「来是、あとはあたしとぶっ続けで対局しましょ」
「なんか元気だな」
「鍛えた読みの力、さっそく試したいじゃない。それに、どっちが勝ち越すか勝負って言ったでしょ。負けたほうが罰ゲーム、忘れてないわよね?」
「もちろんだ! 覚悟してろよ」
来是と依恋はまさに盤上没我、じっと集中して連戦をこなす。来是の棒銀が時に成功し、時に失敗する。依恋の振り飛車が時に炸裂し、時に凡ミスで弾かれる。
来是は実感する。依恋との対局は、楽しい。
憧れの女王である紗津姫が相手では、あくまで教わる立場という意識が先行する。関根は二年も年上の部長だし、金子はやや実力が劣る。
勝つか負けるかわからない、燃え上がるような勝負の楽しさは、この幼馴染相手でないと得られない……。
時刻は午後五時半を回る。夏真っ盛りなのでまだまだ明るいが、いつもの部活終了時刻だ。
「弁当買ってきたぞ。そろそろ切り上げたらどうだ」
昼食後に別れてからずっと街を散策していたらしい斉藤先生が、コンビニの袋を持って様子を見に来た。それを合図に紗津姫が立ち上がる。
「じゃあ、今日の練習はこれでおしまいです。お疲れ様でした」
「お疲れっした! ちょうど三勝三敗か」
「続きはまた明日ね」
依恋との対局は五分の星で終わった。勝ち越してやるぞと思っていたが、一筋縄ではいかない。しかしこうして接戦するのは、たまらなく楽しかった。
「金子さんはどうだ?」
「角頭歩戦法、おかげで自分のものにできそうです! 他の奇襲戦法も教えてもらうことになりましたし、この合宿が終わる頃には『奇襲の金子』とか二つ名がついちゃうんじゃないですかね、むっふふ」
「それじゃあ戦う前から奇襲で行くって、わかっちゃうじゃない」
「それで勝てれば、もっとカッコいいじゃないですか。みなさんも二つ名つけましょうよ。春張くんだったらそうですねえ……『棒銀狂い』とか」
「ひどいなそれ……」
「あらあら。それじゃあ私はどんな風になります?」
意外にも紗津姫が乗ってきた。
この人にふさわしい異名――来是は光の速さで思いつく。
「先輩は『絶対女王』とか。誰も異論はないはずですよ」
「おお、いいですねえ。私もそれに一票です!」
「ふふ、なるべく負けないように頑張ります。じゃあ依恋ちゃんは?」
「あ、あたしはいらないわよそんなの」
「そう言うなって。クールなのを考えてやる」
「……女の子なんだから、せめて可愛いのにしてよ」
「それもそうだな。んーと……」
紗津姫が女王なら、依恋はお姫様。依恋も女王様になりたがっているが、とりあえずはその前段階。自然とそういう発想になった。
「『盤上のプリンセス』とか、どうだ」
「プ、プリンセス?」
依恋の頬が見る間に赤くなった。どうやら気に入ったらしい。
「もっと強くなれば、そう呼んでくれる人もきっと増えると思いますよ。今度のリーグ戦、アピールするチャンスです」
「……うん」
盤駒が片付けられ、戻されたテーブルに全員が並んで座る。そこへ出水が姿を見せた。彼女もコンビニで適当に仕入れてきたようだ。
「摩子ちゃん、今日はありがとう。明日からも気が向いたらこの子たちの指導をしてあげてください」
「いいわよ。でも将棋ばかりじゃなくてさ、パーッと遊ぶ時間も作ろうよ。せっかくの海なんだし」
海。将棋に集中するために意図的に忘れていたことだが、この合宿の目的のひとつだ。――はたして絶対女王は水着を持ってきてくれたのだろうか。
「海水浴も合宿の恒例メニューだよ。じゃあ明日の午後は、まるまる遊びに当てるか」
「部長、太っ腹っす!」
一刻も早く棋力を上げたいのはもちろんだが、本当に将棋漬けになっても疲れてしまう。よく学び、よく遊ぶ。これこそ人生のポイントなのだ。
「私、新しい水着買ったんだ。紗津姫ちゃんは?」
紗津姫は少し来是を伺うような視線を向けたあと。
「そのときまで秘密です☆」
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