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「女流棋士って棋士とどう違うの?」
将棋を何も知らない人からこのように問われるのは、女流棋士にとっては少し大きな段差に遭遇するようなものだ。越えるのはたやすいが、つまづかないようにしっかり意識して足を踏み出す必要がある。
その答えは通常、質問者が子供か大人か、公の場かプライベートの場かなど、状況によって使い分けるものだ。しかし大和はいかなる状況でも常に同じ、シンプルなたとえを用いた。
「男と女が、格闘技で対戦できる?」
「できないよ。女が敵うわけないじゃん」
「将棋も同じ。女は男に敵わないから、別の制度でやっている」
「へえー」
大和は故郷の青森県の居酒屋にて、中学の同窓会に参加していた。女流名人位の防衛ならびにクイーン名人の称号獲得を織り込んでいた幼馴染が、前々から計画していたのだ。大和は中学卒業後に上京し、以降ずっと東京で活動していた。仕事以外で帰郷するのは年に一度、正月だけと決めている大和だが、「実質あなたが主役の会」と言われては、参加しないわけにはいかない。若いうちにチヤホヤされておけ、とは師匠の言葉である。
それに、同級生たちがどの程度将棋界に理解があるのか気になっていた。案の定、ほとんど誰もろくに知らないという有様だった。おめでとうと次々に祝福の言葉を投げかけられたが、対局の中継は見ていたかと聞くと、頷いてくれる者はいない。
ニュースで活躍を知っている――まだまだその程度という事実を、大和は美味しい郷土料理と一緒に飲み込んだ。こればかりは一朝一夕でどうにかなることでもないので、あとは気ままに飲み食いするだけである。
「なんで女流は男に敵わないんだろうね?」
幹事である幼馴染、熊谷睦月だけはデビュー時から熱心に応援してくれている。自分ではまったく指さないが、休日に暇があればニッコ動で観戦する、ライトな「観る将」だ。ご多分に漏れず伊達清司郎名人のファンである。
「話は簡単。練習不足だから」
「原因がわかってて、みんな改善できないの?」
「というより、ほとんどは男に勝つことを目標にしていない。同じ女流の中で競争するので精いっぱいだから」
「それじゃ、永遠に男に勝てないんじゃないの」
「勝てなくても、やっていける。それで満足する人を、私は否定するつもりはない」
「なるほど。そう考えると、雲雀は変わってるよね。女流だけでやってても地位は安泰なのに、さらに苦労を背負い込んで」
大和は三年前、すでに女流の若き第一人者としての地歩を固めつつあったが、特例で奨励会編入試験を受験し、1級で合格した。かつては女流棋士が新たに奨励会に籍を置く場合、女流としての活動を休止しなければならなかったが、これを契機に掛け持ちが認められるようにもなった。
なぜ奨励会員となり、真の意味でのプロ棋士を目指す決意をしたのか。
もっと強くなりたい。ただそれだけ。
勝負師であるなら、誰もが抱く感情だ。しかし男と肩を並べたい、超えたいとなると……自分を含めて片手で余るほどではないのか。
女流棋界の今後にも関わることである。大和はこの現状に物足りなさを感じているが、そもそも女流棋士の数自体がそう多くはない。意識の高い後輩の出現に期待するしかない……。
「なあ、大和って奨励会の三段とかいうんだっけ?」
「それじゃあ九段の人は、大和の三倍強いのか?」
向こうのテーブルの男たちから、そんな質問が飛んできた。
もちろんそんなわけはないのだが、何も知らない人にどれほど面白く答えられるかで、プロとしてのセンスが問われる――兄弟子である伊達の言葉を思い出しながら、大和はポッと浮かんだ言葉を繰り出した。
「私のほうが三倍強い。中にはそういう九段もいる」
おお、と歓声が重なった。
棋界では不思議ちゃんで通っている大和だが、今のが旧友しか聞いていない酒の席でしか言えないことというのはわかっている。しかし偽らざる本音でもあった。
トーナメントプロとしての活動に見切りをつけ、普及や執筆活動に重きを置いている高齢の高段者は多い。そうした人と自分が戦ったら、十中八九勝つ自信がある――。
「奨励会員ってのは、つまり修行中の身でしょ? 修行中の人間より弱いプロってのは、いったいどういうことなの」
熊谷が大和の空いたグラスにビールを注ぎながら、率直すぎる疑問をぶつけた。だいぶ酔ってきているようだ。大和はひとまず様子見の一手を選び、好き勝手にしゃべらせておく。
「前々から思ってたけどさ、将棋界って理不尽じゃない? たとえば野球とかサッカーはさ、プロテストがあって、実力があれば誰でも入れるわけじゃない。なのに三段リーグは半年でふたりしか抜けられないなんて。その一方で全然勝てない弱い九段がいたりして。若い人が割を食ってるとは思わないの」
「なんだそりゃ、既得権益ってやつか?」
「将棋のことはよくわからないけど、そういう話は面白そうだな」
他の者も会話に交じってくる。
プロ棋士はファンを何より大切にする。それでもあまり触れてほしくない問題があるとすれば、これが間違いなくその筆頭だろう。
なぜもっと強い若者を入れてやらないのか――。
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