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夕食後は完全に自由時間だ。テレビを見るもよし、自主練をするもよし、夏休みの宿題をするもよし。
彼女たちの選択は――温かい湯に浸かって親交を深めることだった。
「紗津姫ちゃん!」
「はい?」
「触らせてー!」
もみゅもみゅ、むにむに、ぷるんぷるん。
南国フルーツのような紗津姫のバストを、出水が泡のついた手で遠慮なしに揉みしだく。
「や、くすぐったいですよ」
しかし紗津姫はその過剰なスキンシップを振り払わず、苦笑いでされるがままにしている。すると金子もこのチャンスは逃せぬとばかりに手を伸ばした。
「おおお、本当にすごいです! こんなおっぱいがこの世にあったんですか!」
「なにやってんのよ、あんたたちは……」
「碧山さんは触らないんですか?」
「そんなスケベ親父みたいな真似しないわよ。だいたい、肌のきめ細やかさはあたしのほうが」
「へえ? ちょっと試させて――」
「やめなさいっての!」
一緒にお風呂に入ろうと誘ったのは出水だった。無論、彼女は紗津姫だけを誘ったのだが、金子が私もお供しますとついていった。
依恋は当初、ひとりでのんびり入ろうと思っていたのだが、こうなると仲間はずれになるみたいだし――久しぶりに紗津姫の生の爆乳を見物するのも悪くないと思った。あれは同性であっても目に焼き付けずにはおれない。
ひとしきりお触りが済んだところで、四人は湯船に浸かる。紗津姫の豊かな双乳が浮かんでいるのを見て、出水は陶酔している。
「いいわね紗津姫ちゃんは。私は女としての色気はゼロだもの」
「摩子ちゃんみたいにクールでカッコいい女性も、人気があると思いますよ」
「うんうん、出水さんはまさに勝負師って感じで! 最初は怖い人だなーって思いましたけど、案外いい人っぽいですし」
「そういう金子さんは、髪を下ろして眼鏡を取ったら、なんだか可愛くなったじゃないですか。イメージチェンジしたらどうですか? コンタクトにするとか」
「いやいや、いくらお洒落したって、先輩や碧山さんには敵いませんから」
「当たり前よ。紗津姫ちゃんには誰も敵わないわ」
「ええ、ええ。だったらいっそ地味な眼鏡キャラで通したほうが……って、碧山さんも参加してくださいよ。せっかく裸の付き合いなんですから」
「……今日はすんごく頭を使ったんだから、ゆっくりしたいの」
もちろんそれも理由のひとつだが、裸同士で向き合うと、あらためて紗津姫と自分の差がわかってしまい、少しばかり気が滅入った。胸の大きさの話ではない。人間としての器の大きさに、まだまだ差があると思ってしまった。
常に微笑みを絶やさず、何者も拒まず、周囲のすべてを優しく包む。それでいて、何があっても動じない心の強さ。この人の全身から立ち上る自信のありようは、本当に「絶対女王」だ。
将棋ってなんなのだろう。ここまでの人間を形成する将棋とは――。
「依恋ちゃん、ずいぶん頑張りましたね。将棋もそうですけど、春張くんへのアピールを」
「ん? やっぱりそういう関係なの」
「そういう関係になれるかどうかの瀬戸際なわけですよー」
――そう、ずいぶん頑張ったはずだ。
さりげなく、時には大胆にアピールした。来是は表面上は何も変化はなかったけれど、もしかしたら内心ではドキドキしてくれたかもしれない。依恋は今日一日を回想して、悪くない成果だと自己採点した。
だが、悪手を指さないだけでは、関係が進展することはないだろう。
局面を一気にひっくり返すような、鮮烈な一手が必要だ。そしてそれは、明日の海水浴で見せなければならない……。
「明日は春張くんと碧山さんがふたりきりになれるように、お膳立てしないといけないですねえ。あと先輩も注意しないと」
「注意ですか?」
「どんな水着を着るのか知りませんけど、下手したら春張くん、ずっとそのおっぱいを見てますよ」
「なに? まさか彼、紗津姫ちゃんのほうに気があるの」
「気がなくても先輩の爆乳はガン見するでしょうけど、まあそういうわけなんですよ」
「金子さん、そんなベラベラと……!」
「春張くんが先輩に気があるのなんて、言うまでもないじゃないですか」
依恋の抗議は軽く受け流された。……確かにそうかもしれないが、自分たちの三角関係もどきが、まったく第三者の出水に知られるのは、あまり愉快ではなかった。
「冗談じゃないわ。あんな程度の男、紗津姫ちゃんの相手にふさわしくないわよ」
「あ、あんな程度って何よ! 来是にはいいところがいっぱいあるんだから!」
「そういうことじゃなくて、紗津姫ちゃんの彼氏になるなら、私も認めるくらい将棋が上手くないとダメなの」
紗津姫が設けている恋人の基準については、出水も知っているようだ。依恋は落ち着いて口にする。
「じゃあ、あんたから見てどうなの。来是は紗津姫さんを超えられると思う?」
「九十九パーセント無理ね。紗津姫ちゃんを超えるってことは、プロにもなれるくらいの力ってことよ」
「……そうよね。無理に決まってるのに」
たとえ期限がなかったとしても、このアマ女王を超えることは至難の業だ。だというのに、紗津姫が卒業するまでに……。九十九パーセントどころか百パーセント無理だと断言してしまってもいいはずだ。
「それでも前へ突き進む! 青春じゃないですか。最初から無理と決めてチャレンジしないより、ずっと魅力的ですよ」
依恋は金子に内心同意する。
来是は紗津姫に一目惚れをしたそのときから、見違えるほどにまっすぐになった。将棋に真剣に集中するその横顔には、何度となく男らしさを感じて見入った。
皮肉にも、来是が他の人を好きになったから、ますます依恋は彼のことが好きになったのだ……。
「ねえ、依恋ちゃん」
「な、なに?」
紗津姫が依恋に寄り添った。濡れた黒髪と唇が、同じ女でもクラッとくるような色気を放っていた。
「明日は勝負です」
「しょ、勝負って?」
「私、あえて春張くんの目を避けるようなことはしません。堂々と水着姿になります。だから依恋ちゃんも、真っ向勝負で彼を誘惑してください」
自分に気を遣って、そもそも水着にすらならないということも期待していたが、まったくの逆だった。
下手に身を引くより、依恋を発奮させるために前に出る。これが女王のスタイル。
「これは面白くなってまいりました! まるで学園祭の前哨戦ですね」
「どーでもいいけど、紗津姫ちゃんの水着は楽しみだわ」
気楽な金子と出水をよそに、依恋は紗津姫をキッと睨んだ。
学園祭。依恋の最大の目標。
観客がひとりだけとはいえ、確かにこれはその前哨戦だ。ならば負けるわけにはいかない。
「わかったわ。どっちが来是に見てもらえるか、勝負よ!」
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