近藤剛さん、52歳。2016年6月、元外資系のビジネスマンが、彼と同じだけ年を重ねた築52年の中古物件をリノベーションし、自家焙煎のコーヒー屋「FINETIME COFFEE ROASTERS」を経堂駅の近くにオープンさせた。彼はこの店の2階に家族3人で暮らしている。

なぜ彼はここで第2の人生をはじめるに至ったのか? そして、なぜコーヒー屋をはじめたのか? そこに秘められた運命的なリノベーションストーリーをうかがった。

コーヒー屋をはじめる前、どういう生活をしていたのですか?

はじめに入った会社でアメリカへ留学して、そのときにMBAを取得したんです。帰国後、金融系の外資系企業に転職して、そこで10年ぐらい働いていました。そのあといろいろとあって、会社を辞めたのが2014年ぐらいだったかな。

そのとき50歳前だったのですが、何か新しいことをはじめようと決めたんです。前職の関係で経営の知識があったので、やるなら商売がいいかなと。食べることが好きなので、飲食店をはじめようとも考えたのですが、この年からシェフになるのも難しい。そこで漠然と思いついたのが、カフェでした。

音楽や映画、アートといったカルチャーがずっと好きだったので、「おもしろい人が集まるようなカフェがつくりたい」と考えはじめたのがきっかけですね。

「自宅兼カフェ」にしようと思った理由は?

ちょうどコーヒーやカフェのことをリサーチしていたとき、奥さんと付き合い始めました。はじめは「自宅兼カフェ」という考えはなかったんですが、コーヒーを勉強をして、浅煎りコーヒーにどんどんのめり込んで、「もうこれは店をやるしかない」となったぐらいで、彼女と結婚しようとういう話になったんです。

結婚するならいっしょに住む家が必要になります。そのとき彼女のほうから「1階がカフェで2階が家ならいいんじゃない」と提案してくれたんです。そういうこともあって、すごく自然な流れで自宅兼カフェという考えになっていきましたね。

どのように物件探しをしたのですか?

とりあえず物件を探すだけでもと思って、中古物件を探しに相談に行ったら「希望に合うような物件はない」ということでした。

そのあとリビタへ相談に行ったら、大嶋さんというコーヒー好きな人が担当してくれて、その人がかなりがんばって物件を探してくれました。トータルで10軒ぐらい見たのかな。

FINETIME COFFEE ROASTERSの外観
間取り図

それでこの経堂の物件を紹介してもらったのですが、こんなに駅から近くて、商店街も近くて。それでいて築52年の建物の雰囲気も全然悪くなかった。

物件自体は「借地権」だったので予算が少し下がりました。妻も賛成してくれたし、彼女は会社勤めだったからローンを組むこともできました。とりあえず分厚い事業計画書をつくって、いろいろなところにお金を借りにいきましたね。

築52年の中古物件をリノベーションして、大変だったことは?

はじめはリノベ費用を2,000万ぐらいで考えていたんですが、家の傷みが予想以上だったこともあって、はじめにもらった見積もりは想定以上の金額でした。そこから必要ないものを削って、予算を抑えていく作業にかなり時間がかかりましたね。

設計を担当してくれたのは、成瀬・猪熊建築設計事務所です。リビタからの紹介で4組ぐらいの設計者さんを紹介してもらって、これまでの事例や、会ってみての印象などから決めました。

こちらの要望は、建物が細長い場所にあって暗いイメージだったので、光が入る明るい空間にしてほしいということ。純喫茶のような雰囲気ではなく、もっと明るくてオープンなカフェのイメージでしたね。設計者さんとはSNS経由で写真を送ったりして、自分たちのイメージを共有しました。

自宅にカフェという働く場がある暮らし、どうですか?

個人的な感想でいうと、全然気にならないというか、どちらかといえば便利なことばかり。

切り替えの心配は多少あったので、店舗スペースと住居スペースは上と下でハッキリと分けています。両空間の境界は土間のようなスペースで区切っていますし、入口も2つ用意して、店舗と生活動線は分けています。それが結果的に良かったのかもしれないですね。

この店は昨年6月にオープンして、翌月に子どもが生まれました。妻は、自宅兼カフェのほうが育児の気がまぎれると言ってくれています。マンションの一室で子どもとずっと2人きりだと、ストレスが溜まるかもしれないなと思いますね。ここだと一日中なんとなくザワザワしてるし、私も近くにいますからね。

実は、この建物と私は同い年なんです。築52年で、私は52歳。そして、店がオープンした1か月後に子どもが生まれたわけだから、店と子どもは同い年で、どっちもまだ0歳。

私と同じ52歳の家が生まれ変わり、新しい店と新しい命が同時に誕生した。本当に偶然なんですが、どこかでちょっとした運命的なものを感じますよね。

開業してまだ半年ですが、ここでどんな暮らしをしていきたいですか?

本当のことを言うと、いずれは豆売りをメインにしていきたいと思っています。コーヒー豆の販売をメインにしながら、こういう浅煎りコーヒーの輪を広げていきたい。そういう思いがけっこう強いです。

でも、いきなり豆だけを売りはじめるのもなかなか難しい。なので、豆の味を知ってもらうという意味でも、カフェをがんばっていたりします。コーヒー屋さんの気持ちを知るには、自分でコーヒー屋をするのがいちばんですから。あと、エアロプレスの大会で3位になったというのもあるから、それを宣伝に使いたい気持ちもあります(笑)。

焼きたての豆が1番おいしいと思われている方が多いのですが、私のところの豆だと実は1週間目ぐらいから飲み頃になって、時間が経つほどに味や風味がどんどん良くなる。2か月ぐらいは平気で持ちますよ。

コーヒーは豆の種類、焙煎方法、淹れ方によって全然違う味になります。こだわる要素がたくさんあるので、追求しがいがあるというか、終わりが見えない。豆を使って毎日実験をしている感覚です。でも、どれだけ実験を重ねても、最後は人間の舌で「おいしい、おいしくない」が判断される。その不確実性も、またコーヒーのおもしろいところなんです。

なんだか、さっきからコーヒーの話ばかりしてますね(笑)。

編集部ノート
取材中もコーヒーに対する熱い思いを口にしてくれた近藤さん。コーヒー業界で活躍する20代の若い人たちとも交流を重ね、彼らから「すごく刺激を受けている」と迷いなく話す彼からは、貪欲にコーヒーを追求したいという探求心がうかがいしれた。

中古物件をリノベーションしてつくる「自宅兼カフェ」。新築でつくるよりもはるかに困難で手間がかかる一方、完成したときの空間の面白さは、新築では味わえない魅力がある。

FINETIME COFFEE ROASTERS」の豆は店舗だけでなく、オンラインサイトからも購入可能。気になる人はチェックしてみてはいかがだろう。

Photographed by Daisuke Ishizaka

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