隆盛と、サッカーのビジネス化が進んだ時期と重なる点。そして、サッカーから「喜び」を奪っているという批判……。

文重:攻撃を制限して守備を強いることで「喜び」を奪っているという批判。これに対し、西部氏は疑問を投げ掛けています。

亘重:『フード左翼とフード右翼』にも共通するテーマなのですが、本当に「左翼」は、人々に寄り添っているのか、という話ですよね。有機野菜を使った料理はおいしいし、高いテクニックを有する選手を集めたショートパス主体のサッカーは素晴らしい。ただ、それを実現するのに、どれだけ金が必要になるのかって話ですよね。

文重:大衆にとって、カウンターサッカーが唯一の抵抗手段となっている。

亘重:スペインなんかだと、1部のビッグクラブを除き、ほとんどのチームが弱小チームですからね。そして、右翼のサッカーで頂点に立ったアトレティコ マドリーのディエゴ シメオネ監督は、高い支持を得ている。すごいプレーもサッカーの魅力であり、そうしたプレーがあるからこそ、サッカーは人気のスポーツなのですが、サポーターにとっては、勝利こそが最大の喜びなんですよね。

文重:ほかに面白かった点は?

亘重:ユルゲン クロップ監督とドルトムント、ジョゼ モウリーニョ監督の「非凡なる平凡さ」などが、挙げられます。

文重:私は、ナショナルチームのサッカーに関する章が面白いと思いました。「現代は代表とクラブの関係が逆転していて、むしろ代表の方がローカルチーム化している。ビッグクラブは多国籍化が進み、戦力的にも完成度でも代表を凌駕した」。ここまでは、かなり前から指摘されていることですが、その続きが面白い。「(前略)代表のほうが現在では伝統色が出ているかもしれない。(中略)同じ国民であるぶん、多国籍化したクラブよりもスタイルが明確になりやすい」。この部分は、確かにそうだなと思いました。

亘重:そうした中、移民によって身体能力にバリエーションが出てくるフランス代表を、「常に実験的なチーム」と位置付けていましたね。

◆U-23日本代表とTV解説者

亘重:『サッカー右翼 サッカー左翼』は、Jリーグや日本代表に関する記述がないですね。

文重:トークショーでは、Jリーグや日本代表に関することも話していました。J1は左翼のチームが多く、J2は右翼のサッカーが多い。日本代表は、左翼のサッカーよりも、右翼のサッカーの時に結果を残している。岡田武史氏は左翼的な思想を持ちながら、右翼のサッカーに転じた時の方が結果を残せる。監督の思想と、チームが勝利を収めるための選択は、必ずしも一致しないなど、面白い話が聞けました。

亘重:Jリーグや日本代表については記されていないため、自分で考えるテーマにすると良さそうですね。

文重:ですね。ここからは、私見を話していきましょう。やはり、左翼のサッカーといって真っ先に思い浮かぶのは、浦和レッズのミハイロ ペトロヴィッチ監督です。浦和のサッカーは、『サッカー右翼 サッカー左翼』に記されていた左翼の弱点が、そのまま当てはまる印象です。マルセロ ビエルサ監督について記した点が、似ているなと思いました。

亘重:「(前略)それが魅力であると同時に息切れの原因なのだろう。一生懸命やりすぎてしまう。(中略)その反動として負傷者や疲労のために失速する」ですね。

文重:浦和が失速する理由は、明らかに疲労ですよね。そりゃ、1シーズンを同じメンバーで戦い続ければ、最後の方は、疲労でパフォーマンスが落ちるのは当たり前です。ただ、2007年シーズンも、AFCチャンピオンズリーグを制しながら、リーグ戦残り5試合の成績は3分け2敗。鹿島アントラーズに逆転優勝されているため、大胆なターンオーバー制を採用しないのは、チームカラーなのかもしれません。

亘重:サンフレッチェ広島は、同じようなサッカーをしていますが?

文重:森保一監督は、クラブワールドカップを見ても分かるように、大胆な選手起用をしますよね。ある程度、チーム全体のクオリティーを落としても、最低限の結果を残そうとする。勝利至上主義ではないにしても、勝利という結果を残さないと注目されない、というハングリーさを感じます。本来、選手は優勝を経験するためにビッグクラブへ移籍すると思うのですが、勝利にこだわる選手が残留しているという印象を受けます。もちろん、勝手な想像ですが。

亘重:日本代表については、どう思いますか?

文重:西部氏が1年ほど前に「J論」でコラムを書いていますね。なので、U-23日本代表について語りましょう。

【参考】ハリルホジッチと右翼のフットボール
http://j-ron.jp/jron20150402.php

亘重:U-23日本代表は、右翼のサッカーだったと思います。

文重:私も同意見です。右翼のサッカーを分かっているメンバー、J2経験者を多く招集したという印象を受けます。分かりやすい例を挙げれば、関根貴大ではなく矢島慎也。

亘重:分かりやすい?

文重:両選手とも浦和レッズ所属で、同ユース出身。先輩の矢島選手は、浦和で出場機会を得られず、J2のファジアーノ岡山に期限付き移籍中。後輩の関根選手は浦和で先発メンバーとして活躍している。

亘重:左翼のミハイロ ペトロヴィッチ監督による評価は、関根選手の方が圧倒的に高い。しかし、右翼の手倉森監督による評価は、矢島選手の方が高い、ということですね。

文重:手倉森誠監督の使命は、観客を魅了するサッカーの実現や、選手の育成ではなく勝利を得ることですから、勝利への執着心の強い選手をメインに起用し、左翼の選手はアクセントにとどめるという選択をしたのだと思います。

亘重:そう考えると、解説者の山本昌邦氏は、終始、的外れなことを言っていた印象を受けますね。きっと山本氏は「左翼のサッカーをすべきだ」と考えていたのでしょう。その基準から見れば、手倉森監督の采配は意味不明だったのでしょう。

文重:右翼と左翼という評価軸は、万能ではない。ただ、異なる考え方があることを理解し、それに対してリスペクトする姿勢は必要ですよね。それが解説者の役割だと思うのですが……。

亘重:そもそも山本氏がしばしば口にする「世界基準」という言葉が、よく分からないですよね。左翼のバルセロナも、右翼のアトレティコ マドリーも、世界最高レベルのサッカーをしていて、求められる選手も異なっている。例えるならば、イヤミの「おフランスでは~」に近い印象ですね。

文重:シェー!

◆フード左翼とフード右翼の違い

亘重:唐突にオチが付いたところで、『フード左翼とフード右翼』の話をしましょう。

文重:先ほどの「シェー!」ですが、『フード左翼とフード右翼』で紹介されたアリス ウォーターズ氏が、フランスに長期留学した経験を生かし、レストラン「シェ・パニース」を開業したというエピソードを意識しました。

亘重:……。『フード左翼とフード右翼』は、「アメリカでは~」という話を例に出し、日本に当てはめていくという内容でした。

文重:「アメリカでは~」と記しながらも、それを押し付けてはいない。なぜならば、アメリカ合衆国の人々と一口に言っても、「スターバックス・ピープル」(=フード左翼)と「クアーズビール・ピープル」(フード右翼)では、全く文化が異なるからですね。また、フード左翼も「一枚岩」ではないことが、『フード左翼とフード右翼』には記されています。

亘重:大統領選挙に関するニュースを見ていると、そのことに気付かされます。ただ、「スターバックス」と「クアーズビール」だと、いまいちイメージがわきにくいです。

文重:同じアメリカのTV番組でも、『プロジェクト・ランウェイ』は左翼っぽいですよね。一方、『WWE』なんかは、まさに右翼。共和党の有力候補者、ドナルド トランプ氏も『WWE』に出演していますしね。

【参考】ドナルド トランプ(WWE)
http://www.wwe.co.jp/superstar/172.html

亘重:あぁ、随分とイメージしやすくなりました。日本だと、どうですかね?

文重:速水氏も指摘していたように、日本は「食で団結」する国民性ですからね。「食の分断」が進んでいると記されてはいても、それを実感することは、ほとんどないですよね。いや、確実に存在するとは思うのですが、出会う機会がない。

亘重:TV番組で紹介されるお店は、基本的に「フード右翼」向けですよね。安いとか、大盛りとか。

文重:高級レストランも紹介されてはいますが、食へのこだわりよりも、その料理の値段がいくらか……、というか、誰が自腹を切るのかが一番のポイントですよね。

亘重:TV番組に出演する芸能人は、大衆向けであることが求められますからね。実際に何を食べているかは分からないですが、取りあえず、フード右翼的な発言をした方が、好感度が高まる。TVというメディアの性質もあると思いますが、フード左翼を公言する人は見掛けないですね。

文重:そうなると、むしろフード左翼でいてほしい皇室関係者か……、あとはスポーツ選手ぐらいですかね。スポーツ選手は、フード左翼の方が「意識が高い」と好感を持たれる。

亘重:そう考えると、健康診断をキッカケにフード左翼へ転向する人はいそうですね。メタボリック症候群を解消しようとすると、必然的に、食への関心が高ますから。

文重:確かに。私自身、以前に比べると、右から左に寄ってきたなと思います。毎日、バーガーキングやメガマックを食べていた時期がありますかね。今は、とても無理。食が細くなったし、カロリーとかを気にせずに食事をするとか、できないですね。

亘重:「『フード左翼』から『フード右翼』へ転向することはあり得ない」と記されていましたが、それは本当だと思います。食のレベルを下げることは難しい。

文重:生活のダウンサイジングは難しいと言われていますが、中でも「食」はハードルが高いそうですね。

亘重:数年前に、5万円ぐらいする炊飯器を買ったけど、あの炊飯器で炊いたご飯を食べると、前には戻れないと感じてしまう。

◆遺伝子組み換え食品の隠された論点

文重:ほかに気になったことはあります?

亘重:遺伝子組み換え食品に関する記述が興味深かったですね。

文重:多国籍バイオ企業モンサントの話ですね。

亘重:それほど遺伝子組み換え食品に拒否反応がないため、何で反対している人がいるのだろうと思っていましたが、特許や市場の独占に関する問題意識は全く持っていなかった。

文重:「モンサントは、穀物として市場に流通する遺伝子組み換え大豆の多くの種子を特許を保持し、トウモロコシでも多くの特許を持つ。しかも、農家はこれらの種子から穫れた種を再び畑に蒔くことはできない。なぜなら、それは特許侵害になるからだ」という部分は、私も驚きました。

亘重:フード左翼の中には「裸足で大地を歩くことで、放射能から身を守ることができる」とか、笑ってしまう主張もあるため、遺伝子組み換え食品への反対も生理的な嫌悪感ばかりが原因なのかと思っていたら、きちんとした主張もあるのだと気付かされました。

文重:ほかにも、ベジタリアンの「肉1キロを生産するのに、必要な穀物は8キロである。(中略)つまり肉の生産は、植物に比較すると非効率的である」という主張は、食糧問題を考える上で、重要な指摘だと思いました。

亘重:一方で、フード左翼の大好きな有機野菜は「従来と同じ収穫量の農業を営むには、必要な耕地は2倍」といった研究結果も提示されている。

文重:どちらが正しいかではなく、いろいろな考え方があることに気付かされる書籍ということですね。

亘重:ところで、意識して有機野菜を食べたことがないため、よく分からないのですが、有機野菜って、それほどおいしいのかな?

文重:速水氏は、「フード右翼」から「フード左翼」に転向したと記しているけど、その理由を「特に健康願望があるわけではないし、毒を体から出したいといった願望とも無縁だ。だが一度、新鮮な有機食材の食や自然食レストランに慣れてしまうと、ジャンクなファストフードを摂取することに嫌悪感が生じるようになる」としていますね。

亘重:その「『美味しい』は正義」は、どれほどのものかと。

文重:私は、『フード左翼とフード右翼』の出版イベントで、フード左翼的な料理が振る舞われたため食べたことがあるけど、確かにおいしかったよ。

【佐久間裕美子×速水健朗特別対談】日米の最新“食事情”から考えるライフスタイル格差

亘重:では、うちも有機野菜の農家と契約しましょう!

文重:いや、それには『有料コンテンツ批評』の有料会員が、あと数百人必要かな。

亘重:それって、あと数十倍必要ってことですよね?

文重:ものは言いようです。

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