【本格将棋ラノベ】俺の棒銀と女王の穴熊

俺の棒銀と女王の穴熊【3】 Vol.23

2013/10/19 13:00 投稿

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     ☆

 足場が砂浜からアスファルトに変わり、愛しい先輩がめくるめく水着姿から普段着になったのを見て、ようやく夢のような時間にも区切りがついたのだと実感した。
 そしてこの幼馴染は、ここぞとばかりにからかってくる。
「寂しそうな顔しちゃってー。あたしのビキニをもっと見てたかった?」
「そ、そんなわけあるか!」
「ふふ、たくさん写真を撮らせてあげたし、あたしの完璧なボディをいつでも拝みなさい。どうせなら待ち受けにしなさいよ」
「なんでそんな恋人みたいなこと……」
 依恋には勝手に言わせておくことにして、来是はこのあとの予定を関根に聞いた。
「メシ食ったら、自由時間だな。ちょっと遊びすぎな気もするけど」
「そのぶん、明日はみっちり鍛えてあげますよ。でも今日は、まだまだ羽を伸ばしましょう」
 聖母の笑みで紗津姫は言った。
 来是は強い西日の方向に何となく目をやりながら、合宿の折り返しとなる二日目の夜に思いを馳せる。
 ――もっと刺激的なイベントに遭遇できてもいいのではないか。
 欲張りすぎかもしれないが、もっと親密になりたい。その欲求がどうしても抑えられない。
 部屋から連れ出し、ふたりきりになれればベスト。しかし出水が素直にそうさせてくれるとは思えないし――。
「なあお前たち、チェスを覚えてみる気はないか? もしかしたら将棋の役に立つかもしれないぞ」
 なんの脈絡もなく斉藤先生が言った。金子は首をかしげている。
「将棋とチェスは別物だって言ってませんでしたっけ?」
「まあそうなんだが、盤面を広く見る目が必要なのは同じだ。だから夜にどうかな」
 チェスプレイヤーである斉藤先生は、他に適任がいないという理由で将棋部の顧問になった。
 この合宿の出発時にも言っていたが、部員たちにチェスを知ってほしいという思いは前々からあったのだろう。だが仮にも将棋部顧問という立場、あまり強く言うことはできなかった……。
「どうします? 先輩」
 ひとまずこの人の意見に従えば間違いないだろうと思い、聞いてみる。
「実はチェスにも興味あるんですよね」
「へえ? なんでまた」
「今の将棋の名人って、チェスもすごく強いんですよ。プライベートでたまたま海外のプロに教わったら、あっという間に国内随一の強豪に」
 来是も今の将棋の名人については、多少なりとも知っている。すでに通算五期の名人位獲得により「永世名人」の称号を有し、四月から五月にかけて行われた名人戦七番勝負では四連勝で防衛に成功した。
 天才の中の天才の中の天才。こんな大げさな形容をされるほどの偉大な棋士だが、チェスでも才能を発揮するとは、実に頭がおかしい。もちろんいい意味で。
「で、それが海外の将棋普及に役立っているそうなんです。まずはチェスで交流して、それから日本には将棋がありますっていう流れで。だから私も、もしかしたら同じようなことができるかもって」
「ふうん、紗津姫ちゃんって海外も視野に入れてるんだ」
「将棋を広めるために役立つことがあれば、なんでもやってみたいですね」
「そうか! そう言ってくれれば教えがいがあるな」
 斉藤先生はすっかりご機嫌になった。この合宿が始まって以来の笑顔だ。
「でも条件があります。先生も少し将棋を覚えていただければ」
「わかった。なんとか覚えてみよう」
 宿に戻ると、まっさきに風呂に向かった。
 海水でベタつく身体を洗い流し、たくさん動かした筋肉を、湯船の中でゆっくりとほぐしていく。
 夜は男性陣の部屋に、女性陣が総出で押しかけてチェスをすることになった。ずいぶん賑やかになりそうだ。
「うらやましいな、春張くんは」
 手足をだらーっと伸ばした関根が、天井を見上げながら口にした。
「何がです?」
「俺はもうすぐ引退だけど、君はまだまだこの将棋部にいられるんだからな。今年になってから、明らかにうちは変わったよ。そりゃあ去年までも楽しかったけど、競い合う喜びみたいのはなかったからな」
 一年生の来是には、どこが変わったのかはわからない。だが最上級生の関根が言うのだから、そうなのだろう。
「……俺も依恋も金子さんも、何もしてませんよ。きっと神薙先輩のおかげです」
「だな。あいつがいると周りが変わる。以前の将棋部は、そりゃもう男臭くてだらしないもんだったが、あいつが入部した途端、先輩たちもキリッと身だしなみを整えたりしてな」
 あんな美少女を前にしたら、誰もがそうなるだろう。来是も紗津姫のいるところでは、否応なく身が引き締まる。恥ずかしい姿は、絶対に見せたくない。
「でも部長はロリコンなことを全然隠してませんよね」
「恥ずかしくないなら、隠す必要はない」
「……それはさておき、俺も先輩のおかげで変われました。人生の転換期と言っていいくらいだ」
「恋か」
「恋です」
 この手の話を男同士でするのは、何気にこれが初めての気がした。
 とはいえ、このロリコン部長から有効なアドバイスが聞けるわけもない。ただ面白そうに笑うばかりだった。
「君らの恋の行く末をこの目で見られないのは、残念だな」

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