俺の棒銀と女王の穴熊【3】 Vol.30
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「うわ、すごい人ですねえ!」
金子が田舎から出てきたおのぼりさんみたいなことを言った。
彩文学園も含め、学生服の団体が将棋会館前に続々集まっていた。誰もが三十度越えの猛暑に負けない、精悍な顔つきをしている。
八月に入って間もない、灼熱の太陽が地上を照らすこの日。いよいよ関東高校将棋リーグ戦の火蓋が切られるのだ。
対外試合は春の大蘭高校との交流戦以来。そして初の大会参加になる。
来是は武者震いしてきた。今までの練習の成果を発揮する、最高の舞台だ。
「こうして見ると、高校の将棋部ってわりと盛んだよな。チェスもこれくらい盛り上がればいいのになあ」
なんとも気の抜ける斉藤先生の発言だが、前半部分は同意できた。
地味という印象が根強い将棋――それに青春をかける少年少女が、実はこんなにも多い。本当なら、もっともっと注目されていいのではないか。
「参加校は全部で三十二。私たちはC-1級として戦います。前回は中くらいの成績でした」
「大きく負けることもないが大きく勝つこともないっていうのが、毎度のパターンだ。でも今回は、やれそうな気がするぞ」
「ええ、部長に花道を歩かせてあげるわよ」
「頑張れよ。優勝したら部費をアップしてくれるよう交渉してみるから」
「マジっすか先生?」
そのとき、見覚えのある顔が視界に入った。紗津姫が軽く会釈する。
「おはようございます、城崎さん」
「ああ……」
城崎修助を中心とした大蘭高校将棋部の面々が、ずらっと居並んで来是たちの前に立ち止まった。毎回A級を維持し、それも前回は準優勝だったという。所帯の多さでも、おそらく参加校の中でトップクラスだろう。何ともいえない迫力があった。
「戦うことはありませんけど、お互いベストを尽くしましょうね」
「個人戦がないのが残念だよ。あんたの次の目標は女流アマ名人あたりか? でも他の大会にも出てくれ。早いところリベンジしたいんだ」
「ええ、機会があれば」
と、城崎の鋭い目が来是を射抜く。
あの交流戦で、彼とは紗津姫を巡って一悶着起こした。棋力では城崎のほうが圧倒的に上だが、おかげで今も印象に残っているらしい。
「少しは上達したのか?」
「少しどころじゃないっすよ。神薙先輩に鍛えられましたからね」
「そうか。せいぜい頑張るんだな」
大蘭将棋部たちは、盛大な足音を立てて将棋会館の中へ入っていった。依恋が唇をとがらせる。
「ふん。やっぱあいつ、気にくわない」
「まったくだわ。私の許可なく、紗津姫ちゃんのライバル気取りなんて」
刺々しい台詞が背後から飛んできた。
そうだ、この人が来るんだった。来是は振り向いて――仰天した。
「あら! 素敵じゃないですか」
「ふふ、今日のための下ろし立て!」
将棋の駒の柄をした紺色の浴衣。出水摩子の装いはあまりに他と浮いていた。そして合宿のときにも見た「一歩千金」と揮毫された扇子を広げている。
どうやら紗津姫に見てもらうためだけに、彼女なりのお洒落をしてきたらしい。選手ではないから、気楽なものである。
それはそれとして、アマ女王と女流アマ名人の揃い踏みに、自然と周囲も注目を寄せてくる。あれが神薙さんだ、出水さんだ、そんな声がちょくちょくと聞こえてくる。
これが全国区――来是は羨望の眼差しでふたりを見るのだった。
「うちもC-1級よ。まあ紗津姫ちゃんに勝てはしないだろうけど」
「僕は最初から負けるつもりはないよ」
出水の後ろに立つ男が、さっぱりした声で言ってのける。
第一印象、イケメン。まるでモデルのような整った顔が、夏の太陽を受けて燦々と輝いていた。
「どうも、榊さん」
「神薙さん、今回こそは勝ちますよ」
彼が榊。五段の腕前を持ち、出水も「多少は見どころがある」と評価していた男。
紗津姫は前回の大会でも彼と顔を合わせ、苦戦させられたという。
優勝に向けての障害があるとすれば、間違いなくこの男だ――。
「あんたもそこそこやるけれど、それでも紗津姫ちゃんには敵わないわよ」
「一応コーチなんだから、こっちを元気づけるようなことを言ってくれないかなあ」
榊をはじめ、白崎将棋部のメンバーたちは苦笑いをするばかり。出水の紗津姫LOVEっぷりには、彼らも困っているようだ。
「とにかく、紗津姫ちゃんの将棋が楽しみよ。カッコいいとこ見せてよね」
「ふふ、私も摩子ちゃんが教えた人たちが、どんな将棋をするのか楽しみです」
自分の将棋と紗津姫のことしか頭にないような出水だが、臨時コーチとしての指導は、きっちりやってきただろう。彼女の厳しくも的確な指導力は、来是も存分に体験している。白崎高校、きっと強敵に違いなかった。
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