かつて、家を持つということは一世一代の買い物と考えられていた。ところが最近では、タイニーハウスや移住、二拠点居住など、住まいのあり方が多様化し、選択肢が増えつつある。それなら、これからは「家のつくり方」自体も変化していくのだろうか。

今年7〜8月に行われた、建築家と企業が未来の家を構想する展覧会「HOUSE VISION 2」で、建築家・坂 茂さんとコラボレーションした建築材料・住宅設備機器業界最大手のLIXIL。完成した「凝縮と開放の家」の展示計画に携わった水野治幸さんと冨岡陽一郎さんに、これからの家づくりについて、お話をうかがった。

生活インフラの凝縮が、暮らしを開放し自由度を高める

©HOUSE VISION
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「凝縮と開放の家」とは、生活のインフラとなる水まわり(風呂・トイレ・キッチン・洗面)や照明・換気・空調などを、ライフコアという1つのユニットにギュッと「凝縮」させることで、「開放」的な空間を生み出した住まい。

水野治幸さん(Technology Research 本部 人間科学研究所 所長)

通常の住宅では、給排水を床下や壁内に設置するため、建設工事に時間がかかったり、建設後の間取り変更に大掛かりな工事が必要だった。ライフコアは、水を上方に処理する画期的な給排水システムを採用することにより、部屋のどこにでも水まわりを簡単に配置・移動することを可能にしている。

これまでは、住宅に合わせて暮らしをつくることが一般的だったのに対し、暮らしに合わせた家が求められる時代になっています。家のちょうどいい規模や間取りは、人それぞれです。

「凝縮と開放の家」は、暮らしが住宅をつくることがコンセプト。生活に必要な水まわりを1つにまとめることで、その他の空間を生活者自身が暮らしに合わせてデザインできます(水野さん)

冨岡陽一郎さん(LIXIL Water Technology デザイン部 デザイナー)

もう1つの特徴である「開放」は、強度と軽さを兼ね備えた素材、紙のハニカム(蜂の巣状に構成された紙によるボード)を合板で挟んだ「PHPパネル」によって生み出される。PHPパネルを家型のフレームにして土台に取り付けることで、あっという間に基本の骨組みが完成。フレーム自体が建築を支える構造なので、室内には太い梁や大きな柱のない開放感あふれる空間が誕生するのだ。

家を建てる際の選択肢には、ハウスメーカー、建築家などありますが、最も多いのが工務店というデータがあります。坂 茂さんが考案されたPHPパネル構造は、建築の構造がシンプルなので、web上で広さや水まわりの配置を選択し、すぐに見積り依頼できるのがポイントです。施工が難しくなく、短工期で建てられるので、費用を抑えることもできます(冨岡さん)

坂 茂さんとの打ち合わせ風景

LIXILでは当初、ライフコアは集合住宅のリノベーション向けの提案に注力していた。給排水の位置の制限から間取りに自由が効かないという、集合住宅のウィークポイントが解消される可能性があるためだ。だが「HOUSE VISION 2」でタッグを組むことになった坂 茂さんとの出会いが、さらに発想を発展させ、戸建ての新築における基礎・構造体自体のモジュール化と、LIXILによる建材・設備の新機構が実現した。

かねてからPHPパネル構造の構想を温めていた坂 茂さんは、ライフコアを見るとすぐに、PHPパネル構造とライフコアの親和性に気が付き、LIXILがもともと提唱しようとしていたコンセプト「アベイラブルな住生活」を具体化した家づくりアイディアを出してくれました(水野さん)

被災地や発展途上国にも対応可能なシステム

水を上方に処理する給排水システムをもち、照明も組み込まれたライフコアは、倉庫や廃校に設置すれば、そこはあっという間に居住空間になる。持ち運んで設置するだけで完成するため、被災地など急を要する場所にも対応可能だ。

簡単に施工できるシンプルなPHPパネル構造は、「HOUSE VISION 2」では2日で建てることができた。工期の短縮や、近年の建設業界の職人不足解消につながり、そこからくる建設費高騰にも影響されない可能性を秘めている。発展途上国で活用することもできるだろう。

もちろん、インターネットで家づくりをする際の不安もあると冨岡さんは指摘する。インターネットや図面上で設計したものは、実際の施工現場ではズレが生じることも少なくない。リアルとバーチャルの矛盾をどう埋めて、精度を上げていくかという課題もある。

あらゆる人の「医・職・住」に対応できる家づくりを

約50㎡の建物部分を約500万円で建てられることを目標にしたPHPパネル構造と、水まわりの工事が搬入して設置するだけになるライフコアは、これからの住まいづくりにどんな変化をもたらすだろうか。

家族で暮らしていた家は、やがて子どもが巣立つと、夫婦2人での生活に。なかには広い家に1人で暮らしている方もいるでしょう。現在の日本の住まいは、昔とあまり変わっておらず、変わりゆく家族のあり方に追いつけていないように思います。いわば「マイナスの状態」にあるかもしれません。

衣・食は、1980年代、90年代と人々が強く関心を持ち、その結果安く大衆的なものが発展してきました。これからはそこに住も加わるでしょう。また、「衣・食・住」という言葉を現代に置き換えると「医・職・住」になるとも言われています。これからの住まいは少子高齢化に伴う介護、ライフスタイルに大きな影響を及ぼす職業、それらに合わせた家づくりへと変わっていくことが予想されます。

変化するライフスタイルに合わせて住まいを変えることで、本当の意味での心地よさや快適さが得られるのではないでしょうか(水野さん)

自分の10年、20年先のことまで、具体的には想像できないのが本音。それゆえに、家を持つのを躊躇することもある。家はリノベーションをしてライフスタイルに合わせて変更できるとはいっても、水まわりだけは変えられない現状もつきまとう。一世一代の買い物であるがゆえに、いつしか家にとらわれ、身動きができなくなるのでは……。

暮らし方も働き方も多様な選択肢がある今、これからの家は変化に合わせて住まいを変えられるよう、もっと手軽でいいのかもしれない。

ライフコアの設計を進めていくうちに気がついたのが、スケルトン(骨組み)とインフィル(内部の設備)を分けて考えられることが、大きなポイントになるということです。

これまでの住まいはハードが主体だったゆえに「この工事はいくら」「水まわりがいくら」と一方的にパッケージ化されて、費用面で不明瞭な点がありました。スケルトンとインフィルをしっかり分けることで、構造はシンプルかつ低予算が実現でき、その分インフィルにお金をかけられます。

間取り、生活動線は暮らしの数だけあります。未来の暮らしを洞察することで、自分にとって本当に必要な家とはどんなものかが見えてくるのではないでしょうか。(冨岡さん)

設計や現場に左右されないライフコアとPHPパネル構造の組み合わせによって住まいの自由度が増した「凝縮と開放の家」。住まいづくりのニューカマーとして、今後の新たな選択肢に加わるのではないだろうか。

これから家をもちたい人がやるべきこと

自分の暮らしにもっと関心をもって、家づくりを考えてみてはどうでしょうか。

家は「買う」のではなく「つくる」もの。関心をもつことで自分にとってどんな住環境が心地よいのかが見えてくるはずです。将来の家族のあり方、ライフスタイルを、今こそよく考えて家づくりに臨んでください(水野さん)

土地の購入や、住宅の売買にもさまざまな方法があります。家を建てるまでのプロセスを書き出し、問題意識を持つことが大切です。他人任せにしていると余計なお金がかかっていたり、トラブルの原因になることもあります。どこに依頼するにしても、施主自身が「家はどうやって建つのか」「どこにコストがかかっているのか」を勉強をすることが必要だと思いますよ(冨岡さん)

わたしたちの暮らしは、ライフステージによって大きく変化する。暮らしは変わっていくのに、住まう家がずっと同じではストレスが生まれるのも当然のこと。車を買い替えたり、セカンドカーを持ったりするように、家についても自由度や気軽さがあってもいい。

心地よさとは、暮らしに関心を持ち、自分にとって「ちょうどイイ」家を見つけることなのかもしれない。

Photographed by Ryuichiro Suzuki
一部提供:LIXIL
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