どこにいても音楽を楽しめることはもちろん、オフィス以外で働くことや新作映画を自宅で見ることが当たり前に。パンデミックがきっかけのひとつではありますが、多様な「新しいライフスタイル」が馴染んでいくのはステキなことのように感じます。
そんな暮らしに欠かせないのが、モバイルバッテリーやワイヤレスイヤホン、カンファレンススピーカーといったスマートデバイス周辺機器です。
今回、お話を伺ったのはアンカー・ジャパン株式会社の代表取締役CEO・猿渡 歩(えんど あゆむ)さん。
モバイルバッテリーのイメージが強い「Anker」の他にもオーディオブランド「Soundcore(サウンドコア)」、スマートホームブランド「Eufy(ユーフィ)」、スマートプロジェクターブランド「Nebula(ネビュラ)」の計4ブランドを世界100カ国以上で展開。
世界中の人から求められる「ものづくり」や、アンカー・ジャパンとしての今後の展開について伺いました。
ハードウェアで人々の生活をエンパワメントする
――まず、Ankerグループのコーポレートミッションにある「Empowering Smarter Lives」についてお聞かせください。
ハードウェアで人々をスマートにしたい。もっと言うと「アンカーの製品を使って、生活が良くなった」と実感してもらえると嬉しいです。
例えば、スマート掃除機を使っていただければその時間に違うことができるし、家庭用のプロジェクターで100インチの映像を見るのも、これまでにない体験になると思います。
これからも、そういった新しい体験ができるハードウェアを生活の中に届けたいと思っています。
この考え方は、AnkerグループがチャージングブランドのAnkerを始めた頃から変わっていないのだそう。
――グローバル企業であって、チームが同じ目標を目指して行動するのは、簡単ではないと思います。このミッションを達成するために大切にしていることはありますか?
このミッションをもっと分かりやすく言うと“売り上げを伸ばすこと”だと思っています。売り上げを伸ばすということは“Ankerグループの製品を届けられる人を増やすこと”につながります。
コーポレートミッションで人々をエンパワメントしたいと言っているのに、肝心の製品が皆さんの手元に届いていないのであれば、それは自己満足でしかないんですよね。
――「売り上げを伸ばす」とだけ聞くと直接的だと感じますが、そう言われると分かりやすいです。
それに、まだ我々のプロダクトがマジョリティ層に届いているとは言えません。
もっと届けられる分母を増やしたい。みなさんの持ち物の中に我々の製品を増やして、その結果、多くの人の生活を豊かにしたいというのが、チームの共通認識です。
エントランスに刻印している企業理念。壁と同色でさり気なくも目に入る。
――アンカー・ジャパンの設立は2013年、猿渡さんがアンカー・ジャパンに入社したのが2014年とのことですが、当時の日本市場について伺えますか?
2013年から2014年ごろは、Ankerにとって追い風が吹いていたと思います。スマートフォンが普及して、その周辺機器を求める人が増えていた時期。
さらにECプラットフォームでの買い物も多くの人に受け入れられてきていたので、我々にはありがたかったですね。
――いまでは高額な商品であっても、ECで買うのが当たり前になっていますよね。
そうですね。実際の製品を手にとって確認せずに、製品の情報やレビューだけを見てAmazonで買い物をすることも今では当たり前のことです。でも、それは今だから言えることで、ほんの数年前までは手に取れる場所で買うのが主流でした。
もともとは本を売るサービスだったAmazonで2010年ごろから、ハードウェアやそれ以外の商材を売るようになっていった。それからEC化の流れがものすごく早く進んでいって、アンカー・ジャパンの創立は、とてもタイミングが良かったと思います。
ただの「充電器」から「Ankerの充電器」に
エントランスにあるショーケースにはAnkerグループのアイコニックな製品が並んでいる。
――2013年から2020年では2,200%の成長、2020年は前年対比で60%の成長でした。成長を実感するような出来事はあったんでしょうか?
売上は明確に上がっていって、2020年には200億を超えました。そして、さらに今後数年では400億、500億という額が目標に入ってきています。
――コロナ禍で量販店が開いていないというのもあり、消費者目線でも、ECでの買い物はかなり浸透したと感じます。
そうですね、外出が難しいタイミングを経てECで買い物をすることに抵抗がなくなった方が多いと思います。
でも、それだけじゃないと思っています。高額な製品を買っていただけるのは、我々Ankerグループに対する信頼が醸成された証でもあるかなと。
一度買ってみて、製品が良くなく、更にサポートまで悪ければ二度目はおそらくありません。良いプロダクトを作って期待に応えてきたからこそ、売り上げが伸びているんです。
実際に、「あのタイミングから何かが変わった」というような明確なブレイクスルーというのはあまり体感していません。
個人的な話をすると、名刺交換をするときに自分から「バッテリーの会社です」と名乗っていたのが、先方から「Ankerの充電器を使っていますよ」と声をかけられるようになったことでしょうか。
――「Ankerのバッテリー」が認知されたということですよね。実際に私も「Ankerの充電器が使いやすいよ」と勧められたことがあります。
そう言っていただけることが増えました。いわゆる「指名買い」ですよね。モバイルバッテリーってごく一般的なアイテムだから、そんなにブランドにこだわるような物じゃなかったはずなんです。
でも今は、「モバイルバッテリー アンカー」と検索をかけてもらえる。それに、昔はただ「充電器」や「バッテリー」と呼ばれていたのに、「Ankerの充電器」と言ってくれる人が増えました。
ブランドの認知度が上がっているのは感じますね。
ブランドに対して、一種の愛着のような親しみやすさを感じることは誰にでもあると思います。製品をよく見かけるようになったり、使ったりするうちに、お気に入りになる。
Ankerグループではそんな消費者からの信頼を大事にし、さらにたくさんのお客様に認知していただくために、オーディオブランド「Soundcore」や、スマートホームブランド「Eufy」、スマートプロジェクターブランド「Nebula」でも「by Anker」のマークをロゴに含めているのだとか。
――最近ではSoundcoreのイヤホンをつけている人も、よく見かけます。
イヤホンをつけている人は、私もよく見かけるのでとても励みになります。完全ワイヤレスイヤホンの人気製品「Soundcore Liberty Air 2 Pro」はAmazon売れ筋ランキングの【イヤホン・ヘッドホンカテゴリ】で1位(※2021年1月20日16時時点)になったのも嬉しかったですね。
――先ほどからお話に出ていたように、AmazonでAnkerのバッテリーを見たことがあるという人も多いと思います。たくさんの商品の中で、頭ひとつ飛び抜けた、その経緯などを聞かせていただけますか。
ウルトラCみたいな事はやっていないんですよ。お客様のためにニーズに応えられるプロダクトを作り、真摯に積み上げてきただけなんです。
ビジネス的な側面として、すごく数字を意識している部分はあります。ECは1時間ごとに検索上位が変わる世界。そのマーケットシェアにはとてもこだわっていて、必ず見つけてもらえるようにトップ3に入れるように目指しています。
常に1位を目指さないと、ブランド認知をしてもらうことも難しいと考えています。
――ECには、店舗ではあり得ないようなスピード感があるんですね。1位を目指すために競合の研究もされているんですか?
基本的に競合製品は買って試していますし、スペックに対しての価格検証もします。正直、Ankerの製品は今は最安値ではないです。
品質や安全性を求める製品開発に投資しているし、その結果として性能も上がってきている。最安値でなくても選んでいただけるのは、お客様の声を真摯に受け止め反映したより良いプロダクトを作り続けているからだと思います。
災害の備えにも欠かせないモバイルバッテリー
テレワークにもぴったりなサイズ感。音質もクオリティが高い。Anker「PowerConf」12,900円(税込)
――では、ここ数年のコロナ禍を経験して、変わったことはありましたか?
実は、最初の緊急事態宣言とほぼ同時に、会議用Bluetoothスピーカーを発売していたんです。
「Anker PowerConf」は業務用ではなく、個人で使えるサイズ。発売は偶然のタイミングではあったんですが、手に取りやすい価格をはじめ、在宅ワークのニーズにぴったりでした。周辺機器のUSBハブや急速充電器など、家にワークスペースを作るために必要な製品も伸びました。
ケーブル=絡むという誰もが経験したことがあるであろうストレスをなくしてくれるケーブル。Anker「PowerLine III Flow USB-C & USB-Cケーブル」(0.9m)1,790円(税込)
――これまで在宅で仕事をする習慣のなかった人は、いちからデスク周りを整えないといけませんもんね。
ケーブルホルダーなど、周辺機器のさらにその周辺機器というような製品も注目をされました。
――日本の大企業やファッションブランドなどとコラボレーションをされているのも印象的です。コラボの事例やベネフィットを教えてください。
2015年にKDDIさんのauショップで充電器などを販売している「au+1 collection」に採用いただけたのは、とても大きかったです。製品への厳しい基準をクリアして、auショップにずらりと製品を並べていただきました。
当時は事業部門に私1人しかいなかったので大変でしたが、外資系企業であっても認められているという信頼につながったと思います。
KDDIさんの厳しい安全基準をクリアする製品を作るために本社に掛け合ったりと簡単なことではなかったですが、それをやり遂げたことがお客さまからアンカー・ジャパンへの信頼につながっていると思います。
――auショップなどのキャリアショップで扱っている商品なら安心だという気持ちは、私も分かります。キャラクターやアイドルなど、自分の親しみ深いものとコラボをしていると、その商品自体にも親近感を覚えるようになったり……。
それが、コラボレーションをする場合の一番大きなベネフィットですね。キャラクターやアイドルなどは普段我々だけではリーチしきれないファンの方に製品を知っていただける。Ankerのコアユーザーである20代から50代の男性以外にも届きます。
毎回ファンの方からのリアクションが大きいので、喜んでいただけているなら嬉しいです。
――2019年からは川崎フロンターレとのパートナーシップを締結していますよね。
プロダクトへの信頼を得るのはもちろん大事ですが、アンカー・ジャパン自体への信頼度や認知度をあげたかったというのがありますね。
また我々の強みとしては、単にスポンサーだけでなく、実際に製品を使っていただけるという強みがあります。
自治体との防災協定などの連携も強めています。陸前高田市や熊本県合志市においては、フロンターレ経由でご縁をいただき、「災害時における物資供給に関する協定」を締結し、充電器を中心に災害時の備えとして、サポートできればと思います。
実際に川崎フロンターレの選手が海外遠征をしたときには、隔離期間に楽しめるようにプロジェクターを渡して使ってもらったのだそう。
そして、充電器やバッテリーなどのアイテムは災害時にも欠かせないもの。自治体との防災協定は今度も行っていく予定だ。
インタビューに同席いただいたマーケティング本部の吉野優希さんによれば、「川崎フロンターレの選手が海外遠征をしたときには、海外への入国・日本への帰国時の隔離期間に楽しめるようにプロジェクターなどの製品をお渡ししているんです」とのこと。
選手たちが使っているAnkerグループの製品が気になる、というサポーターも増えそうです。
もっと広くプロダクトを届けたい。成長のジレンマとは
アンカー・ジャパンの社内では社員、来客にかかわらず、全員が靴を脱いでスリッパなどを履いて仕事をしているという。私たちも取材時にはスリッパで臨んだが、おうちに帰ってきたような感覚でリラックスしてお話を伺えた貴重な経験でした。
――多くの競合メーカーがあるものの、業界を引っ張るメーカーだと感じています。その中において、企業としてジレンマなどはありますか?
中国で上場している企業とはいえ、スタートアップとしてスピーディーに製品開発や新しい取り組みをしていきたいと考えています。製品開発の際は、お客様のレビューはすごくよく見ていて、それを参考にプロダクトを素早く直せるのは良いところだと思っています。
あとは成長のジレンマというか、これからはお客様とのコミュニケーションに工夫が必要ですね。
これまではイノベーター、アーリーアダプターと呼ばれる方に見つけていただいて、ガジェット好きのコアな方にファンになっていただけたと感じています。
でもこれからはもっと幅広い層でのお客様に知っていただかないといけない。そうなった時にも、しっかりとした製品作りを続けて、元のファンの方達にもついてきていただきたいと思っています。
猿渡さんの言葉を受けて、吉野さんも続けます。
そうなった時にも、しっかりとした製品を作りを続けて、元のファンの方達にもついてきていただきたいですね。
早い段階で見つけてくださって、ファンになっていただけたからこそアンカー・ジャパンが成長できたことを忘れてはいけないと思っています。
――ガジェット好きから支持される硬派なブランドとしてのイメージがあります。
それは嬉しいです。でも、カフェに行って「Ankerって知ってますか?」って聞いても、まだ半分も知らないんじゃないかな……。
まだまだポテンシャルはあると感じているので、もっとブランドを認知してもらいたいです。信頼のないブランドから、高価な製品を買わないじゃないですか。
iPhoneは、あんなに高額なのにみんなが持っている。それはブランドへの信頼感があるからですよね。Apple Watchがあれば、電車にもタクシーにも乗れるという圧倒的な便利さがある。そういうことをAnkerでもやっていきたいです。
さらに続けて、ハードウェアは非常に信頼が大事という。
購入前もそうですけど、購入後もサポートがちゃんとしてるのかどうか。スピーカーやプロジェクターとなると、単価も高いですしね。
とにかく信頼をひとつずつ積み上げていくしかないです。
自分より優秀な人と一緒に働きたい
――アンカー・ジャパンとして日本市場を見たときに、アメリカなどのグローバルと比べて、違いはありますか?
前提として、日本人は製品やサービスに対する目が厳しく、高い期待値を持っています。
これは有名な話ですが、日本人に支持される物を作るとグローバルに売れると言われている。日本のお客様はサービスに対して高い期待値を持っているので、そこをクリアできさえすれば、グローバルでどこに持って行っても売れると言われています。
あと、日本人は小さい物が好きかなと思います。「Anker Nano II」という、Ankerの独自技術を搭載した超小型の急速充電器があるんですが、グローバルの中でも日本での売れ行きが一番良いです。
逆に、アメリカにはピカピカ光るパーティスピーカーというプロダクトがありますが、日本ではなかなか売れませんね。(笑)
Nano IIシリーズ(通称「GaN II」)は人気商品のひとつ。スマホからノートPCまでこれひとつで充電できるというすぐれもの。「Anker Nano II 45W」3,390円(税込)
――「GaN ll」搭載の充電器、私も使っています! 電車移動が多いので、小さい製品が好きというのも当てはまりますね。では、ずばりアンカー・ジャパンの強みは?
アンカー・ジャパンは、人が強みですね。いま、正社員がやっと100人を越えたくらいなので。生産性の高い組織です。それが強みですね。
自分で言うのもおかしいんですけど、採用通過率は正直高くありません。ですが、その裏返しとして本当に優秀な人が揃っていると思います。
だからこそ、せっかく入社してくれた社員が働きやすい環境の整備にとても気を配っているし、事業戦略と同じくらい組織戦略も大切にしています。
ただ、どうやって売り上げを伸ばすか、利益を作るかということを、ゼロベースで考えてスピード感を持って取り組める人ってなかなかいない。さらに、精緻な判断ができる人材というと限られます。
――企業として大事にしている考え方などはありますか?
全体最適を考えられるかどうかです。人数が増えて部門が増えると、一方にとって良いことが他方にとってはそうではないという利益相反が起きることもあります。
それを原点に立ち戻って、個人よりも部門、部門よりもアンカー・ジャパン全体のためにはどうしたら良いのか、それを考えられることが大事だと思います。そのためのインセンティブや仕組みにも力を入れています。
――最後に、今後のアンカー・ジャパンについてお聞かせください。
実は3年後にどうなっているかというのはわからない部分が大きいです。私たち自身、創業当時はロボット掃除機を売るようになるなんて思っていなかったですから。
Amazonでモバイルバッテリーを売る会社だったのに、直営店を展開したり、コンビニにまで販路が広がって、取り扱う製品も掃除機やプロジェクターまで広がって。もちろん、時代の流れにも影響されています。
だからこそ、しっかりと時代の流れに沿って、お客さまの声を聞き、求められている物を作るということを大事にしていきたいですね。昔は作りたいものを作っても売れたかもしれませんが、SNSでの意見やレビューが重視され、時代の流れが速くなった今はそれではいけないと思います。
CtoCの評価を大事にして、良いものをしっかり作るということを変わらずにやっていきたいです。
「信頼」を何より大切にしているアンカー・ジャパン。プロダクトはもちろん、Ankerブランドそのもの、そして働く人同士の信頼関係があるからこそ、ここまでの成長があったのかもしれません。
生活に欠かせない充電器、バッテリー製品はもちろん、Ankerグループのこれからのものづくりに期待が膨らんだインタビューでした。
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