【本格将棋ラノベ】俺の棒銀と女王の穴熊

俺の棒銀と女王の穴熊〈6〉 Vol.2

2016/01/30 18:00 投稿

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     ☆

「今の状況、満足してるの?」
 ゴールデンウィーク明け最初の活動日、部室を抜けて廊下で一息ついていると、依恋が訳知り顔で聞いてきた。
 一気に部員が増えたことで、部室棟で一番広い部屋に引っ越すことができた。足りなかった盤駒は、増額した部費に加え紗津姫が積み立てていたアイドル活動の報酬で揃えてくれた。新品の駒を打ちつける音は、何とも心地がよかった。さらに将棋部が、学園の知名度とイメージアップに貢献したということで表彰された。木製の額に入れられた表彰状は、部室をちょっとかっこよく見せるのに一役買っている。
 窓から春の柔らかな空を見上げる。一年生たちを笑顔で多面指し指導する紗津姫を思い浮かべる。
 将棋部を大人数で盛り上げるのは、紗津姫がずっと夢見ていたこと。彼女の微笑みこそ、来是が一番見たいものだ。
 何もかも、よくなったはず。
 しかし来是の心は曇りがかっていた。依恋はどうやら、幼馴染であり想いを寄せる少年の心境を的確に見抜いているようだった。
「あたしは、今までのまんまでもよかったな。来是と適当に対局して、紗津姫さんに適当に教えてもらって、金子さんのBL話を適当にあしらって――それだけでもよかったの。来是のことを考える時間、減らしたくないわ」
「そんなこと言うなよ。依恋、先輩に負けず劣らず人気じゃないか。しっかり面倒見てやれ」
「あたしのことはいいの。来是、もう紗津姫さんに教わってないじゃない。一年を教えるのを優先するからって、言われたんじゃないの」
 来是は軽く息を吐いて、肯定の意を示した。
 もし新入部員がそれほどいなかったら、紗津姫の対応も違っていただろう。しかし依恋が言ったとおりのことを通達されたのだ。面と向かってではなく、メールで。慎重に考えて決断したのだということが、思いやりの滲む文面から窺えた。同時に、来是にも一年生たちのしっかりした指導を求められた。
 先輩が後輩を教えるのは義務だ。まして大半が初心者なのだ。部長として、紗津姫の方針は真っ当なもの。不平不満を垂れるのは筋が違う。
 それでも、自分はずっと紗津姫の教えを受けていられるのだという期待が崩れたのは、少なからずショックだった……。
「ま、将棋なんてのは結局、自分で強くなるしかないってことじゃない。あんたにとっては本格的な試練が訪れたってことね。紗津姫さんにとっても」
「依恋にとっては……好都合か」
「あたしは恋敵が悩んでるのを喜ぶような女じゃないわ。今までと変わらず、自分自身を磨いていくだけ。えへへ、実はまたちょっと胸が大きくなったのよ」
 二年生になり、上級生らしさが出たというのか、近頃の依恋はなんだか大人びている。その美貌とスタイルもより洗練されているようだった。紗津姫目当てで入部したら、もうひとり同じくらい魅力的な先輩がいた。一年生たちの歓喜たるや、去年の自分の比ではないかもしれない。
「依恋せんぱーい! 私と対局しましょうよ~!」
 山里奈々が部室から出てきて、軽やかな声をかけてきた。昨年の女流アマ名人戦で依恋と対局した、新入部員の中では随一の棋力の持ち主だ。そして他とは違い、紗津姫ではなく依恋に憧れて彩文学園に入学したという。
「ねえ、奈々は好きな男子いるの?」
「へ? 入学したばっかりで、そんなのいるわけないですよ」
「それもそっか。いい人が見つかるといいわね。恋は早いに越したことはないわ」
「さすが先輩! 現在進行形で恋をしている人は、言うことが違いますね」
 ニヤニヤした顔を向けてくる。依恋の想い人が来是だということを、とっくに気づいているらしい。
 一方の来是も、紗津姫が好きだということは――単にアイドルへの憧れではないことは、一年男子にはとうに知られている。というよりも、聞かれればそうだと答えてきた。曖昧にはぐらかすのは、正面から好きだと言ってくれた紗津姫に対して失礼だと考えて。
 そうなると自然、後輩たちの間ではこの三角関係が絶好のトレンドになってしまう。むしろ、将棋よりもそっちのほうを楽しんでいる節がある……。
「戻りましょ。今日は久しぶりに横歩取りに付き合ってあげるわ」
「やった! あ、予告しますけど超急戦でいきますんで!」
「ふふ、あんまり急ぎすぎる女は嫌われるわよ?」
 それから来是も駒落ち対局など、後輩の指導に精を出した。紗津姫からお願いされた以上、真剣に取り組まないわけにはいかない。
 何より苦心するのが、適度に手を抜くというやり方だ。自分たちが最初そうだったように、いかに駒を落としても技術そのものに差があるため、下手は容易に勝てない。
 初心者に情熱を継続させるためには、負けてあげるのが一番だと紗津姫は言う。そのことに疑いはないが、まさに言うは易く行うは難し。あからさまな悪手を指してしまえば、下手は興醒めしてしまう。
 一手差の勝負になるように、しかしわざとらしくないように調整する。先輩はこんなに難しいことを、当たり前のようにやっているんだな――試行錯誤しているうちに、部活は定刻どおりに終了した。
「みんな、ちょっと聞いて」
 片付けが終わったところで、依恋が手を打ち鳴らした。
「ちょうど今日発表があったんだけど、このたび紗津姫さんが、プロ棋戦に招待されることになったわ」
 おおお、とどよめく下級生一同。
 来是ら二年生は事前に知らされていたが、この五月から開始される女流新棋戦にアマチュア枠として参戦するのである。女流初段以下のフレッシュな顔ぶれによるトーナメントが売り文句で、内外からの注目を大いに集めることが予想できる。紗津姫の選抜は、きっと満場一致で決まったことだろう。
「すごいじゃないですか! プロと戦うだなんて」
「つーか優勝狙えるんじゃないですか?」
「紗津姫先輩でしたら、夢ではありませんわ!」
 口々に飛ぶ期待の言葉に、当人はあくまで冷静だ。
「胸を借りるつもりで、頑張ります」
「あはは、神薙先輩の胸を借りたい人のほうが多そうです」
 金子のきわどいジョークも、紗津姫は優雅な微笑みで受け流すのだった。

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