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     ☆

 部活が終了し、後片付けをしていると、依恋が紗津姫に声をかけた。
「学園祭も十一月よね。ミスコン、紗津姫さんも出るんでしょ?」
「んー……友達も出なさいってしきりに言ってますけれど」
「紗津姫さんが出てくれなくちゃ、張り合いがないわ。あなたを倒して学園クイーンになるのが、ずっと目標だったんだから」
「先輩に勝つなんて言えるのは、碧山さんくらいですよねえ」
「金子さんは出ないのか?」
「ご冗談! このおふたりが相手じゃ、記念に出る気にもなりませんよ」
 彩文学園の学園祭は、女流アマ名人戦のちょうど一週間後に行われるスケジュールだ。依恋としては大会で好成績を残し、さらに学園クイーンの座を紗津姫から奪いたいところだろう。
「去年はどんなパフォーマンスをしたの? 水着審査とかあるの?」
「そういうのはありませんよ。私がいかに将棋に魅せられたかというスピーチをしました。それだけです」
「それだけで一年生ながらクイーンになったんですか……」
 紗津姫の存在感と美貌が、よほど群を抜いていたのだろう。昨年の学園祭に足を運ばなかったことを、今さらながらもったいなく思った。そのときに彼女のことを知っていれば、もっと早くに将棋をはじめて、今よりも上の棋力を身につけていたかもしれないのだ……。
「今年は先輩と碧山さんの一騎討ちに違いないですね! どっちを応援すればいいか迷っちゃいます」
「……来是はあたしを応援してくれるよね?」
 ここぞとばかりに、わざとらしく上目遣いをしてくる依恋。
「先輩よりよっぽどすごかったら、投票してやるよ」
 もう投げやりに答えるしかなかった。
「じゃあ当日に向けて、ますますこの美しさを磨かなきゃね! 紗津姫さんも全力でかかってきてよ?」
「まあ、まだ先の話ですから」
 そもそもエントリーするのか態度を明らかにしていない紗津姫だが、彼女が今年も出場するなら、金子の言うとおり依恋との一騎討ちになるだろう。プロ棋士でたとえれば、名人とA級順位戦を全勝で勝ち上がった挑戦者との戦いだ。
 どちらを応援すればいいのか……悩む。しかしまた悩みの種を増やすのも御免だったので、来是は話題を転換した。
「そういえば学園祭、将棋部も何か出し物を?」
「何をやるかは九月中には実行委員会に申請しますけど、お客さんと対局するっていうのが例年のことですね。他にやりたいことはありますか?」
「それでいいじゃない。変に凝ったことをしてもしょうがないでしょ」
「だよな。お茶でも飲みながら気楽にやればいいだろ」
 四人揃って部室棟を出る。
 唯一の三年生の関根が引退して、新体制となった将棋部。その初日は……将棋の結果だけを見れば散々だった。紗津姫、依恋、金子と対局を繰り返したが、一勝もできなかった。こんなことは入部以来はじめてだった。
 しかし、唐突な告白に戸惑い、悩んでいるのは紗津姫も同じはず。にも関わらず、彼女の将棋には一切のぶれがない。
 自分と彼女の違いは、いったいなんなのか。強い精神力と言ってしまうのは簡単だが……。
「あの、先輩にも調子が悪いときはありますよね? そういうときはどうするんですか」
「そうですね……特別なことは何もしないです」
「な、何も?」
「物事にはすべて、波があると思うんです。調子が悪いときは気分転換をして、いい波を引き寄せる……そういう意見も世にはあふれていますけど、調子というものはそうそう自分ではコントロールできません。だからそのうちに上向くと信じて、普段どおりの生活を心がけるんです。せいぜい健康に気をつけるくらいですね」
「なるほどね。でもあたしもそんな感じかな。無理に調子を取り戻そうとすると、逆にエネルギーを使っちゃうもの」
「私はどんなときでもBLを読んでれば元気が出ます!」
「……そいつは参考になりそうにないな」
 校門で紗津姫と別れた。途中まで帰り道が同じの金子も本屋に寄っていくという。
 依恋とふたりきりになった。
 息が詰まる。早く帰って昼メシを食って、思い切り昼寝をしたかった。
「ねえ、来是」
「なんだ」
「あたしと付き合えば、すっごく調子が上向くと思うんだけどな」
「冗談はやめてくれよ」
「あたし、尽くす女よ? 来是のためなら、何だってしてあげるわ」
「何でもとか、軽々しく言うもんじゃないだろ」
「本気なのに。どう? お昼食べたらあたしの家に来ない? 夜までママも帰ってこないし」
「……遠慮する。そんな気分じゃない」
「そう。ま、その気になったら言ってよ。あたし、いつでも待ってるから」
 依恋とも別れ、来是はどんよりした心を抱えながら帰宅した。
 食事を済ませ、自室のベッドにごろんと寝転がる。
 このままではいけないとはわかっているが……速効性のある処方箋はなさそうだ。
 紗津姫の教えは、いつでも的確だった。しかし普段どおりでいればいい、状況を変える手を作れないならばじっと辛抱する――これほど簡単そうで難しいこともないと思った。